第5話 後悔先に立たず
パメラにマントを着せ、フードのなかにそのふわふわした美しい髪を隠すと高級住宅街にある商店街へと向かった。ここには値段が高いがそれ相応の品々がそろっている。ここの商品なら伯爵令嬢が身につけても問題ないだろう。
まずはパメラの服を買わないといけないな。さすがに家に女性用の衣装は置いていない。だからと言って、いつまでも暑苦しくて地味なフード付きマントを着せておくわけにはいかないだろう。
当然のことながら女性物の服など買ったことない。その辺りはパメラ頼みである。
「パメラ、君には服が必要だ。好きなのを選んでくれ」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。お金の心配はしなくていい」
プラチナ級冒険者が受ける依頼の報酬は高額である。仮にその依頼が魔物の討伐依頼であれば、その素材を売ってさらにお金を稼ぐことができる。
パメラを買うときに白金貨十枚を出したが、手元にはまだ白金貨千枚以上残っている。とてもではないが使い切れない。高位貴族でもなければ、これほどお金を持っている人物はいないだろう。
パメラを連れて女性専門の服屋へと入った。パメラがマントを取ると、店員の女性たちが口をひらき、目を丸くしてハッと息を飲んだ。白くて滑らかな肌に、背中を流れる美しい髪。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスなプロポーション。
そうだろう、そうだろう。女性でもそうなるよね。男ならなおさらだろう。口角が上がりそうになるのをグッとこらえて、努めて平静を装った。
「この子に合う服が欲しい。この子の希望に合わせてくれ。金の上限は決めてない」
「か、かしこまりました!」
店員の目の色が変わった。パメラの注文を受けて慌ただしく動きだした。特にすることもないので、設置されているソファーに深く腰掛けると背もたれに体をあずけて大人しく待つことにした。
数分後、俺はパメラに任せたことを後悔していた。
「エル様、あの、これはどうでしょうか……?」
モジモジしながらパメラが俺の前に立った。すでにほほはバラ色になっており、耳の色も同じ色に染まりつつある。
恥ずかしいのなら、そんなスケスケのネグリジェを選ぶんじゃありません! 下着が透けてるから! 目のやり場に困るから!
ドクンドクンと脈打つ心臓などを隠すべく、太ももに肘を当て、手を顔の前で組んで前傾姿勢をとった。これでよし。
「パメラ、どうしてそれを選ぼうと思ったんだ?」
「あの、殿方が好きだって言われたもので……」
俺の物言いにパメラが怯んだ。感情を押し殺したためにちょっと声が低くなりすぎたようだ。目つきも悪くなっているかも知れない。
だがあえて問いたい。一体だれに言われたんだよ。店員か? それともお義母様か? もうやだ、ため息が出そう。
「そうか。良く似合っているぞ。それも買おう。だがもう少し露出が少ない、普段着の服も選んでくれ。目のやり場に困る。他の人に見られたらどうするんだ?」
俺はジロリと店員を見た。だが店員はこちらの思っていた反応ではなく、「キャー」と黄色い声を発した。またなんか俺、妙なこと口走っちゃいましたかね?
「分かりましたわ。それでは他の方に見られても大丈夫な服も用意しますわ。ウフフ、二人だけの秘密にしておきたいですものね」
意味ありげに、店員の一人がそう言った。
違う、そうじゃない。「二人だけのときなら何でもオッケー!」って言う意味じゃないんだ。ほらパメラ、全身を赤くしてうつむかない。その前に、そのスケスケルックを何とかしなさい!
その後は店員さんたちが色々と手を貸してくれたらしく、あれ以来、俺の前でファッションショーをすることなくパメラの洋服の買い物が終わった。大量の洋服が入った袋を渡されたが、正直、中身を確認するのが怖い。
プラチナ級冒険者の俺をここまで怖がらせるとは、パメラ、恐ろしい子……!
釣りはいらんと白金貨をポイと渡すと大いに驚かれた。分かっていると思うが、口止め料も入っているからな、それ。
俺が視線で合図すると、店員さんたちはコクコクと首を縦に振った。さすがは高所得者向けの店。しつけが行き届いているようである。
俺がすべての服を【奈落の落とし穴】にしまうのを、あっけにとられた様子で見ていた。
早速パメラには買った服に着替えてもらった。もちろん、胸元が大きくあいていない、大人しいタイプの服である。空色をしたワンピースに着替えたパメラは、先ほどの扇情的で大人びた服とは違い、年相応の見た目になっていた。
「パメラ、良く似合っているぞ」
「あ、ありがとうございます」
語尾は段々と細くなっていき、顔は段々と赤くなっていった。まずはこのすぐに顔が赤くなるのを何とかしないといけないな。さすがにこれだけ顔に出るのは貴族の奥方としてよろしくないだろう。貴族に必要なのものは、何を考えているか分からないポーカーフェイスである。
「それじゃ、食料の買い足しに行こう。何か嫌いなものはあるか?」
「いえ、何でも食べられます。……多分」
うーん、これは慎重に食料を選んだ方がいいな。おいしいけど、昆虫なんかの見た目があまりよろしくない食べ物はやめておいた方が無難だろう。ビジュアル的にも良くないし。トラウマになっては困る。
「そうか。それじゃ、まずは野菜からだな。その後に、肉と魚を買おう。あとは飲み物も必要だな。お酒は飲める方か?」
「……も、もちろんです!」
……怪しい。俺の第六感が、「こいつはウソをついている」と叫んでいる。多分パメラはお酒は飲めない、もしくは、飲むとまずいタイプだな。気をつけておこう。
もしもお酒に酔うと服を脱ぎだすタイプだったら非常にまずい。俺の理性が抑えきれない可能性がある。
俺たちは八百屋や肉屋、魚屋、酒屋を一回りして帰路に就いた。そのまま外食をすることも考えたが、まだ日が高いのでまた今度にしよう。パメラが料理もできると言っていたし、その実力も見ておきたい。
か、勘違いしないでよね。別にパメラの手料理を食べてみたいとか、そんなんじゃないんだからねっ!
