第33話 田舎町
領都を出発してすぐに、道に面した森の中からこちらの様子をうかがっている者がいることに気がついた。すぐさま印をつける。しばらくは泳がせておこう。
昨日の逃げて行ったやつは近くの子爵領に逃げ込んでいた。どれだけ敵がいるのか分からない。油断せずにいこう。
どうやらそいつは一人でこちらを見張っているようである。仮に盗賊の一味だとしたら、その拠点を突き止めることができれば一気に叩き潰すことができる。森全体を魔法で調べて探し出しても良いけど情報量が多くなりすぎる。そこから一味を割り出すのはかなり骨が折れる作業になるだろう。
盗賊の拠点と思ったら、ゴブリンの集落でした、とかそれなりにあったりするのだ。それはそれで対処に困る。今は依頼の最中だ。余計な問題を作りたくはない。
時々休憩を挟むものの、ほぼ休み無しで進んで行く。こんなことができるのも、周囲に疲労回復魔法を使いながら進んでいるからである。
印をつけた不審者はさすがについて来られなかったようである。距離が開き始めた。それでも俺たちと同じ方向に進んでいるところを見ると、どうやら拠点は俺たちと同じ方角にあるようだ。もしかすると、黒幕の一味なのかも知れない。これは要注意だな。これからも監視しておこう。
人数が増え、今日中にたどり着けないかなと思っていたが、何とか夕暮れ前に目的地にたどり着くことができた。
そこは小さな田舎町だった。すぐ近くには森と草原が広がっており、主な産業は酪農のようである。町に到着するまでの間に見かけた草原には、ポツポツと牛舎のようなものが点在していた。
町の中をぐるりと見回すと、どうやら宿屋は一軒しかない様子。すぐにそこに行って部屋を借りた。
よしよし、何とか人数分の部屋が取れたぞ。危うく何人かが野宿することになるところだった。
移動日だった今日はゆっくりと休むことにした。食事は伯爵家で出されたもののような豪華なものではなかったが、普段から庶民の味に慣れている俺たちにとっては十分に美味しい食事だった。
残念ながら風呂はなかった。それもそうか。こんな田舎町にお風呂なんて贅沢なものがあるはずもないか。湯を沸かすだけでも薪を消費するからね。貴重な薪をそうそうムダにするわけにはいかないだろう。そのため、風呂の代わりに体を水で拭くだけである。
でもこれがちょっと厄介なんだよねー。なぜならパメラと同室だから。
「パメラ、俺は部屋の外で待っているよ」
「その必要はありませんわ。エル様なら……どこを見られても構いませんわ」
顔を赤くして、モジモジしながらパメラが言った。たぶん、背中とか拭いて欲しいんだろうなぁ。もしかしたら、全部拭いてもらいたいのかも知れない。色々と察した俺はパメラに服を脱がせて背中を拭いてあげた。さすがに前は自分で拭かせた。
これはお風呂に入るためだけに家に戻るのもアリだな。伯爵家でお風呂に入ろうとすると、前準備やら作法やらで非常に面倒くさいことになる。しかし拠点の家に帰ればそれらの面倒事からは解放される。
うん、最初からそうすれば良かった。明日からはそうしよう。
お互いの体を拭き終わると、特にすることもなさそうなので寝ることにした。窓から見える景色は真っ暗闇に包まれている。近くの家にはすでに明かりがついていない。
燃料は貴重な資源。ムダにはできないのだろう。俺たちもそれに従おう。
「オルトとシロちゃんはそっちのベッドに寝て下さいね。私とエル様はこちらのベッドで一緒に寝ますから」
テキパキと二匹に指示を出すパメラ。やると思ったけど、やっぱりやるのね。二匹はそれに従ってベッドで横になった。
「パメラ、二人で寝るには少し狭いんじゃないかな?」
チラリと視線を送ったベッドは一人で寝る分には十分な広さがあったが、二人で寝るには少々きつそうである。いや、ベッタリくっついて寝ないとどちらかが床に落ちるな。
ジッとベッドを見るパメラ。確かに、と言わんばかりに口を両手で覆った。もしかして気がついていなかったのかな?
「だ、大丈夫ですわ。ピッタリと抱き合って寝れば大丈夫ですわ」
そう言いながらも声が少し震えている。少しでも俺と一緒にいたいという健気な様子に胸がうずいた。落ち着け、耐えるんだ、俺。
「そうか。それじゃ抱き合って寝るとしよう」
「は、はい」
そんな俺たちのやりとりをシロは目をランランと輝かせて、オルトは警戒した様子で見ていた。
部屋の明かりを消すと目隠しをされたかのように真っ暗になった。手探りでパメラを引き寄せると、パメラがスッポリと腕の中に収まった。パメラの体が熱い。俺の胸元にあるパメラの耳には俺の速い心音が聞こえていることだろう。
俺はパメラがベッドから落ちないように、しっかりと抱きしめた。
翌日、パンにベーコンとサラダを挟んだ朝食を食べると、早速行動を開始した。
眠れないかな? と思っていたのが十分に眠ることができた。パメラもしっかりと寝ることができたみたいで顔色がいい。どうやらパメラを抱き枕にするとゆっくり眠れるようである。ほどよい暖かさと弾力が快眠効果を生み出しているのかな?
「ご主人様、昨日はお楽しみだった?」
周りに聞こえないように、シロが耳元でボソボソと話しかけてきた。そんなわけないだろうと返すと、首を左右に振った。
シロは宿の壁の薄さに気がついていないのかな? ギシギシいっていたのは隣の部屋だぞ。たぶんあそこの眠たそうな騎士だな。あとで揉めないことを願うばかりだ。
「今日は町の人たちに聞き込みをするつもりだから退屈するかも知れない。疲れたら遠慮無く言ってくれ」
「分かりましたわ。でも、聞き込みならすでに行っていると思いますけど?」
「報告書は見たよ。それでもやっぱり自分の目と耳で調べたくてね。何か見落としがあるかも知れない」
納得したようにパメラがうなずいた。
最初に町長に挨拶をした。昨日は夕食の時間帯になりつつあったので挨拶はしなかったのだ。恐縮する町長はぜひ自分の家に泊まってくれと言ったのだが、丁重にお断りした。
広いとはいえ、全員が泊まることはできない。兵力の分散は避けるべきだろう。そのすきを狙われるかも知れないからね。
その後は町にいる人たちに話を聞いて回った。その結果「森の中にドラゴンがいた」というウワサ話を聞いたことがある人ばかりで、実際に見た者はいなかった。結局、その話の出所を突き止めることはできなかった。
その一方で、森の方から魔物と思われる大きな咆哮を聞いたという人が何人かいた。森の中に何かしらの大きな魔物がいるのかも知れない。
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