第38話 怒りと怯み
伯爵家に戻り事の次第を報告すると、ライネック伯爵は驚きのあまり飛び上がった。どうやらレッドドラゴンが本当にいたことに驚き、それを俺が倒したことで仰天したようである。
「まさか、ドラゴンが実在するとは……」
うーん、ドラゴンは深い森や山には大体生息しているんだけどな。まあこの大陸ではまだまだ未開の地がたくさんあるからドラゴンに出会う機会も少ないのかも知れないな。開発が進めば出会う機会も増えるはずだ。
その後は依頼報酬の話になり、白金貨二十枚をもらい受けた。予想通り、パメラを買ったときのお金の返却と、今回の報酬が組み合わさった金額のようである。パメラはその金額に驚いており、同時に不安そうな顔をした。
「パメラ?」
「エル様……新しい奴隷を購入したりとか、しませんよね?」
「しないから! パメラ一人で十分だから!」
うれしそうな表情をして腕に抱きついてきた。いや、うん、俺もうれしいんだけど、父親の前でそれをするのはどうなんだ? ほら、伯爵も苦笑いを浮かべてるじゃないか。気まずい雰囲気になってきた。依頼も完了したことだし、家に帰ろう。
そのとき、慌てた様子で兵士が駆け込んできた。
「ご歓談中のところ申し訳ありません!」
「どうした? 何かあったのか?」
「ハッ! 捕まえた犯人たちが自害しました。どこかに毒を隠し持っていたようです」
「なんだと!? そこまでして隠す必要があるということが……」
立ち上がった伯爵はすぐに考え直したかのように再びソファーに座った。その様子をお義母様が心配そうに見つめている。パメラは……顔色が蒼白になっていた。よく見ると、その肩が小刻みにプルプルと震えていた。
グッと肩を抱いて引き寄せたが、その震えは止まらなかった。よほどのトラウマがあるようだ。
過去に伯爵家で何があったのか聞きたいが、今のパメラに聞くのは酷だろう。そのうちコッソリと両親に聞くとしよう。
しかし自害するとはねぇ。一体どこに毒を隠し持っていたことやら。持ち物は全て取り上げていたはず。歯にでも仕込んでいたのかね? でもそんな危険なことを普通するか? しないと思う。となると、殺されたと言うことだ。おそらくは闇魔法で。
うかつだったな。俺の国のだれかが手を貸していたのだから、闇魔法が使われている可能性を考慮するべきだった。この国で使える者がほとんどいないからって油断していた。こんなことならあの場で記憶を抜き取っておくべきだった。あんまりやりたくなかったけど。
「すまない、エルネスト殿。せっかくの手がかりを失ってしまった。何とわびればいいのか……」
「私にわびる必要などありませんよ。私の仕事は魔物の討伐ですからね。依頼も完了しましたので、これにて失礼させていただきます」
伯爵夫妻は物寂しそうな顔をしてたが、一方のパメラは安心した表情になった。やはり早くこの場から逃げ出したそうである。
少しでもパメラと長く一緒にいたかったのだろう。玄関まで送るという伯爵夫妻の言葉を断ることができなかった。
玄関ホールまで降りると何やら外が騒がしい。今外に出るのは都合が悪そうだ。それなら裏口から出るとしよう。
そう思って引き返そうとしていたところで、玄関の扉が大きな音を立てて開いた。
「ライネック伯爵はいるか? どうやらドラゴンが出たそうだな。何、心配はいらない。私が華麗に退治してみせよう!」
「ヒディンク公爵! なぜその事を知っているのですか?」
「おお、そこにいたか、ライネック伯爵! ん? もしかして隣にいるのはパメラか!」
うれしそうな声の主は金髪の巻き髪に焦げ茶の目を持つ大柄の男。年齢は四十代、といったところだろうか。ライネック伯爵と同じくらいの年齢に見える。
名前を呼ばれたパメラから表情がゴッソリと抜け落ちた。まるで能面のような笑顔を貼り付けている。
「ヒディンク公爵、ドラゴンはすでにそちらにいるプラチナ級冒険者のエルネスト殿によって討伐されました。大変ありがたいお言葉ですが、必要ありません」
「なんだと!? そんなバカな。レッドドラゴンを倒せる者などいるものか!」
ヤレヤレといった感じでライネック伯爵が指示を出すと、すぐにレッドドラゴンの首が持って来られた。それを見たヒディンク公爵は縮み上がった。どうやら死してなお残している威圧感に圧倒されているようである。
それでよくドラゴン討伐するとか言うよね。それに、現れたドラゴンがレッドドラゴンだと知っていたかのような口ぶりだった。そのことはまだ伯爵家の人しか知らないはずだ。どうも怪しいねぇ。
「エルネストだと? 聞いたことがない名前だな。冒険者に依頼するなど、貴族の名折れではないか。自前の戦力で片付けることができないなど、あってはならないことだ」
語気を荒くしてヒディンク公爵が言った。そのままこちらをジロジロと見てきた。好意的な視線ではない。
「この事を国王陛下が知ったら何と思うか。見限られるかもしれんぞ」
ライネック伯爵は苦笑している。その程度で見限るような国王じゃあ、たかが知れているな。間接的に国王をバカにしていることに気がつかないのかな? 伯爵はそれに気がついて苦笑いしてるのだろう。
「それにパメラは行方不明じゃなかったのか? 見つかったら私に知らせるように言ってあったはずだが……まさか、そいつがさらった犯人か!?」
俺の方を指差した。うんうん、なるほどなるほど。つまり、こいつの狙いはパメラか。それから逃げるためにパメラは奴隷の身分として俺のところに来たわけか。
確かヒディンク公爵にはすでに正妻がいたはず。と言うことは、パメラを側室として迎えようということなのかな? 先日の「パメラを側室に」と言ってくる貴族がいるという話とも一致する。
ライネック伯爵と同じくらいの年齢のところに側室で輿入れさせるなど、ライネック伯爵にとっては、いや、ライネック伯爵家にとっては断固拒否だったのだろう。
何となく事情を把握し、パメラが既成事実を作ろうと頑張っていたことに少し納得したところでパメラの方を見ると、その美しい柳眉が逆立っていた。初めて見る顔だ。
「エル様はそんな不埒なことは致しません!」
広い玄関ホールに響くほどの声を張り上げた。完全に怒り心頭に発した模様。でも、怒っても美人は美人なんだな。ちょっと驚きだ。
「犯罪者をかばい立てするつもりか? 冒険者など所詮はならず者の集まり。その首を刎ねることなどたやすいぞ。だがそうだな、パメラが私の妻になると言うのなら、今回は見逃してやろう」
ヒディンク公爵の脅し文句にパメラが怯んだ。恐る恐るこちらを振り返った。すでにその目には涙を浮かべている。
このままやられっぱなしではいられないな。パメラの夫として、妻の涙を見過ごすわけにはいかない。
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