第15話 母の教え
通信の魔法【神のお告げ】を使うこと数回。ついに母上からの反応があった。この魔法はお互いが魔力を出し合わなければ成立しない魔法である。そのため、この魔法を成功させるためには、「両方がその魔法を使えること」と「お互いに話せる状態にあること」が必須条件になる。
頭の中に少しトーンの高い声が響いてくる。久しぶりに聞く母上の声だ。何度か【神のお告げ】が来たことはあったのだが、ちょっと出たくない気分だったので無視していたのだ。
当時の俺は無断で国を出た放蕩息子だったからね。そうこうしている間に、母上からの連絡はすっかり来なくなっていたのだ。
「エルネストなの? 生きていたのね……お母さん、うれしいわ」
シクシクと泣いているかのような音が頭に鳴り響く。俺、死んだことになってるー。
「す、すみません。長い間、連絡もせずに。この通り、元気にしておりますよ、母上」
母親とはいえ、大国の第一王妃殿下である。実の息子とはいえ、無下にすることはできない。
「それで、突然どうしたのですか? 結婚でもしたのですか? それならそろそろ帰って来ますよね? エルネストには公爵の身分で新しい家を興してもらうつもりですからね」
早口でまくし立ててきた。相変わらずのせっかちである。質問する相手を間違えたのではないかと今さらながらに後悔し始めた。もしかしてシロの策略に引っかかった? でも母上くらいにしか相談できないしなぁ。
「いえ、結婚はまだですが、ちょっと相談がありまして……」
俺はこれまでのいきさつをかいつまんで話した。ここでウソをついても仕方がない。さっきの母上の話だと、どうやら俺を公爵にするつもりらしい。王家の権力をより強固に安定性させるためだろう。それならば俺も、将来的にその方向で動かなければならない。
サヨナラ、自由気ままな生活……ううっ。
俺だって、隣の大陸で放蕩してはいるものの、祖国を愛する心くらいは持ち合わせている。そうなると、嫁としてのパメラの存在が非常に重要になってくる。下手すると国同士の関係に影響するからだ。
「まあまあまあ! 男なら押し倒して、やっちゃいなさい!」
さすがのせっかちさん。母上のその言葉に、俺は相談する相手を間違ったことを正しく悟った。手込めにすることを提案する母親が居てたまるか。そんなことをすれば、パメラの両親にどんな顔されることか。
「母上、私は真剣に悩んでいるのですよ」
「ハア……分かっていますよ、そんなこと。どうしてあなたはいつもいつも、そんなに真面目なのですか。もう少しユーモアと心の余裕が必要ですよ。そうですね、それならば最初は一緒に手をつないで眠りなさい。そうやって少しずつお互いの距離を詰めていくのです。でもあなたの話を聞いていると、パメラさんはあなたに手込めにされたそうですけど……」
確かにパメラは真っ直ぐで猪突猛進で後先考えないところがある。手込めにされたそうにも見えるかも知れない。
でも、本当は恥ずかしいのに健気に頑張って奉仕しようとして、何でもできるように努力して、いつも一生懸命な可愛い女の子なんだぞ。
そんな感じで今回の通信は終わった。母上からは今後はもっと定期的に報告するようにとのお叱りを受けた。善処します、と言っておいた。
手をつないで寝るか。まずはそのくらいから始めてみるかな。俺は先ほどから抱きかかえた状態になっているパメラに目覚めの魔法【目覚めの鐘】をかけた。
「うにゃ? あれ? 私また寝ちゃってましたか?」
「いや、そんなことはないぞ。いきなり部屋を暗くしてしまったから、寝たように感じたんじゃないのか」
そう言いながら、俺はパメラをベッドに寝かしつけた。しきりに首をかしげているが、横になると静かになった。その隣に横になりながら枕元のランプの明かりを消す。
「エル様、何も見えなくなってしまいましたわ」
パメラが少し震えた声をあげた。何とかして俺を誘惑しようと頑張っているパメラだったが、やはり無理をしていたのだろう。いざそのような状態になると、途端におびえ始めた。
「ご主人様、パメラを食べちゃうの?」
「ひえっ」
シロの口調はだれが聞いても分かるほど冗談めいたものであったが、パメラはそれに気がつかなかったのか、小さな可愛い声を出した。俺はそんなパメラの右手を握った。ビクッとパメラが震えた。
しかし、俺の手がそれ以上動きを見せないことに気がついたのか、ゆるりと握り返してきた。
「シロじゃあるまいし、そんなことするわけないだろう。お休み、パメラ。いい夢を」
「お休みなさいませ。いい夢を」
大変満足そうなパメラの声だった。どうやら正解だったようである。今回は母上の助言で何とかなったな。この調子で少しずつパメラとの絆を深めていこう。というか、これはもう結婚する前提の動きだよな? 良かったのか? 良かったんだろうな。でなければ、そもそも彼女を購入したりはしないか。
甘い香りが鼻孔をくすぐる。だがまぶたが重くて目を開けられない。もうちょっとだけ。すると今度は柔らかいものが俺の左腕を包み込んだ。何やら耳元でささやいている声が聞こえるが、鈴のようなその声が何を話しているのか分からない。
「うーん」
腕に当たる柔らかいものが気持ちいいので、思わず顔をうずめたくなった。もうろうとした意識ではそれに逆らうことができず、思いっきりやってみた。これは……思った以上に気持ちいい。顔をスリスリとすり寄せてみた。
「あんっ、ちょ、ちょっとエル様! 起きて下さいませ、もう朝ですわよ!」
「無理だよ、パメラ。ご主人様は寝起きがとても悪いからね」
……パメラ? えっと、えっと。
その名前に一気に頭が覚醒した。殺気を感じて覚醒するのとほぼ同じ速度である。
瞬時に俺が何をしていたのかを理解した。俺はパメラの大きな胸部に顔をうずめ、それだけでは飽き足らず、猫がマーキングするかのごとく、顔をこすりつけていたのだ。
「ご、ごめんパメラ! どうやら寝ぼけていたみたいだ。悪気はなかったんだよ」
慌てて謝罪した。パメラの顔は真っ赤、いや、全身が真っ赤になっている。俺が顔をこすりつけたせいなのか、バスローブの胸元が崩れ、下に身につけている真っ赤なネグリジェが露わになっている。これはまずい。シロに何か言われるまでもなく、まずい。
「……気持ち、良かったですか?」
「……え?」
「気持ち、良かった?」
「……ハイ」
目の端に映るシロは、無言で枕をバシバシたたいていた。いっそ笑え。
俺が冒険者になってから三年ほどになるが、外で野営をすることはまずない。それは空間移動の魔法【天国への門】が使えるからであり、野営をするくらいなら家に帰って寝た方がはるかにいいからだ。
そんなわけで、夜の安全性がある程度確保されているということもあり、朝の寝起きは非常に悪かった。
パメラがうちに来てからの数日間は緊張していたのか、悪い癖が出なかった。しかしどうやら、パメラが隣にいる生活にも慣れてきたようである。そして、ついにやってしまったようである。
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