第31話 寝耳に水
案内された風呂は俺が住んでいる家にあるものよりも大きかった。さすがは伯爵家。大きな風呂に久々に一人で入る。もちろんすぐ近くにシロはいる。
「ねえ、ご主人様、犯人捜しをするつもりなんでしょう?」
「まあね。すでに犯人捜し用の魔法を使っているよ」
伯爵家に間者として潜り込んでいるのは一人ではないだろう。そう思って、探知の魔法をいつもより広く、精密にしていたのだ。
その結果、一人の人物が屋敷から抜け出しているのを発見した。もちろんそいつにも目印をつけてある。あとはその不審な人物を追うだけである。
逃げてもムダだぞ。どこまでも追跡してやろう。
「さすがだね。それで、これからどうするの? 犯人を追う? それとも魔物を倒しておく?」
「先に魔物を何とかしよう。領民の安全確保が第一だ。おっと、その前に母上に連絡を入れておかないと」
俺は母親である第一王妃殿下にことの事情を話した。
どうやら寝耳に水だったようであり、指示を飛ばす叫び声が聞こえた。これならすぐにその所在がハッキリとするだろう。
我が国の裏切り者に対する処罰は重い。どこのだれだか存ぜぬが、国を裏切ったことを後悔することになるだろう。
「ところで、エルネスト。パメラさんとはどこまで進んだのですか? 来年には孫の顔が見られそうですか?」
思わず吹いた。飲食をしているときじゃなくて良かった。いきなり何を言い出すんだ、うちの親は。大事なパメラに、無節操に手を出すわけがなかろう。
「母上、そのようなことは致しませんよ。私を野獣か何かだと思っているのですか?」
「はあ。あなたはどう見ても無害な草食動物でしょう。だから心配しているのです。いつになったらパメラさんの夢を叶えてあげるのですか。パメラさんはいつでもカモンだと聞いていますよ」
「……だれにですか?」
「あっ」
俺は近くにいたはずのシロを見た。だがしかし、すでにエスケープ済みのようであり、その姿は見えなかった。あいつ、あとで絞める。
「いいですか、エルネスト。女性に恥ずかしい思いをさせてはいけませんよ。それじゃ」
ブツリ。向こうから一方的に通信を切った。俺には女性の考えが分からない。どうしてそんなに積極的なんだ。好きだからなのか? 男性側は好きだからこそ、大事にしたいと思っているのだが……。
何だか胃の中に沸々と湧き上がる胃液のようなものを感じながら部屋に戻るとパメラがすでに待っていた。ネグリジェを着たパメラがソファーに座り、その膝の上ではシロがにゃあにゃあとまとわりついている。お前というやつは。
「エル様、お帰りなさいませ。今日はシロちゃんの機嫌が良いみたいですね。何か良いことでもあったのですか?」
「……そうかも知れないね」
ジロリとシロをにらみ付けたが、知らぬ存ぜぬパメラから絶対に離れぬを貫いた。俺が怒っていることに気がついてるようである。告げ口するなら一言相談しろ。ダメだとバッサリ両断してやるから。
ため息をつきながらに隣に座るとすぐにパメラが体を寄せてきた。今日来ているネグリジェは初めて見るタイプのものだった。薄くクリーム色をした生地にはフリルがいくつも重なっており、非常に豪華である。特に細かい刺繍が入っているわけでもなくシンプルな作りをしているが、それだけにパメラの体のラインがハッキリと分かる。
生地の厚さは分からないがそれほど厚くはなさそうだ。今も胸元にうっすらとピンク色が――ってちょっと待った。透けてないか、この服!? というか、パメラは下着をつけてない!?
「パメラ、下着、つけてる?」
バッと音がしそうな勢いで胸元と下半身を押さえた。どうやら上だけでなく、下も穿いていないようである。顔を赤くして目尻を下げた。
「わ、分かりました? ほら、今日はちょっと暑いじゃないですか。だからえっと……」
パメラの照れる基準が分からない。覚悟の違いなのかな? 不意打ちには弱いということか。それならば納得できる。ちょっと試してみるかな。
俺はモジモジしはじめたパメラの腰を抱いて引き寄せた。
「ひうっ」
どうやら正解のようである。シロが慌ててパメラの膝から飛び降りたが代わりにオルトが突っ込んできた。パメラを守る構えである。目がめちゃ怖い。グルグル言っているし。
これ以上悪ふざけすると噛まれる。そう直感した俺はそれ以上は手を出さなかった。
「パメラ、もしかしてこの部屋で一緒に寝るつもりなのか?」
「……はい。ダメ……ですか?」
上目遣いでこちらを見るパメラ。その仕草に俺が弱いことはすでに把握済みだと思われる。先ほどの母上との話もある。断れないな。
「パメラの好きにするといい」
野獣のように、か。俺には当分できそうにないけどな。そんなことを考えながらパメラと明日のことについて話した。だがパメラは激怒した。
「なぜです! 私もついて行きますわ!」
「ダメだ。危険過ぎる。伯爵も反対するはずだ」
「させませんわ!」
絶対に引かないの構えをとるパメラ。彼女はどうしても明日からの遠征に同行するつもりのようである。これまでの比較的安全な森での訓練とは違う。明日から行くところは何が起こるか分からない危険地帯なのだ。
それに、例のパメラを狙っている貴族のこともまだ分かっていない。俺が現地へ向かえば何かしらの行動を起こすだろう。それが俺を殺すためなのか、汚名を着せるためなのかは分からないが、危険地帯に踏み込むことになるのは間違いない。
パメラを守りきる自信はあるが、事と次第によっては周囲に壊滅的な被害を出しかねない。それは伯爵領に被害が出ると言うこと。そうなればライネック伯爵の家名に傷がつきかねない。
それならば安全な実家にいてもらった方が、こちらも選択肢の幅が広がって余裕ができる。
「パメラ、意地悪で言っているわけじゃないんだよ。パメラのことを思って言っているんだ」
「分かっておりますわ。それでも、ここよりもエル様の隣が安全だと私は確信していますわ」
ああ、パメラが半泣き状態になっている。三年前の魔物に襲われたときのことを思い出したのだろう。あのときのことはパメラの心に深い傷跡を残しているようだ。伯爵家の中にいても安全ではない。そのことをパメラに植え付けてしまったのだろう。
「ご主人様、連れて行ってあげなよ。ボクがパメラのことをしっかりと守るからさ」
「私も主のそばにいつもおります。逃げ足なら何者にも負けない自信があります。この爪もいつも研いでおります」
シロとオルトが懇願するような声を発した。オルトは爪を出したり引っ込めたりしている。
それなら伯爵家にいる状態で守ってくれればいいんじゃないかな? わざわざ不便で、しかも危険が待ち構えているような場所に行かなくても……。
そんな俺の様子が伝わったのかパメラの顔色が変わった。このままでは置いていかれる。そう思ったのだろう。
突然パメラがネグリジェを脱ぎだした。ワンピースになっている服を一気にたくし上げた。
「ちょっとパメラ、何やってんの!?」
下着をつけていないパメラ。一気に下半身が露わになった。なおも服をまくり上げ、胸部まで露わになったところで慌てて押さえ込んだ。なおも抵抗するように両腕の中でモゾモゾと動くパメラ。
「エル様が連れて行って下さらないなら、これからは裸で過ごしますわ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。