第30話 パメラを狙う影

 俺は二人が去って行ったのを確認すると、すぐに義兄の部屋へと向かった。パメラと一緒にお風呂に入れなかったことを残念がっている場合じゃない。部屋のドアをノックするとすぐに返事が返ってきた。


「エルネストです。夜分すいません、お話があって来ました」

「やあ、待っていたよ。パメラは大丈夫なのかい?」

「今、伯爵夫人と一緒にお風呂に入っているはずです」

「なるほど、うまくやったね。父上も呼んでこよう」


 控えていた使用人に告げるとすぐに呼びに行ってくれた。その間に俺は部屋の中へと案内された。部屋の中は俺に与えられた部屋と遜色ない作りをしていた。

 やはり俺が泊まっている部屋は、俺のために準備されたもののようである。

 少し雑談をしていると、すぐに伯爵がやってきた。


「遅くなって済まない。ちょうと妻もいない。話すにはちょうどいいな」

「母上は今、パメラと一緒にお風呂に入っているみたいです」

「……そうか」


 ちょっと残念そうな顔になった伯爵。大丈夫ですよ、すでに二人仲良くお風呂に入るのが日課になっていることは知っていますから。

 小さく咳払いをすると、少し早口で話し始めた。


「済まないが、時間が惜しい。今回の騒動には裏があるようだ」

「パメラを狙っている貴族がいるわけですね」

「なぜそれを?」


 俺の指摘に伯爵が驚いた。どうやら気がついていないと思っていたようである。


「父上、エルネスト殿はプラチナ級冒険者ですよ。その辺りの冒険者とは別次元の人物だと思っておいた方がよろしいと思います。それで、エルネスト殿、何かつかんでいるのですか?」


 さすがは次期伯爵、と言ったところか。それともパメラのことに対しては敏感なのだろうか。今のところ、俺は義兄に嫌われていないようである。安心した。


「ええ。パメラの案内で庭を散策していたときに不審な人物の気配を感じましてね、念のためチェックしていたのですよ。それに、三年前のあの日、すぐ近くに別の集団がいました。怪しいと思って私がその集団に向かうと、一目散に逃げて行ってしまいましたがね」

「なんと」

「そのようなことが……」


 そのときはさすがに追わなかった。貴族のゴタゴタに頭を突っ込みたくはなかったからね。だが今となっては追いかけてどこのだれなのかを確認しておけば良かったと思う。何もかも、後の祭りだけどね。


「不審な人物が敷地の中に。一体どうやって入り込んだんだ……」


 うーむ、と伯爵が唸った。義兄も天井を見上げて考え込んでいる。


「どうやら伯爵家の使用人の一人みたいです。俺たちが屋敷に戻るとその人物も後から屋敷に入っていましたからね」

「なんだと! 一体だれなのかね?」

「まだその人とは対面していません。その相談もかねてここに来ました。何かご存じの様子でしたので……」


 俺が義兄に目を向けると、首を縦に振った。そして伯爵と目を合わせた。


「エルネスト殿、この話し合いが終わったらその使用人のところに案内して欲しい。それから『パメラを側室に』と狙っている貴族がいる。さすがに名前までは出せないが……」


 その貴族が、ライネック伯爵と同格か、それ以上の爵位と権力を持つ人物であることは理解した。名前を出さないのは、それが世間に知れ渡ると伯爵側が不利になるからだろう。

 俺としては別に消してしまっても構わないんだけど、伯爵としてはなるべく事を荒立てたくないのだろう。


「それでは、その貴族が今回のドラゴンらしき何かのウワサを広げている可能性が高いということですね」

「確かにそうかも知れないが、ドラゴンのような大きな咆哮を聞いたという領民もいるんだよ。それで私はそいつが魔物を使役している可能性を疑っている。まあ、魔物が人になつくという話を聞いたことはないけどね」


 俺の意見に義兄が付け加えた。

 魔物を使役する。

 実はその方法は存在している。俺の母国にはそれを可能にする貴重なレジェンドアイテムが存在するのだ。もしかしたら、それを使っているのかも知れない。もしそうなれば、それはかなりの人物だぞ。


 レジェンドアイテムは我が国が厳重に管理している。万が一にも世の中に出回るはずがない。ということは、母国にこの件に関与している人物がいるというわけだ。

 あとで連絡を入れておこう。今すぐ全てのレジェンドアイテムの確認をするようにってね。


「分かりました。調査には十分に気をつけます」

「やつらはエルネスト殿の命を狙っているのかも知れん。エルネスト殿が強いことは十分に理解しているつもりだ。だが、やはり危険過ぎないだろうか?」


 俺と義兄の話を聞いて、顔色が悪くなったライネック伯爵。今回の依頼はパメラの顔を見るためだけのつもりだったのかも知れない。それが思わぬ方向に進み始めて戸惑っているようだ。

 その優しさは伯爵としてはどうかと思うが、嫌いではなかった。


「心配は要りませんよ。ドラゴンならつい最近、アースドラゴンを倒したばかりですからね。また私がドラゴンを倒したとなれば、市場にドラゴンの素材が出回って値崩れを起こすかも知れませんけどね。ドラゴン製の装備を買うなら今がチャンスかも知れませんよ」


 冗談交じりに話すと、伯爵は厳しかった表情を少し緩めた。ちょっと前の俺だったら、こんな話はきっとできなかっただろう。パメラと過ごす日々のお陰で、俺も少しは人付き合いができるようになったのかも知れない。パメラに感謝しないとな。


 密談が終わるとすぐに、怪しい動きをしていた使用人の尋問に向かった。すでに印をつけてある。その人物はすぐに見つかった。掃除を担当する使用人のようである。


 最初は何のことだか分からないの一点張りだったが、彼女の部屋を捜索すると次々に不審な手紙が見つかった。それを見て断念したようである。顔から表情が抜け落ち、静かにこちらの指示に従うようになった。あとは伯爵に任せておけばいいだろう。


 伯爵は俺を巻き込まないようにしている節がある。間違いなく、俺と共にパメラも巻き込みたくないのだろう。それならば、パメラのためにも知らない振りをしておこうと思う。

 ひとまずできることはやった。部屋に戻るとすぐにお風呂の順番が回ってきた。

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