第21話 パメラの思い
パメラが小さく口を開け、目を見開いてこちらを見つめた。信じられない、といった表情だ。
「本当……ですか?」
「ああ、本当だ。俺はパメラを奴隷という形で縛っている。もしかしたらパメラが、『自分は奴隷だから』と自分自身に言い聞かせて、俺に尽くしてくれてるんじゃないかって思うときが……」
「そんなことはありませんわ!」
パメラが大音量で叫んだ。フロアがシンと静まり返る。中に居た数人の客と従業員が、なにごとかとこちらをうかがっているのがわかった。これはまずい。ちょっと目立ちすぎたようだ。
俺は慌ててパメラの口に人差し指を置いた。
「パメラ、続きは家に帰ってからにしよう。まずはオルトの首輪を買わなければ」
ほほをバラ色に染め上げたパメラがコクコクと首を縦に振った。帰ってからのことを考えると今から頭が痛いが、それはそれとして気持ちを切り替えないと。
「あらあら、エルネスト様ではありませんか。何やらお客様が騒いでいると通報があったので来てみたのですが……もしかして、返品ですか?」
奴隷商のマイニだ。今日もサキュバスを連想させるようなきわどい服を着ている。それを見たパメラがいつもよりきつく、俺の腕にしがみついてきた。嫉妬かな?
「そんなわけあるか」
俺がつっけんどんな口調で答えると、マイニは目を見張った。明らかに驚いている様子。そんなに驚くことかとムッとしていると、パメラがマイニに尋ねた。
「あの、首輪が欲しいのですが」
「……」
マイニは絶句した。これはあれだな。間違いなく、勘違いしているな。俺がパメラに首輪をつけようとしていると思っているな。そんなはずはないからね。
「ムチとロウソクはどうしますか?」
「いや、いらないからね!?」
慌てて拒否すると、それを一体どのように使うのか想像もつかない様子でパメラが首をかしげていた。正直なところ、教育に悪いからやめて欲しい。これ以上パメラによけいな知識を与えるのはやめていただきたい。
俺はオルトを前に押し出した。
「この子につける首輪が欲しいんだが」
それを見たマイニが後ろに飛びのいた。どうやら今までそこに居ることに気がつかなかったようである。さすがはフェンリル。隠密行動も可能か。ますますを持って素晴らしい。
恐る恐るマイニが首元を確認する。
「申し訳ありませんが、ここまで太い首輪はありませんね。ベルトで代用するのはどうでしょうか?」
「そうか。どうするパメラ?」
オルトをワシャワシャしながら「うーん」と考え込むパメラ。他にも案があるのかな?
「あの、リボンをつけるとかはどうでしょうか?」
「リボン? うーん、素材が柔らかくて変形しやすいから、激しく動くとオルトの首が絞まりかねない。安全のためにも、もっと丈夫でしっかりした素材がいい」
主であるパメラのリボン発言を聞いてギョッとした表情を浮かべていたオルトが安堵の表情を浮かべた。そうだよね、リボンは嫌だよね。オルトと目が合うと、大きく一つうなずきをしてくれた。ありがとうということだろう。
一方のパメラは残念そうな表情をしていた。かわいそうなことをしてしまったかな? そうだ。
「それならパメラ、シロにリボンをつけてあげたらどうだ? シロは首輪をつけていないし、ちょうどいい……痛っ!」
シロに手をひっかかれた。嫌だと主張してるようである。だがその主張は聞こえないなぁ。愛するパメラのためにも、シロにはぜひ生贄になってもらおう。
「わかりましたわ、エル様。そうしますわ」
上機嫌になったパメラはマイニと一緒に売り物のベルトの中から太めのベルトを選んでいた。これでよし。太めのベルトに少し加工をしてもらって、持ち手をつけてもらおう。マイニに注文すればやってくれるだろう。
「エル様、これにしますわ」
「いいんじゃないかな? これだけ丈夫で太ければ、首も絞まらないだろう。マイニ、この辺りに丈夫な持ち手を作ってくれないか?」
そのときになってようやくこの犬がただ者ではないこと、それからパメラがこの犬のような生き物に乗ることを想定しているのに気がついたようである。マイニはサッと口を真一文字に閉じた。
一瞬見開かれた目は、すぐに半眼となりジットリと俺を見た。何で早く言わないんだ、とその目は如実に物語っていた。
「わかりましたわ。ベルトの加工に時間をいただけますか?」
「了解した。代金を先払いしておこう」
そう言って俺はマイニに硬貨を手渡した。渡された硬貨を確認するとマイニの片方の眉がわずかに上がった。
「白金貨……かしこまりましたわ、エルネスト様」
ただのベルト一本とその加工賃に、これほどお金を出されるとは思っていなかったのだろう。もちろんそれには口止め料も入っている。マイニはどうやらそれを察してくれたようである。さすがはできる女。でなければこんな大きな奴隷商を維持していない。
これで俺がパメラに首輪をつけて、ムチとロウソクを使っていやらしいことをしようとしていた、というウワサが立つことはないだろう。
ついでにオルトが普通の犬でないことも秘密になる。重畳、重畳。
発注したオルト用の首輪ベルトは明日までには作りあげるとのことだった。さすがお金の力はすごい。奮発しておいて良かった。
帰り道にはもちろん手芸店に立ち寄った。そこでパメラとシロが二人で仲良く、シロのリボンになる素材を探していた。俺とオルトは外で待機。さすがにオルトを店の中に入れることはまずいだろう。
最初は嫌がっていたシロも、なぜかノリノリになっていた。もしかして、新しい扉を開いてしまったのかな? 召喚獣には性別はない。オスでもないし、メスでもないのだ。それじゃどうやって性別のようなものが決まるのか。それは最初に召喚したときの主の気分による。
オスとして召喚したいと思えばそうなるし、逆もまたしかりである。俺はシロを男の子のつもりで呼び出したつもりだったけど、もしかしたら、心のどこかで「男の娘」要素が入っていたのかも知れない。
そう思うと、何だかそんな気がしてきた。背筋がゾクゾクする。もしかして俺って、そんな人種だったのか……。そんなソワソワしだした俺をオルトが不審そうに見上げていた。
オルトは立派な男の子だよね?
上機嫌で店から出てきたパメラは両手一杯に袋を抱えていた。……そんなにたくさんシロの首に巻き付けるリボンを作るつもりなんですかね? まあ、いいけど。不審に思ったがパメラの機嫌がいいので、それで良いことにした。
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