第9話 弱点

 閉じたまぶたの裏側に光を感じる。どうやらカーテン越しに朝の光が差し込んでいるようだ。もう朝か。でもまだ眠い。目を開きたくない。


 しかし今日はどうしたことだろう? いつもよりも寝覚めが良い気がするぞ。いつもなら布団に潜り込むところなのに、なぜか「起きても良いかな?」って気分になっている。きっとこの左腕に感じる暖かさのせいだろう。


「エル様、おはようございます」


 耳元に、優しくて、穏やかな、心安らぐような声がかすかに届いてきた。天使でも隣にいるのかな? その声につられて、横で寝ている天使に覆いかぶさった。うん、思った以上に柔らかくて抱き心地が良いぞ、この寝具。


「え、エル様!?」

「え? ぱ、パメラ!? ご、ごめん、寝ぼけてた。すぐに離れるから!」


 まずい、完全に寝ぼけていた。

 俺は朝に弱かった。いつもなら憂鬱な気分で朝起きるのに、今日に限って俺の寝覚めが良かったのは、パメラが横で寝ていたからか。なんか納得した。ん、あれ? 体の自由が利かないぞ。


「い、いえ、そのままでも構いません」


 グッとパメラが俺にしがみついて離さない。だんだんと頭が覚醒してきた。パメラの胸部の感触が鋭く、強く、感じられるようになってきた。そして一つの疑惑が頭に浮かんだ。もしかしてパメラ、バスローブの下に下着をつけていないのでは?


 これはまずい。強引に振りほどこうとすれば、ポロリもあるかも知れない。ギュウギュウと押しつけるパメラの胸が苦しそうにゆがんでいる。


「ヒューヒュー! 朝から暑いね、お二人さん」


 シロが茶々を入れてきた。それに怯んだのかパメラの拘束が少し緩んだ。そのすきに何とか俺は脱出することに成功した。シロ、良くやった。


「おはよう、シロ。今日も良い天気だな。絶好のお出かけ日和だ。さあ、パメラ、早いところ朝食を食べて、属性のチェックに向かおう」


 口をとがらせて半眼でこちらを見ていたパメラの顔がパッと明るくなった。


「はい! あ、ですが、エル様のお仕事は大丈夫なのですか?」

「ああ、パメラはプラチナ級冒険者の仕事について良く知らないか。プラチナ級冒険者の仕事はね、直接家に依頼が届くようになっているんだよ」


 ゆえにプラチナ級冒険者はどこかの街を拠点とし、そこに家を持つ必要があるのだ。それで俺は、この国の王都からそれなりに近い距離にある、このベセージンの街に住んでいる。


「そうだったのですね。今日の依頼はないのですか?」

「ああ、今のところないな。そのうち届くかも知れないけど、届いたとしても本格的に動き出すのは明日以降になるだろう」


 フムフム、とあごに手を当ててうなずくパメラ。ちゃんと学習しようとするそのスタイル、嫌いじゃないよ。


「俺は先に下に降りて朝食の準備をしておくから、パメラは着替えてから降りて来るように。いいね?」


 ハッと息を飲み、キュッと唇をかむパメラ。命令であることを理解したのだろう。そして自分が朝食の準備に出遅れたことを敏感に察知したようである。


「……はい」


 渋々、と言った感じである。これに懲りたら、朝起きたらすぐに動ける格好で寝るようにしてもらいたいものである。バスローブ一枚で寝るのはやめるように。



 朝食はパンと目玉焼きにベーコンと新鮮なキャベツを挟んだものだ。短時間で作れるし、別の野菜を加えれば色んな味が楽しめるので飽きない。

 パメラは……俺と同じもので我慢してもらおうと思う。ここには伯爵家で出るような豪華な朝食は食べさせられないのだ。

 シロは食事を取らないが、嗜好品としてちゅるとろ類を食べる。なくても死にはしない。


 ささっと準備を終わらせるとパメラが急いで降りてきた。服装は動きやすく、ケガをしないように肌が隠れたズボンスタイルである。うん、これはいいな。生足が出ていると目がそっちに引き寄せられるから、家にいるときもその格好をさせよう。


 すでに朝食の準備が整ったテーブルの上を見てパメラの顔色が曇った。ションボリとした足取りで席に座る。

 う、気まずい。パメラが降りて来るまで朝食を作るのを待っておくべきだった。


「すみません、エル様。私、何もできなくて……」

「ぱ、パメラ、そんなことはない! こうやって一緒に朝食を食べられるだけでも俺は十分に満足している。ほら、いつもは一人だからね」


 パメラの顔が、パアッと魔道具ランプに光をともしたかのように明るくなった。よしよし、機嫌は直ったかな? そのまま詳しい今日の予定を話しながら朝食を取る。


「今日は南にある荒野に行って、パメラの魔法適性を調べようと思う」

「南の荒野……かなり距離がありませんか? も、もしかして、野営をするんですか!? テントを張って、二人一緒の寝袋に入って……」


 どうやらパメラは妄想モードに入ったようである。ほほに手を当てると、顔を赤くしてイヤイヤと首を左右に振った。そんなパメラの様子を、さすがのシロもあきれた様子で見つめていた。


「心配はいらない。そこまでは転移魔法【天国への門】で一瞬で行くことができる。だから帰りも一瞬だ。野営は基本的にしないから安心してもらって大丈夫だ」

「え……?」


 真顔でパメラがこちらを向いた。あれ? もしかして、キャンプとかやってみたい感じだった? それなら今度、安全な場所に連れて行ってあげるかな。

 パメラはそのままモソモソとパンをかじった。そんなにハッキリと落ち込まれたら、何だが俺が悪いこと言ったみたいじゃないですか。


 ちなみに野営中は夜の見張りをしなければならない。一緒の寝袋で寝ることは不可能なのだが、そのことは分かっているのかな?

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