第32話 出発の日

 何という脅し方だ。捨て身にしても限度というものがあるだろう。そこまでして俺についてきたいのか。

 ついにはボロボロと涙を流し始めたパメラ。その目は強い光を帯びており、冗談ではないことがハッキリと分かった。


 ここで俺が置いて行ったら、パメラは間違いなく、やる。そして俺はパメラの全裸を他の人の前に晒したくはない。


「分かった、分かったよパメラ。その代わり、俺の命令には絶対に従うように。いいね?」

「分かりましたわ。何でもいたしますわ」


 コクリと神妙な顔をしてうなずいた。何でも……いかんいかん、いやらしいことを考えてはいかん。だが言質は取った。万が一危ないことになりそうなら、オルトに乗ってすぐに撤退してもらおう。その時間くらいは十分に稼ぐことができるはずだ。……他の被害が増える可能性はあるけどね。


 俺の胸に抱きついて顔をグリグリと押しつけているパメラ。そんなパメラの、胸の上までまくれ上がったネグリジェを何とかお尻の辺りまで下げることに成功した。できれば膝下まで下ろしたいのだが、この体勢では無理だな。俺の太ももをパメラの両方の太ももがしっかりと挟み込んでいる。洋服越しにパメラのぬくもりを感じた。

 俺はその感触を意識しないように深呼吸を何度か繰り返すと静かに声をかけた。


「明日からの調査に向けて寝るとしよう。何が起こるか分からないからね」

「はい。ご一緒いたしますわ」


 あ、やっぱり一緒に寝るんですね。よくよく見てみると、ベッドのサイズは二人が寝ても十分な大きさである。これなら並んで寝ても、ゆっくりと寝ることができるだろう。もしかして初めからそのつもりだったんじゃなかろうかという疑問が湧き起こる。


 パメラをお姫様抱っこしつつ、うまい具合に服を膝下まで下げる、これでよし。危ないところだった。パメラは先ほどの自分の行為を思い出したのか、今さらになって真っ赤になっていた。


 どうやらあれは、追い詰められたパメラが暴走したものだったようである。そこまでパメラを追い詰めてしまったことにチクッと胸が痛んだ。

 でも意地悪で言ったわけでは決してない。全てはパメラのことを思ってのことだ。結果として、逆に追い詰めることになってしまったけどね。


 パメラをベッドに寝かしつけるとシロとオルトを呼び、俺とパメラの間に差し込んだ。これでよし。これで事故が発生することはないだろう。家でもそうすれば良かった。


 不服だったのかパメラがほほを膨らませていたが、二匹に邪魔だとは言えない様子。隣に寝そべったオルトの毛を無心で撫でていた。もちろんシロからは「ヘタレ」という、半眼の目線をいただいた。

 だがよく考えてもらいたい。相手の両親がいる家で騒ぐのは良くないだろう?


 こうして何とか床につくことができた。パメラの両親に会って、さすがの俺も緊張していたらしい。すぐに眠気が襲いかかってきた。

 パメラとの間に緩衝材もあることだし、安心してゆっくりと寝られそうだ。



  翌朝、俺はモゾモゾと動く気配を感じて目を覚ました。普段は朝が弱いのだが、仕事のときや屋外だと、スッと目を覚ますことができるのだ。要するに、何もすることがない平凡な日常だと、ダラダラして頭がいつまでたっても冴えないということである。


「パメラ?」

「あ、起こしてしまいましたか」


 残念そうな声が上から聞こえた。目を開けると目の前に巨大な膨らみが今にも顔にのしかかろうといていた。

 これは、パメラの胸だな。下からこうして眺めるとなかなか迫力があるな。それじゃ頭の下にある柔らかくて温かい枕は、パメラの膝か。


「眠れなかったのか?」

「いいえ、そんなことはありませんわ。ただ……」

「ただ?」

「昨日の夜はエル様を感じられなくて寂しかったですわ」


 悲しそうな声を絞り出した。そんなにか。そんなに思い詰めた感じになっちゃうのか。俺を癒やし系の抱き枕か何かと勘違いしているのではなかろうか。ああなるほど。それでこうやって俺を感じるためにスキンシップを図っているわけね。どんなわけだよ。


「それは……済まないことをしてしまったかな?」

「……」


 パメラは無言で髪を撫でている。責めてはこなかったが無言の圧力を感じた。決して胸部の圧力だけではないはずだ。俺は頭を撫でていた手を取ると、ごめん、と謝り、その手の甲に軽くキスをした。優しくその手を握り返してきたパメラは無言で胸を顔に押しつけてきた。パメラ、苦し……。



 早めに用意してもらった朝食を済ませると、素早く調査に行く準備を整えた。玄関にたどり着くと伯爵夫妻と義兄が見送りに来てくれた。


「早いな。もう行くのか」

「今から向かえば今日中に目的地につくことができます。少し強行軍にはなりますけどね」

「そうか。気をつけて行ってくれ。パメラも気をつけるんだぞ」

「はい。心得ておりますわ」


 事前に両親には言っていたのだろう。パメラが俺について行くことにだれも反対しなかった。それだけ俺を信用しているのか、それとも俺と同じように、パメラの暴走をとめることができなかったのか。


 とは言ったものの、やはり母親は心配だったみたいで、顔色を悪くして悲痛そうな表情をしていた。それに気がついたパメラが安心させるように母親に抱きついている。

 眼前では巨乳どうしのぶつかり合いが行われている。すごいな、あれ。


 俺たち二人だけの方が「移動が楽だし早い」と言ったのだが、案内は必要だろうと言うことで護衛と使用人が数人ついてくることになった。空間移動の魔法で毎日帰ろうと思っていたのだが、予定を変更した方が良いのかも知れない。


 パメラの危険度が増えることになるが、今さらだろう。毎日伯爵家に帰らずに、現地に滞在して調査をする方向に切り替えることにしよう。当初は俺一人でそれをするつもりだったしね。

 昼間しか活動できないのは厳しいものがある。悪巧みをするやつらは昼間に動くよりも、夜に動くことの方が多いだろうからね。


 現地にとどまることができれば夜の出来事にも対応することができる。そうすれば事件の解決も早まるだろう。なるべく早く、目の上のこぶはとっておきたいからね。

 方針は決まった。俺たちは今日中に目的地にたどり着くべく出発した。

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