第8話 寝るよ

「パメラ、明日から俺はいつも通りに冒険者ギルドで依頼を受けるつもりだが、その間、どうしていたい?」

「エル様について行きますわ」


 やっぱりついてくるって言ったか。できれば家に居て欲しかった。いやでも安全面から言えば、俺と一緒の方がいいのかも知れない。


「……そうか。それじゃパメラ、どんな魔法が使えるのか教えてくれないか?」


 ぐっと、一瞬パメラの顔がゆがんだ。あれ? 聞くのはダメだった? 別に秘密にするほどのことではないと思うんだけど。


「私は水属性の魔法が使えますわ」

「他には?」

「他は……使えません」


 しょんぼりと空気が抜けた風船のようになったパメラ。でも、胸元の風船はぷかぷかと浮かんで……いかんいかん! 心頭滅却、心頭滅却。

 なるほど、パメラが言いたくなさそうにしたのは水属性の魔法しか使えないからか。一般的には、三種類の違った属性の魔法を使うことができると言われているからね。


「それは間違いないのか?」

「はい。調べてもらいました。私には火属性、風属性、土属性の魔法に適性がありませんでした」


 ますます自信なさげにしょんぼりとなるパメラ。

 そっか。そう言えばこの大陸では、それに水属性を含めた四大属性しか、主に知られていないんだった。この大陸の魔法の知識は本当に遅れているな。

 だがそれならばパメラにもチャンスがあるぞ。


「そうか。それならパメラは上位属性の使い手なのかも知れないな」

「上位属性、ですか?」


 俺の口から出た思わぬ言葉に、キョトンとした表情になるパメラ。その顔が可愛らしくて、おかしくて、思わずフフッと笑ってしまった。

 そんな俺を見て、明らかに不機嫌になったパメラは口をアヒルみたいにムッととがらせた。


「ごめん、ごめん。悪気はないんだ。あまりにも可愛い顔だったからつい笑ってしまった」

「か、可愛い!?」


 パメラは顔を赤くしてうつむいた。その視線の先にはおっぱ……これ以上、彼女の視線の先を追うのをやめよう。


「パメラは知らないかも知れないが、四大属性の他にも上位属性として、雷、氷、光、闇、空間、召喚属性があるんだよ」

「は、初めて聞きましたわ。でも、氷の魔法は水属性の一部なのでは?」


 コテンと小首をかしげるパメラ。そんな仕草も可愛いぞ。


「確かにそんな風に勘違いしている人がいるかも知れないけど、水属性の魔法を使える人が全員、氷魔法を使えるわけじゃないだろう?」


 ハッと目を見開き、小さく開いた口を手で隠した。


「た、確かにそうですわ。それなら私は氷属性も使えますわ」

「なるほどね。ものは試しだし、明日、残りの上位属性も試してみるとしよう」

「はい!」


 弾むような声を上げたパメラが、上機嫌で俺の左腕を両股でしっかりと挟み込んだ。手の甲にぬるりとした感触が……心頭滅却、心頭滅却! 俺は何も触っていないぞ! ……毛、剃ってあるのかな? ツルツルしてた。


 その後俺はパメラを先に風呂から上がらせた。それからしばらく時間をかけて風呂から上がった。スッキリした。

 安易に明日から一緒にお風呂に入ろうと言ったものの、しくじったかも知れない。でも今さら前言撤回とか言い出せないしな……詰んだな。それもこれも、全部シロのせいだな、間違いない。

 

 フラフラとした足取りでリビングへと向かった。水、水が飲みたい。どうやらのぼせてしまったらしい。

 リビングに到着すると、素早くシロが駆け寄ってきた。


「ご主人様、どうだった? 感謝してくれても良いんだよ?」

「シロ……」

「あ、エル様、冷たい飲み物です。どうぞ」


 パメラが冷たい果実ジュースを渡してくれた。パメラが氷魔法でキンキンに冷やしてくれているようである。うんうん、どうやら魔法に対して自信をつけてくれたみたいだな。良かった、良かった。それに良く気が利くようである。


 パメラはゆったりとしたバスローブを身につけている。パッと見た感じ、バスローブの下には何も着ていないみたいに見えるけど、ちゃんと着てるよね? 大丈夫だよね?