「ただいま。シロ、良い子にしていたか?」
「……何それ。今までそんなこと言わなかったよね。どんな風の吹き回しなのかな?」
シロがジト目でこちらを見た。シロはもう少し空気を読む力を身につけた方がいいな。こちらはこれから夜の時間帯になるから緊張しているというのに。
シロはいいなぁ。部屋でゴロゴロしてればいいだけだもんなぁ。
「シロ様にもお土産がありますよ」
「わ~い! ちゅるとろだ~」
パメラに差し出されたちゅるとろをシロは夢中でかじっている。その姿はまるで本物の猫。とても召喚魔法で造り出したとは思えない。さすがだな、俺の才能。
パメラは瞳を星のように輝かせて、その光景をしゃがんで見ていた。
「あ、パメラ、ボクのことは呼び捨てで良いからね。お嬢様に様付けされるの嫌だからさ」
「私は奴隷ですが……分かりました。シロちゃん。これで良いですか?」
「オッケー!」
あ、奴隷設定はあくまでも続けるんですね。個人的にはやめても良いんじゃないかな、と思うんですけどね。奴隷契約で伯爵令嬢を縛り付けていることが世の貴族連中に知られたら、とても面倒くさいことになりそうだ。
さて、どうでもいいけど、パメラのそのしゃがんだ格好、シロ目線だとパンツ丸見えなんじゃないですかねー。知らんけど。俺は煩悩を打ち払うべく、頭を軽く振ってから氷室へと向かった。
氷室に野菜や肉を保存しておけば、長期保管することができる。魔法で溶けない氷を作って家の地下室に入れているだけなのだが、なかなかどうして便利なものである。
俺がポイポイと【奈落の落とし穴】から食料を出しているとパメラがやってきた。
「立派な氷室ですね。私の実家にある氷室と遜色ないですわ。それにこの氷、もしかして『溶けない氷』ですか!? さすがにこれは実家にありません。すごいです!」
パメラが手をたたいて絶賛しているけど、キミ、もう隠す気ないよね? でもこれを言ったら空気が悪くなるよね。ここはグッとこらえておこう。今しばらくは辛抱だ。
食料の片付けが終われば、次はパメラの部屋の片付けだ。二階には一応、客間がある。もちろんこれまでだれもこの部屋を使ったことはない。だがついに、役に立つときが来たのだ。
「パメラ、この部屋を自由に使ってくれ」
「嫌です」
「なんで!?」
即答したパメラを見ると、強い眼力でこちらの目を見返してきた。
「奴隷の私に部屋などいりません。エル様のそばに、いつも、お仕えいたします」
そうきたか。ものは言い様だな。どうしたものか。確かに俺の部屋は広いから、住人が一人増えたくらいでどうと言うことはないのだが……いいのかね~?
だが、彼女の意志を尊重しよう。それだけの覚悟を持ってここに来ているはずなのだから。
というのは建前で、本音は泣かれそうなので怖い、である。泣いてしまったらどうやって慰めれば良いのか俺には分からない。こんなことならもっとレディとお付き合いをしておくべきだった。まさに後悔先に立たずだな。母上に相談してみようかな……。
「分かった。それじゃ俺の部屋にパメラが買ってきたものを詰め込むとしよう」
「はい!」
パメラがうれしそうに笑った。うん、これで良かったということにしておこう。
客間にあった衣装棚を俺の部屋に持ち込むと、パメラに買ってきた服をしまうように言った。
パメラがちゃんと衣装棚に服をしまえるだろうかと心配しつつ、黙ってその作業を見守った。チラチラ見えたパメラの下着――それ、本当に下着なんですかね? 何か隠す面積がほとんど無いような気がするんですけど。紐だと言われても俺は納得しちゃうよ?
しまっているパメラも分かっているのだろう。恥ずかしくなってきたのか段々と赤くなっていた。
ハァ。声に出して言いたい。だったら買うんじゃありません!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。