第19話 刺激的な朝

 サッパリした表情で部屋に戻ると、風呂上がりの冷たい果実の飲み物をパメラが用意してくれていた。さすが気が利く俺の嫁。


「どうぞ、エル様」

「ありがとうパメラ。これを飲んだら、召喚魔法の勉強をしよう。寝るまでの間だけどね」

「はい。何としてでも使えるようになって見せますわ!」


 両手に拳を作って力強くパメラが言った。一日で習得できなかったことに納得はしたものの、悔しさはそう簡単に無くならなかったようである。そんなパメラに応えるべく、教える方にも力が入った。

 今日の訓練ではかなり魔力を消費したはずだ。明日にその疲れを持ち越さないように、昨日よりも早めに眠りについた。


 昨日と同じく、今日も手をつないでベッドに入った。

 明日の朝は今日のような失態はしないぞ。目を覚ませ、目を覚ますんだ。クワッと! と言うか、いつものようにシロが俺を起こしてくれればいいんじゃないのか? なんで起こしてくれないんだ。


「シロ、明日はしっかりと起こしてくれよ」

「え~、パメラに起こしてもらいなよ」

「エル様、心配は要りませんわ。私が責任を持って起こしますから。明日は早めに起きるおつもりですか?」


 違う、そうじゃない。寝ぼけて何をやらかすか分からないから、何とかしたいのであって……。すぐ隣にあるパメラの顔の眉はキリリと引き締まり、完全に命令待ちの状態である。これは断れないな……。


「いや、今朝と同じ時間で構わないよ。朝早くから練習を開始しても、魔力には限りがあるからね。それよりもしっかりと寝て、体を休めた方がいい」


 これはもうなるようにしかならないな。信じているぞ、俺。


 その夜、俺はなかなか眠りにつくことができなかった。決してすぐ隣にパメラの顔があり、すうすうと寝息が耳にかかっていたからでも、隣から良い香りがしていたからでもない。



 まぶたの向こうに、緩やかな風のような光が見える。もうちょっとこのまま……。柔らかい感触が頭の後ろにある。いつもの枕よりも暖かく心地良い枕だ。いつの間にこんな枕を買ったっけ? 手が何か柔らかいものを握っている。外で食べるまんじゅうよりも柔らかいし、何だかスベスベしている。

 力を入れてギュッとつかむと、ひゃうん、という小さな悲鳴が聞こえた。


 その瞬間、しっかりと目を見開いた。見上げると、熟れたリンゴよりも赤くなったパメラの顔がすぐそこにあった。どうやら膝枕をしてくれているようだ。そして……光の速さで今つかんでいるものから手を離した。あの感覚は、間違いなくおっぱい。しかも生乳だ。おとといはバスローブの下にスケスケのネグリジェを着ていたようだが、昨日は裸だったらしい。


 あまりの出来事に、思考が炎の魔法で燃やし尽くされたかのようである。もごもごと口を動かした。しかし、なんて声をかけたらいいのか思いつかない。頭が真っ白になるって、こうなることを言うんだな。


「お、おはようございます、エル様。昨日はよく眠れましたか?」

「あ、ああ。パメラのお陰でよく眠ることができたよ」


 パメラがうれしそうに目を見開き、両手を口元に当てた。


「うれしいですわ」


 とろりととろけそうな顔をしたパメラを思わず抱きしめた。まずい、体が勝手に動いてしまった。俺は一体どうすればいいんだ。これが、正解なのか?

 そんな俺の心配をよそにパメラは俺の背中に両手を回してきた。恥ずかしくなってきたのかパメラは俺の胸にしっかりと顔を埋めている。パメラが落ち着くまでしばらくそのままの状態で過ごした。



 鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で朝食の準備をするパメラ。そこから少し離れた場所で、俺はシロに苦言を呈した。


「なんで起こさないんだよ」

「だって、パメラが自分が起こすって言い張るんだもん。でも、満更でもなかったでしょ?」

「お前は……」


 二の句が継げなかった。俺はあのときの感触を思い出し、おなかの下がムズムズしてくるのを感じた。確かに気持ちよかったけど、無意識にやっていただけあって何だが罪悪感があるぞ。


「シロ、頼むからシロが起こしてくれ。朝から刺激が強すぎる」

「……ヘタレ」

「ヘタレでもなんでも構わないから頼む」


 俺は頭を下げた。召喚獣に頭を下げるとか普通はしないのだが俺はやるぞ。自分の理性のために。


「分かったよ。善処はするよ」

「何を善処なさるのですか? シロちゃん」


 朝食の準備を終えたパメラがプレートを運んできた。その上には美味しそうなハムと目玉焼きがホカホカと湯気を立ち上らせながら、どうだと言わんばかりに並んでいる。


「いや、何でもないんだ。いただきます。うん、予想通り、美味いな」


 焼きたてのパンの上にのせて食べると絶品である。最近市場で売り出されるようになった、ほんのちょっぴり酸味の利いた、少し黄色がかった一風変わったドレッシングがそれによく合う。

 満足そうにこちらを見ていたパメラも、俺をまねしてパンにのせて食べ始めた。


 貴族が食べるにはちょっとどうかと思うほどの庶民的な料理なのだが、そのようなことは気にしていない様子である。ほほをほころばせながらかじりつくその様子は、森で見かけた、餌を頬張る小動物のようだった。

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