「明日は色々とやってみたいこともあるしパメラも疲れているだろう。今日は早めに寝ることにしよう」

「分かりましたわ。ベッドの用意はしてありますわ」

「ありがとう、パメラ」


 ベッドメイクまでできるようになっているのか。何だか悪い気がするな。なるべく手伝うようにしないと……というか、別にベッドメイクなんてしなくても良いんだけどね。寝ることができれば、そのままでいいじゃん。

 パメラはいそいそと二階へと移動した。それを見届けたシロが俺の肩に飛び乗った。


「ご主人様、さっきベッドメイクしていたパメラがすごい勢いで枕の匂いを嗅いでいたんだけど、あの子、大丈夫だよね?」

「……多分。自分を監視する人がいないから、頭のネジが一本取れてしまったのかも知れないな」

「あとで探しておくよ」


 いや、シロ、例え話だからね。本当にネジが落ちているわけじゃないからね?

 さすがのシロでもおかしいと思うレベルなのか、パメラは。これは思ったよりも重症なのかも知れない。いや、全裸で風呂場に突入してくる時点で察するべきだった。


 二階のベッドルームに行くと、すでに準備万端とばかりにパメラがベッドインしていた。さすがにバスローブは脱いでいないようである。シロをベッドに投げると、キレイな空中三回転を決めて着地した。さすが猫もどき。


 俺が使っているベッドはキングサイズのベッドであり、大人二人でも十分に寝ることができる。シロはいつもの枕元のポジションに移動すると、クルリと丸くなった。


 ベッドサイドのランプに明かりをともすと、天井から部屋全体を明るくしていた魔道具のスイッチを切った。

 ベッド横の薄暗いランプの光が、緊張した面持ちのパメラを淡く照らし出した。俺が隣に滑り込むと、パメラは口を引き結ぶと、ギュッとその目を閉じた。


「お休み、パメラ」


 パメラが口を開くよりも早く、俺は催眠魔法【眠り姫】を使った。すぐにパメラから静かな寝息が聞こえてくる。これでよし。何かパメラがしでかす前に眠らせてしまえばこっちのもんよ。


「ご主人様、まさか寝ているパメラに手を出すつもりじゃ……」

「そんなわけないだろう。それよりも、シロ君? キミ、俺のことをヘタレ呼ばわりしたみたいだね?」


 むんずとシロをつかんだ。シロが焦っているのが手に取るように分かる。足をバタバタさせている。フッフッフ、踊れ、踊るがいい!


「ご主人様! お風呂場で許してくれるって言ったじゃない!」

「確かに言ったな。だが、あれはウソだ」


 ウソ……とシロがつぶやいた。あきらめたのか、足がダランと垂れ下がる。フッフッフ、今日のところはこれで許してやろう。

 シロを定位置に戻すとポンポンとその頭をなでた。耳をペタッと下げたシロがこちらを見上げた。俺はそんなシロを安心させるようにゆっくりと笑いかけた。


「ねえ、ご主人様、パメラのこと、どうするつもりなの?」

「そうだな……。きっと何かしらの深いわけがあるんだろう。正直に言えば、厄介事にはかかわりたくない。だがここまで好意を向けられたら、無下にすることもできないよなぁ」


 クモの糸に絡め取られたかのような感じだ。思わずため息がこぼれた。


「……パメラのこと、嫌いじゃないんでしょ?」


 俺の心の中を見透かしたかのような声だった。

 耳は依然として垂れ下がったままである。


「そうだな……」


 嫌いじゃない。嫌いだったり、不快だったりしたら、押しつけられても買うことはなかっただろう。俺はパメラのことが好きなんだと思う。それでも、どうするべきか迷っている。俺は「今の生活」と「パメラと共に過ごす生活」を天秤にかけている。


「パメラに正直に話した方が良いんじゃないの?」

「俺が隣の大陸全土を支配している『魔法大国イデア』の第三王子であることをか? そんなことを話したら、パメラに大きな負担をかけることになりかねない。今はまだ言えない」


 ハア、とシロが大きなため息をついた。


「それだけパメラのことを大事に思っているなら、さらっていけば良いのに。だれも文句は言わないし、言わせないでしょ?」

「ハハハ……」


 乾いた笑いしか出てこなかった。

 俺はヘタレなんだ。あいにく、そんな勇気は持ち合わせていない。

 俺が兄たちみたいに、もっと社交的な人間だったら良かったのに。何度そう思ったことか。

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