第20話 素直な気持ち

 食事が終わると昨日と同じく森へ向かい魔法の練習を開始した。そして日が暮れるまで魔法の練習をする。


 そんな日々を過ごしていると、ついにパメラがフェンリルを召喚できるようになった。

 いつもの野原に淑女らしからぬ大声が鳴り響いた。


「や、やりましたわー! ついに、ついにうまくいきましたわ!」


 ピョンピョンと跳びはねるパメラの前には、ゆうに一人の人間が乗れるほどの大きさをした、少し青みがかったフサフサの毛並みを持つ犬の様な生物が伏せている。

 これがフェンリルか。実は俺も初めて実物を見た。


「よくやったぞ、パメラ。後は名前をつけてあげれば契約が成立する」

「名前……そうですわね」


 そう言って考え込んだパメラはこちらをチラチラと見ている。まさか、俺の名前をつけたいとかじゃないよね? 何度も目を泳がせては考え込んだパメラはようやく名前を決めたようである。


「オルト、に決めましたわ」


 そう言うと、パメラとオルトの周りに小さな旋風が起こった。これが契約成立の印である。さすがはパメラ。俺だったら多分フェルとかにしているな。


「ご主人様、何なりとご命令を」


 オルトがうやうやしい態度で頭を下げる。その頭をパメラが気持ちよさそうに撫でている。シロの毛並みもいいが、オルトの毛並みも触り心地が良さそうである。今度触らせてもらおう。


「エル様、まずは何をさせれば良いのですか?」

「まずはオルトに騎乗できるようになるんだ。移動系に優れた召喚獣なら、乗って移動できるようにしておく必要があるからね」


 なるほど、と言うとパメラはフェンリルにまたがった。スカートじゃなくてパンツタイプの服を着させておいて良かった。でなければ、今頃下着が丸見えだった。

 オルトのどこを握ったら良いのか分からず、首元の毛をしっかりと握ったようである。


 オルトはそれを確認するとゆっくりと歩きだした。しかし、首元の毛をパメラが引っ張るせいで、頭が若干上を向いている。これは別の場所をつかむようにしたほうがいいな。


「パメラ、もっと自分の足に近いところにある毛をつかむのがいい。オルトが動き難そうにしてる」

「わ、分かりましたわ」


 そう言って何とかつかむ場所を変えたパメラ。しかし今度は体が安定しないようで、オルトが歩く度にフラフラと前後左右に揺れていた。これは慣れるまでは時間がかかりそうだな。馬と犬とでは乗り心地が相当違うようである。それに鞍もついてないしね。


 何か対策が必要だな。首輪をつけて、そこに持ち手をつけるとかどうだろうか? でも召喚魔法を解除したときに、身につけていたものはこちらの世界に残るんだよね。常にパメラが首輪を持ち歩くか、オルトをシロみたいに出しっぱなしにしておくか。


 どうしたものかとあごに手を当てているとパメラたちが戻って来た。どうやら歩くので精一杯であり、走る段階には進めなかったようである。


「パメラ、オルトはシロみたいに出しっぱなしにしよう。そしてオルトに首輪をつけよう」


 先ほど考えていたことをパメラに話す。その結果、確かにその方法しかないかという結論に達した。魔法で体を固定する方法も考えたが、魔法を維持するのが難しい。俺ならともかく、パメラにはまだ早かった。

 オルトは若干嫌そうな顔をしたが、主には逆らえない。


「ごめんね、オルト。素敵な首輪を準備するからね」


 パメラはオルトの背中に顔を埋め、モフモフの毛に手ぐしをかけながら言った。うっとりとした様子から、どうやらオルトのモフモフが相当気に入ったようである。


 街に戻ると、案の定、門番に大変驚かれたが、プラチナ級冒険者の俺がついていることですぐに騒ぎは収まった。

 これは一刻も早く魔物でないことを証明する意味でも首輪が必要だな。結構大きめの首輪が必要なのだが、売っているとすれば奴隷商か。あそこはあまり行きたくないんだけどな。売ってなければひとまずは丈夫な太めのベルトでも買って、それを首に巻くとしよう。


 首輪を求めて、俺たちはマイニの奴隷商へと向かった。前回は館内をスッと案内されただけだが、おそらく店舗内には奴隷グッズも売っていることだろう。

 奴隷商へは一度しか行ったことはなかったが、「パメラを買った」というインパクトが強かったのだろう。道に迷うことなく、すんなりと奴隷商にたどり着いた。


 以前来たときは余裕がなくてゆっくりと見ることが出来なかった。今日あらためて正面から店に入ると、首輪や服、しつけるためなのか、ムチや太いロウソクなんかもあった。これは奴隷を痛めつける用のものなのかな? そう考えると、胃の中がムカムカしてきた。


 正直に言うと、いまだにこの大陸に奴隷制度が息づいていることに不快感を抱いている。どんな理由なのかは知らないが、魔法を使って強制的に人を従わせることなど、あってはならないことだと思っている。

 自由な身になってから、ますますそう思うようになった。


「エル様、どうかしましたか?」


 突如立ち止まった俺を不審に思ったのだろう。パメラがおずおずとこちらの顔色をうかがうように聞いてきた。パメラを安心させようと作り笑顔を浮かべると、その頭を撫でた。


「何でもないよ」

「……そんなはずありません。顔色が悪いです。私一人でも大丈夫ですから、先に家に帰ってもらって――」

「大丈夫だ、問題ない」


 先を言いかけたパメラの言葉にかぶせて強く言った。パメラの肩がビクリと小さく震えた。いかんいかん。ポーカーフェイスが見抜かれて動揺してしまった。パメラに八つ当たりするなんて、俺はなんて酷いヤツなんだ。

 俺はパメラを優しく抱きしめた。パメラの肩の力がスッと抜けたのが分かった。


「ごめん、パメラ。俺は奴隷が嫌い、いや、奴隷制度が嫌いでね。本当はパメラを奴隷として買いたくなかったんだよ。そんなことをせずとも、素直にそのまま直接俺のところに来てくれたら良かったのに……」

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