第6話 シロの危機的状況

 パメラが買ってきた洋服のすべてを衣装棚に詰め込んだのを確認すると、俺たちは台所へと向かった。いつの間にか日はずいぶんと傾いており、そろそろ夕飯の支度をする時間帯である。


「俺は氷室に食材を取りに行くから、食事を作る準備をしておいてくれ」

「わ、分かりましたわ!」


 声が少し震えている。緊張しているのかな? 無理もないか。よその家で初めて料理を作るのだ。自分の家とは勝手が大きく違うだろう。その場をパメラとシロに任せると氷室へと向かった。


 さて、今日の晩ご飯は何にするかな? パメラの料理の腕前を見る必要があるし、そこまで作るのが難しくないポトフにでもするか。ほぼ煮込むだけだしね。

 飲み物はどうしよう? お酒はやめておいた方がいい気がする。無難な果実ジュースにでもしておくか。

 鶏肉と葉物野菜、果物を回収すると台所に戻った。


「パメラ、夕食はポトフに――な、なんて格好をしてるんだ、パメラ!」

「あれ? ご主人様は知らないのかな? 裸エプロンだよ」

「見れば分かるわ!」


 シロがその目を三日月型に変えて、ニヤニヤとこちらを見ている。パメラは全身を真っ赤にして、エプロンを押さえた状態でモジモジしている。まさか、シロが……? ジロリと目を細めてシロと見る。


「あ、言っとくけど、ボクがけしかけたわけじゃないからね。パメラが自発的に着替えただけだから。何でもこうするとご主人様が喜ぶって、ショップの定員さんに言われたみたいだよ」


 あいつら! なんてことを純情なパメラに教えているんだ。パメラもそれを鵜呑みにするんじゃありません! 思わず顔に手を当ててパメラを見ると、恥ずかしさがピークに達したのかクルリと後ろを向いた。……お尻、丸出しなんですけど。ヤダ、本当に穿いてないわ、この子!


 俺は急いでマントを取り出すとパメラにかぶせた。気の利いたセリフ、気の利いたセリフ……。


「パメラ、すごくいいよ」

「……ありがとうございます」


 小刻みに肩を震わせながら涙目でパメラが言った。違うだろう、俺! そうじゃないだろう! 何とかパメラに服を着てくるように誘導せねばならぬ!


「でもね、パメラ。その格好で料理を作ると、とっても危険だと思うんだ。回復魔法があるとはいえ、パメラのその白くてキレイな肌が傷つくのは見たくない」

「エル様……」

「だからさ、肌の露出が少ない服に着替えようか? パメラと一緒に料理を作りたいから、早く着替えてくるんだ」


 どうだ? 頼む、通じてくれ。この思い、届け!


「分かりましたわ。すぐに着替えてまいりますわ」


 涙をためたパメラの目がゆっくりと細められる。それから弾むような足取りで着替えに戻った。つ、通じた。


「シロ~? 何で止めなかったんだ~?」


 笑顔でシロに問いかけた。ビクッとなるシロ。さては、何か事情を知っているな?


「ヒッ! と、止めたよ、ちゃんと。でも言うことを聞かなくってさ~」

「ふ~ん、それで?」

「それで? それで、どうせならパンツも脱いだ方が喜ぶよって……」

「お前が諸悪の根源かー!」


 どうやら最初の段階では下着を身につけていたようである。そしてシロのアドバイスによってあんなハレンチな姿になったみたいだ。俺はむんずとシロの首根っ子を押さえた。ブラリとシロの手足が宙に浮く。


「お待たせしましたわ。エルさ……ま? な、何をなさっているのですか!?」

「いや、今日の晩ご飯に加えようかと」

「やめてー! 助けて、パメラー!」

「え、エル様、やめて下さいませ!」


 パメラが必死に止めてきたので今日のところは見逃してあげることにした。だがシロ、次はないぞ。晩ご飯になるのが嫌なら、パメラがやらかしそうになったら全力で止めるんだな。この俺のように。


「あの、エル様は座って待っていてもらってもよろしいのですよ?」

「いや、これでいいんだ。大事な人の隣に立って料理を作るのもまた一興だと思ってな」


 大事な伯爵令嬢がケガでもしたら大変だ。パメラの料理の腕前を疑っているわけではないが、万全を期す方が良いだろう。そのためには隣に立って監視の目を光らせておくに限る。


「だ、大事な人……うにゅう……」

「ちょっと、パメラ!?」


 グラリと傾いたパメラを慌てて支える。そんなに刺激的な言葉だったのか。何だか勘違いさせてしまっているので、申し訳ない気分だな。


 その後、正気を取り戻したパメラと一緒に料理を作った。

 正直言って、パメラを侮っていたわ。これなら一人で料理を任せても大丈夫そうである。

 良かった、メシマズ属性を持ってなくて。母上が作ったクッキーはクッキーじゃなかったからな。あれをすべて食べた父上は尊敬に値する。


 出来上がった料理を早速囲んだ。温かいうちに食べた方がおいしいからね。軽くトーストしたパンをテーブルの中央にセットして食べ始めた。野菜と鶏肉の味が良く出ており、とてもおいしかった。


 いや、違うな。もちろん料理もおいしいが、多分二人で食べているからおいしいんだろう。パメラもおいしそうにポトフを食べていた。

 静かに食事をするパメラに対して、わざとカチャカチャと音を立てながら食べる俺。そんなテーブルマナーが悪い俺に対しても不快感は示さなかった。これは俺のマナーがなっていないことは了承済みということかな?


「エル様、お酒は飲まれないのですか?」

「え? あ、ああ、また今度にするとしよう。今日は久しぶりに街に出て、普段使わない神経を大いに使ったからな。今飲むと悪酔いしそうだ」

「そうなのですね。それなら仕方ありませんわね」


 残念そうにパメラが言った。何? もしかして、お酒を飲みたかったのかな?


「そんなにお酒を飲んでみたかったのか?」

「はい。一度飲んでみたかったのですが……」


 パメラは深いため息をついた。なるほど、これまで一度もお酒は飲んだことがない、と。これは危険な香りがプンプンするぞ。これは俺の心に余裕があるときじゃないと飲ませられないな。

 俺の第六感もまだまだ捨てたものじゃないな。

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