第17話 新妻宣言

 これが俺とパメラのたった一度の邂逅である。その後、ライネック伯爵とのつながりは一切ない。それなのに、どうしてこうなった。

 パメラには俺が白馬に乗った王子様にでも見えたのだろうか? 物語ではよくある話だが、実際にそんなふうに見えることがあるのだろうか。一応俺は本物の王子様なので、あながち間違ってはいないのだが――まさか、そこまで読んで……はさすがにないか。


 パメラの発言には色々と問題はあるが、俺の物になりたいのは本気のようである。だからって年頃のお嬢様が「あなたに抱かれたい」発言をするのはどうかと思う。もしかして、文化の違いなのか?


 判断に迷った俺は、とりあえずパメラの頭をナデナデしておいた。先送りである。まさにダメ男の見本。それを察知したシロは「ヘタレ」とでも言いたげな目をしてこちらを見ていた。


 俺のナデナデ攻撃でひとまずは納得してくれたようである。そのあとは特に何も言うことなく朝食の時間は終わった。

 あれ、これって何も解決していないんじゃ……相変わらず俺のベッドで寝るってことだよね? まさか、先送りにされたのは俺の方!? 謀ったな、パメラ!


 そんな疑問を抱えたまま、今日も森へと向かった。昨日と同じく戦闘訓練と召喚魔法の練習のためである。昨日、死体を見ていたこともあり、今日は吐くことはなかった。相変わらず気持ち悪そうにしていたが。

 慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだな。それもやむなし。


 ある程度、攻撃魔法の練習が終わったところで、召喚魔法の練習を始めることにした。だがその前に昼食だ。パンに肉と野菜を挟んだだけの簡単な昼食をすませると、近くの野原へと移動した。足下には小さな白い花が咲き乱れており、ちょっとした癒やしスポットになっている。ここなら練習に集中することができるだろう。


「こんなにキレイな場所が森の中にあるだなんて思ってもみませんでしたわ」

「この場所なら魔物が現れてもすぐにわかる。だから安心して魔法の練習をして構わないよ。召喚魔法は集中力と想像力が大事だからね」

「集中力と想像力」


 パメラがオウム返しに口にした。眉がキリリとあがり、口を真一文字に結ぶパメラ。やる気は満々のようである。

 だがしかし、そう簡単に召喚魔法はうまくいかないのが普通なのだが、大丈夫かな? 途中で挫折する人がとても多いんだよね。だれでも使える魔法なのだが、実際に使える人はそれほどいなかったりする。


 それでも俺はパメラには召喚魔法が必要不可欠だと思っている。少しヤンデレなところはあるが、基本的にパメラは優しい子なのだ。魔物を魔法で攻撃するときも、どうしても一瞬だけためらっている。パメラはそれを隠しているつもりなのかも知れないが、俺はそれを見逃さなかった。


 パメラには、自分を守ることができるだけの最低限の自衛能力があればいい。あとは召喚獣に乗って逃げ回ればいいのだ。フェンリルともなれば、逃げるのはもちろん、その凶暴性から攻撃にも向いている。パメラが魔物を倒すのをためらったとしても、主を守るためにフェンリルがやってのけてくれる。


 そんな俺の腹黒い思いとは裏腹に、パメラは教えた通りに魔法の練習を真剣な表情で何度も何度も繰り返している。そんなあきらめない心も、召喚魔法を習得するためには必要なのかも知れない。


 知っている限りのコツをパメラには教えた。それでもやはり一日では物にすることができなかった。肩を落とし、小さくなったパメラを励ました。


「今日はよくやったぞ。ご褒美に今日はどこかに食べに出かけるとしよう」

「エル様……私は家で作ったご飯でも構いませんわ」


 上目遣いでこちらを見るパメラの顔は少し曇っているように見えた。俺も鈍くはない。これはいつものように「一緒に台所に立って、一緒に料理を作りたい」というパメラなりのおねだりだ。


「そうか。それじゃ、一緒に夕飯を作るとしよう。今日の夕飯は何にしようか?」


 パアッとパメラの表情が、花が開いたかのように明るくなった。やはり正解だったか。その足下ではシロがウンウンとうなずいている。ピョンとホーンラビットのように飛び跳ねたパメラが俺の腕にしがみつきながら言った。


「今日はカレーにしましょう!」

「わかったよ。肉は……せっかくだからワイルドオックスの肉にするとしよう」


 ワイルドオックスの肉は、庶民でも手が出せる肉の中では高級品だ。そのため、ワイルドオックスの討伐依頼は常に冒険者ギルドに張り出されている。最近では数が減りすぎたため、何とか繁殖させようとしている団体があるとかないとか。それほど美味しい高級肉である。


 市場にはすでに街灯の明かりが点灯していたが、にぎわいはこれからのようである。果物や野菜、穀物などの食料がズラリとならぶ通りをパメラの手を握って進む。

 これだけ人が多いのだ。「万が一、パメラとはぐれることになると困る」と言うのが建前で、本当はパメラと合法的に手をつなぎたかっただけである。柔らかくて暖かな小さな手が、俺を離すまいとしっかりと握り返しているのがわかる。


「あの店がいつも肉を買う店だ。良い肉がそろっているぞ」

「庶民のお店ではあのようにして肉が売られているのですね」


 店内の天井からは様々な種類の肉がぶら下がっている。それをパメラが物珍しそうに見ていた。前回の買い物は高所得者向けの店だった。そこでの肉はショーケースの中に小分けにして入れられていた。


 もしかすると、庶民が利用する店舗をのぞくのはこれが始めてなのかも知れない。これはいい社会勉強になったかな? 庶民の生活を間近で見る貴族なんて、そうそういないだろうからね。


「ワイルドオックスの肉をくれ」

「おお、エルネストの旦那。おや? もしかして、隣にいるのは奥方かい?」

「え? いや、まだそんな関……」

「そうです! いつも旦那様がお世話になっておりますわ」


 俺が否定する言葉を遮ってパメラがそう言いつつ、優雅に淑女の礼をとった。おい、もはや隠す気もなくなったのかよ。


「こりゃどうも。こんなべっぴんさんが女房とは、エルネストの旦那も隅に置けないな」


 ニヤニヤしながらあごに手を当ててこちらを見る店主。これは次に来たときはこの辺りでウワサになっているだろうな。まさかこんなところで外堀を埋めてくるとは……。さすが、と言うべきか。


 店主は「結婚祝いだ」と言っていつもよりも奮発してくれた。どうやら店主の中では、俺たちの結婚は決定済みのようである。それを聞いたパメラは顔に満面に笑みを浮かべて、おほほほほ、と笑っていた。……まあいいか。

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