第36話 ただいま粛清中

 風呂から上がると、体が冷める前に町の宿へと戻った。部屋の明かりはつけたままにしておいたし、それほど時間をかけずに戻って来たので、俺たちが留守にしていたことは護衛たちには気がつかれていないはずだ。

 すぐに探知の魔法を使って周囲の状況を確認する。一応あらかじめ結界を展開していたが、念には念を入れておいて損はない。


 うん。周りに敵影なし。護衛たちにも特に変化はなし。婚約者どうしが二人っきりで部屋にいるんだ。さすがに気をつかって部屋には入ってこないだろう。お楽しみ中にバッタリとか最悪だろうからね。


「パメラ、昨日の夜はしっかりと眠れたか?」


 大丈夫だと思うが、一応聞いておく。気持ちよさそうに寝ていたと思うが、俺の勝手な思い込みである可能性もあるからね。


「エル様の体温をすぐそばで感じることができて、気持ちよく眠ることができましたわ」


 うつむいたパメラのほほが朱に染まる。その可愛らしい要するにお腹がムズムズと動いた。あとどのくらい我慢できるかな、俺……。


「そ、そうか。それじゃ、今日も一緒に寝るか?」

「もちろんですわ。ご一緒しますわ」


 恥ずかしそうではあったが、うれしそうな声で俺に抱きついてきた。ヒューヒューとシロがはやし立てた。野次馬か。一方のオルトは鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

 ご主人様を傷物にするのは許さないの構えだ。でも結婚したら許してくれるよね? ね?


 そのまま俺たちは昨晩と同じようにピッタリとひっついて眠りについた。でもなんでだろう。同じ石けんを使っているはずなのに、パメラからはいい匂いがするんだよね。パメラの体から香ってくるような気がする。不思議だ。



 翌朝もスッキリと目が覚める。そのとき、気がついた。今まで朝に弱かったのはしっかりと眠ることができていなかったからではなかろうか。それがパメラを抱き枕にすることで解消した。これは思わぬ発見だ。


 隣でリズミカルな寝息をたてるパメラのほほをそっと撫でる。滑らかな陶器のような手触りにぷるんとした感触が混じる。

 一人で堪能していると、その手にパメラが顔をすり寄せてきた。


「エル様……しゅきぃ」

「……」


 ドクンと心臓の音が跳ねたのが分かった。今もドキドキしている。撫でていた手をパメラの腰へと回す。行き場を失ったパメラの顔は、今度は俺の胸をスリスリし始めた。

 ああ、どうしよう。止められそうにない。この腹の内から燃え上がってくる感情を抑えられそうにない。

 パメラのバスローブの紐に俺の手がかかったとき、ベッドのそばから声がかかった。


「おはようございます。お目覚めですか?」


 低く、床を這うような冷たく威嚇する声。オルトだった。その声に正気に戻った俺はこれ以上間違いを犯す前にベッドから起き上がった。このまま一緒に寝ていたら本当にまずい。


 俺はこもった熱を冷ますべく、テーブルに備え付けてある椅子に座った。その椅子がギシリ、と小さな悲鳴を上げる。


「もうちょっとだったのに。なんでオルトは邪魔するかなぁ」

「それが私の役目ですからね」

「ふ~ん? ボクの役目はご主人様とパメラをくっつけること何だけどなー」


 シロとオルトがパメラを起こさないように静かな声で言い争っている。二人のお陰で何とか頭が正常に回転するようになってきたぞ。

 パメラが起きるまでにはまだ時間がある。その間に何か情報が無いかを探ってゆく。


 おや、母上から連絡がきたぞ。こんな朝早くから連絡するなんて、よっぽど急ぎの用事か、公務が忙しくてこの時間しか連絡することができなかったかのどちらかだな。


「おはようございます、母上。何か進展がありましたか?」

「ええ、そうです。それについての話があります。でもその前に、あなたの方はパメラさんと少しは進展しましたか? あなたは奥手だから心配です」


 余計なお世話だ、と思いながらも手短に話を聞いてゆく。俺はそれなりに時間があるが、あちらは違う。すぐに着替えなどの支度が行われて堅苦しい食事をすることになるのだろう。考えただけで嫌になる。


 母上の話をまとめると、魔物を操るアイテムの紛失が確認された。よくできた偽物とすり替わっていたらしい。犯人も特定済みの上、処刑済み。さすが容赦なし。


 芋蔓式に共犯者を捕まえて、現在粛清中だそうである。この国に持ち込んだことも分かっており、現在だれの手に渡っているのかも、もうすぐ分かるとのこと。それまで警戒すべし、だそうである。


 通信を終え、やっぱりそうかと納得しているとパメラが起きたようである。まだ目が開ききっていないパメラがヨロヨロとこちらに向かってきた。こんな寝ぼけたパメラ、珍しいな。


 何をするつもりなのかと思って見ていると、そのままポフッと俺に倒れかかった。そしてその柔らかい体をこすりつけてきた。

 うん、完全に寝ぼけているね。これは起こさないとまずいやつだ。どんどんとパメラの胸元が崩れ、両肩は露わになり、今にも先端が見えそうだ。


「パメラ、パメラ! 朝だぞ。起きろ」


 揺さぶるとポロリもありえる。そう思ってパメラが動かないようにきつく抱きしめて拘束すると、耳元で叫んだ。

 んー? と言っていたパメラの焦点が合い始めた。パメラの顔が朝日を浴びたかのように赤くなった。


「お、おはようございます、エル様。わ、私、寝ぼけていたようで……」


 慌てて胸元を正した。うーん、もったいなかったかな?


「おはよう、パメラ。ひょっとして、昨晩はよく眠れなかった?」

「え? そ、そんなことはありませんわ」


 プイ、と目をそらすパメラ。これは何かあったな。間違いない。だが追求すると、藪から蛇が出てきそうだ。気がつかなかったことにしておこう。


「そうか。それじゃ、少し早いが着替えて朝食にしよう。今日は大きな山場になるぞ」

「は、はい!」


 相手が魔物を操るアイテムを使っている可能性がグッと高くなった。あのアイテムを使えば、レッドドラゴンを使役することもできるはずだ。そんな危険なアイテムは何としてでも取り戻さなければならない。


 元々は我が国にあったものだ。国際問題に発展する前に速やかに事を収める必要がある。そのためにも、今日の動きは非常に重要な意味を持ってくる。


 アイテム回収はもちろんだが、持ち主も特定しなくてはならない。黒幕はすでに表に出てきているが末端が割れていない。パメラとパメラの実家にちょっかいをかけているのはそいつだろう。許すわけにはいかない。


 決意を込めてパメラを見ると、着替えている最中のパメラと目があった。慌てて目をそらす。白の下着ですか? 今日もまた一段とスケスケな下着をつけていらっしゃいますね。

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