第18話 初めての

 家に帰り着くと、少し休憩を挟んでから夕食の準備にとりかかった。パメラに食材を切ってもらっている間に、風呂の用意をしておく。シャボンをつけたたわしで浴槽を良く洗うと、キレイに浴槽の汚れを洗い流した。これでよし。匂いもジャスミンの香りになっている。


 俺が風呂の準備を終えてキッチンに向かうと、パメラがこちらに気がつき、笑顔で手を振った。裸エプロンで。

 俺は無言で近くにいたシロの首を絞めた。


「ちょ、待ってご主人様! ボクのせいじゃないよ!」


 本気で絞めたわけではないが、普段イタズラするときとは違ううろたえように、絞めている手を少し緩めた。これは事情を聞く必要があるな。そう思ってシロを見ていると、パメラがこちらに近づいてきた。


 エプロンからは横乳がはみ出ている。ほほが少し赤くなっているが、以前にやったときのような恥ずかしさはないようだ。どうやらその辺りは克服したようである。なんでや。


「エル様、シロちゃんに言われたからではありませんわ。その、買っていただいた服がカレーを作るときに汚れるのではないかと思いまして……」


 モジモジと両手を体の前でこすり合わせるパメラ。どうしてそうなった。あれか? もしかして、さっき肉屋で言われた嫁発言が尾を引いているのか?


「……パメラ、服が汚れてダメになったらいくらでも買ってあげるから、エプロンの下に洋服を着なさい。それに前回も言ったけど、ケガや火傷をしたらどうするんだ」


 横乳をガン見しそうになるのを意志の力でねじ曲げる。俺は紳士、俺は紳士。


「もしかして、お嫌でしたか?」


 パメラが悲しそうな声を上げた。いや、そうじゃないんだよ。どちらかと言えば大好物なんだよ。ああ、もう。それもこれも、シロが最初に余計なことを言うからだ。思わず手に力が入った。


「ちょ、ご主人様、苦しい……」

「おっと、悪い悪い。パメラ、嫌じゃないぞ、決して。だが、パメラの肌に傷がつくのは嫌だ。それに、そんな魅力的な格好をされると料理を作っているときに手元が狂いそうで怖いんだ。だから、俺の安全のためとも思って服を着てくれないか?」


 俺のため、ということにすれば、パメラも了承してくれることだろう。でも、俺が喜ぶだろうと思ってパメラがやったことには間違いない。それに報いた方が良いだろう。

 シロをポイと投げ捨てると、パメラの方に近づいた。


「エル様?」


 パメラの両肩に手を置いた俺を不審に思ったのか、戸惑いの声を上げた。サファイアのような美しい瞳がこちらを見つめた。そのまま俺はパメラにそっと口づけをした。

 恥ずかしいので、一瞬だけ触れただけだ。


 それでもパメラには十分に伝わったようであり、全身が夕焼けのごとく一気に赤く染まった。パクパクと口をさせ、目を大きくしてこちらを見ている。驚きのためか、うれしさのためか、瞳孔が大きくなり、そこには俺の顔だけが映し出していた。


 パメラはそのまま無言でヨロヨロと上の階へと上がって行った。多分、洋服を着てくるんだと思う。でも心配だ。あの状態でちゃんと服を着ることができるのかな?


「シロ、パメラの様子を見に行ってくれないか?」

「自分で行きなよ。そこまでやっておいて今さら恥ずかしいとか、言わないよね?」


 さっき首を絞められたことを根に持っているのか、プイとシロがそっぽを向いた。ごもっとも。俺はすぐにパメラを追いかけた。予想通りパメラは魂が入った状態ではなかった。フラフラと、まるでゴーストみたいにふらつきながら洋服を探している。


 クローゼットと衣装棚からパメラの洋服を取り出すとパメラに着せた。その際に色々と見ることになってしまったが不可抗力だ。まさかパメラがこれほど男に対する免疫がなかったとは。キスだけで魂が持って行かれるとは思わなかった。さすがの俺でもそこまではないぞ。


 やはりパメラは箱入り娘のウブなお嬢様だったようである。恋愛物語は読んでいたのかも知れないが、現実となると全く違ったようである。

 始めて間近で見たパメラの生まれたての姿は……凄かったです。


 夕飯の準備が終わり、いざカレーを食べようとなったときに、ようやくパメラが正気を取り戻した。「いつの間にカレーが!?」とか言っていたので、どうやらキス前後の記憶が飛んでいるようである。それはそれでいいことなので、何があったのかは黙っておいた。もちろんシロにも口止めしてある。手抜かりはない。


 カレーを美味しく食べ終わると、洗い物をササッと終わらせて風呂へと直行した。逃げだそうとしたシロを小脇に抱えて、先に風呂場へと直行した。シロにお湯をかけ、石けんでワシャワシャと洗っていると、パメラが入って来た。


 うん、今日はちゃんとタオルを巻いているな。有無を言わせずに椅子に座らせると、その陶器のような滑らかな背中を洗い流す。


「エル様、私、本当に召喚魔法を使えるようになりますか?」


 不安そうな口調だ。今日一日では召喚魔法を習得することができなかった。それだけではない。特に目に見えた成果をあげられなかったのだ。きっとそれで自信を無くしているのだろう。だが、パメラは勘違いしている。


「絶対に使えるようになるよ。いいかい、パメラ。これまでパメラに教えた魔法も簡単なものじゃないんだぞ。普通の人なら一つの魔法を覚えるのに一ヶ月はかかる。センスが悪い人なら一年以上かかることもある。それをパメラは一日で使えるようになっていたんだ。パメラは十分に優秀だよ」


 パメラがうれしそうな顔をしてこちらを見上げた。そのまま体ごとこちらに向けようとしたので、グッとパメラの両肩を持ち背中が回転するのを止めた。パメラの口が水鳥のように尖った。どうしてこの子はすぐに体を見せようとするんだ。色仕掛けなんて、一体だれに教わったんだ。


「だから必ず使えるようになる。そもそも召喚魔法は習得するのに時間がかかる特殊な魔法だ。時間はたっぷりあるんだ。じっくりやっていこう」


 コクリとパメラがうなずいた。これで少しは安心してくれたかな? お世辞でもなく、パメラは優秀な魔法使いで間違いない。召喚魔法もコツさえつかめば使えるようになるはずだ。


「エル様、お背中をお流しいたしますわ」

「ああ、お願いするよ」


 パメラにしっかりとタオルを巻き付けて場所を交代した。すぐにパメラがゆっくりと丁寧に背中を洗ってくれた。そして……今日も胸部を使っても洗ってくれた。慣れてきたのか、昨日よりも手際が良かった。いいのか、これで。どう思う? 相棒。


 本日もまた、パメラとシロを風呂から先に上がらせ、ゆっくりと後片付けをしてから風呂場をあとにした。相棒が助けを求めていたんでな。

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