第34話 覚悟
「ただのウワサ話みたいですわね」
今日予定していた聞き込み調査も終わり、宿で夕食を食べていると、パメラがそう切り出してきた。今のところ町に被害はないのだが、それでもやはり気になっていたようである。
「そうかも知れないね」
「一体何のためにそのようなことをするのでしょうか……」
目を伏せ、沈痛そうな面持ちになるパメラ。たぶんライネック伯爵への嫌がらせの類いだろうが今は言わないでおこう。
後ろから追いかけていた不審者は森の中にいた。場所も特定している。明日にでも早速事情を聞きに行くとするか。
近くの森に生息する魔物はそれほど強くはないとはいえ、危険であることにはかわりない。そんなところにアジトを作るくらいなので、なかなかの手慣れの集団なのだろう。
できれば一人で行きたいのだが……難しいかな。
庶民的な味がするスープを美味しそうに口に運んでゆくパメラを見た。普通の伯爵家のご令嬢なら決して見られない光景だろう。だがパメラはそんなことなど気にしない。どんなことにも偏見を持たずに挑戦する健気な女の子。正直、俺にはもったいないな。
「エル様? どうかなさいましたか?」
ジッと見つめていた俺に気がついたパメラ。首をかしげながら聞いてきた。そんなちょっとした仕草も可愛らしく思える俺は、ずいぶんとパメラの魅力にはまりつつあるのかも知れない。
「明日のことを考えていてな。危険な仕事になりそうなんだ。できればパメラをここにとどめておきたい」
俺はパメラと向かい合った。真剣に、真っ正面から向き合えば分かってもらえるかも知れない。パメラも姿勢を正し、スプーンをテーブルの上に置くとこちらと向かい合った。
「詳しいお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
俺は軽くうなずいて話を始めた。もちろんこの話は近くて食事を一緒に取っている護衛たちにも聞いてもらった。
領都を出てからすぐに不審な人物がついてきていたこと、その人物が今は近くの森の中にいること、そして明日、その人物に会いに行こうとしていることを話した。
「それで私をここにとどめておきたいということですのね。事情は分かりましたが、私もできればご一緒したいですわ。この件は我が伯爵領の問題でもあります。確かにエル様が冒険者として依頼を受けたかも知れませんが、私にも知る権利があると思いますわ」
護衛たちは肯定も否定もしなかった。どちらを選んでもそれに従うということだろう。さてどうするか。俺の目が届く安全な場所から見てもらうというのも考えようによってはありかも知れない。
この町にいても確実に安全というわけではない。それならば、俺の近くに居てくれた方がパメラを守ることができるだろう。護衛や使用人たちも全員守るとなれば支障が出るかも知れないが、それを切り捨てることができれば可能だ。
「万が一のことがあったら、パメラのことは全力で守る。だが、パメラ以外には気を配れないかも知れない。それでもいいか?」
「え?」
パメラが青く透き通った海のような瞳を大きくする。そしてほんの少しだけ、首を護衛たちの方に向けた。
貴族からすれば、護衛や使用人はいくらでも代わりがいる、使い捨ての駒のような存在である。普通なら護衛たちのことを気にしたりなどしない。
しかしパメラはそのような態度を取ることができなかった。思わず、といった体で意識がそちらに向いてしまった。正直なところ、これは良くない傾向だ。
何かあったときに、パメラが自分の身の安全を第一に考えない可能性がある。もしそうなるようであれば、さすがに連れてはいけない。パメラが俺の予想外の行動を選択すれば、さすがに完璧には守りきれない。
パメラに対して、ここにとどまるように命令しようと口を開きかけたそのとき、護衛の一人が頭を下げて言った。
「口を挟むことをお許し下さい。お嬢様、万が一のことがあれば、我々一同、貴女の盾になる所存です。ですから、我々の配慮は不要です。エルネスト様が逃げろと命令されたら、我々を置いて、全力で、逃げて下さい。どのみちお嬢様に何かあれば、腹を切ってわびるつもりです」
視線を上げると、ジッとパメラを見据えた。彼は身をもって「上に立つ者としての心構え」をパメラに教えようとしているのだろう。それだけパメラが「貴族らしからぬ優しさ」を持っており、そのことを知っているのだろう。そしてそれを「危うい」と思っている。
パメラは下唇を噛んだ。そして小さくうなずいた。
「分かりましたわ。エル様の命令に従いますわ。逃げろと言われれば、他の皆さんを見捨ててでも、逃げますわ」
ハッキリと、そう告げた。お付きの者たち全員が頭を下げた。中には安堵の表情を浮かべている者もいる。どうやらよほど心配だったようである。
「分かった。それじゃ、明日は怪しい人物に会いに行く。間違いなく、そいつの拠点があるはずだ。もしかすると、ウワサになっているドラゴンも現れるかも知れない。覚悟していてくれ」
サッと顔色を青くしてパメラがうなずいた。それでも「やっぱやめた」と言わなかったところを見ると、何としてでもついてくるつもりらしい。
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