第4話 白猫は見た
奴隷商から出ると、ギルマスは仕事が残っているからと言って逃げるようにこの場を去った。俺もひとまずは家に帰った方がいいな。家で留守番をしているシロにも紹介しなければならないだろう。
なだらかな丘の上に色とりどりの屋根が見えて来た。屋根の形も実に様々であり、それぞれが「我こそは」と自己主張しているようだった。
そこはこの街の高級住宅街。そのうちの一軒、瑠璃色の屋根を持つ家へとまっすぐに向かった。プラチナ級冒険者の財力はだてじゃない。小さいが、一軒家を所有しているのだ。
「帰ったぞ」
「ここがご主人様の家……」
「おかえ……だれよ、その女!」
シロが元々つり上がっている猫目をさらにつり上げてやってきた。ちなみにシロはオスである。お互いにやましい関係ではない。
「ふえっ!? ね、猫が、しゃべった!?」
突然の出来事に目を白黒とさせると、口に手を当てて一歩退いた。シロは召喚獣である。よって話すことなどお手のものだ。もちろん召喚者は俺。そんな風に軽く説明すると、納得してくれたようである。
「召喚魔法……ご主人様は色んな魔法が使えたんですね」
うん、まあ、色々と魔法は使える。だが魔法剣で斬った方が周囲に被害を出さなくてすむから、普段はド派手な魔法は使わない。事と次第によっては遠慮なく使うけどね。
「初めまして。ボクの名前はシロだよ。んで、ご主人様、その子はなぁに?」
シロが首をかしげた。緑色の目が興味深そうに俺たち二人を交互に見ている。
「俺の奴隷だ」
「奴隷!? まさかご主人様にそんな趣味があったなんて……」
あんぐりと口をあけたシロに挨拶するべく、彼女はマントを脱いだ。フードの下から少し青みがかった、キレイな銀色の髪が現れてふわりと揺れた。スズランのようにほほ笑むと腰を曲げて礼の姿勢をとった。
「シロ様、よろしくお願いいたしますわ」
「ちょっと!? 見えてる、見えてるから!」
その声に、ハッとした様子で慌てて胸元を隠した。そして赤い顔をして俺の方を振り返った。大丈夫、大丈夫。俺には見えてないからね。シロは見てはならないものを見てしまった、と言った感じで後ろを向いている。思ったよりもシロはウブなようである。
居間に彼女を座らせると、その正面に座った。まずは最初にやらなければならないことがある。
「君、名前は?」
「……奴隷の名前はご主人様が決めるものです。私に名前はありません」
それだけを言うと視線をテーブルの上に落とした。
「ふ~ん?」
こちらには目を合わせない。確かに奴隷の名前は主が好きに決めても良いことにはなっている。しかし本来の名前があるのならば、混乱を避けるためにその名前を使うのが一般的である。
「この子、名無しなんだね」
先ほどのショッキングな光景を気にしているのか、シロは照れ隠しするかのように顔の毛繕いを始めた。そんなに衝撃的だったのか。……俺も見たかったな。
「そうなのです。ですから私に好きな名前を付けて下さい」
顔を上げてこちらを向いた。
「そうか。それでは『パメラ』で」
「……え?」
「パメラで」
俺の方を向いて完全に固まったパメラ。もしかして、俺が気がついてないとでも思っていたのかな? 甘い、甘い! 蜂蜜よりも、角砂糖よりも甘いんだよなぁ。
「どうして……」
「俺が気がついていないとでも?」
「……違います。私はそのような名前ではありません」
なるほど、あくまでもパメラ・ジェローム・ライネック伯爵令嬢ではないと言い張るつもりのようである。
「なになに? ご主人様の知り合いなの? もしかして訳あり? 本当はどこかのお偉いさんのところのご令嬢なんじゃないの?」
緑色の二つの目を三日月型にして、ニヤニヤとシロがパメラに迫った。
「し、知りません!」
パメラは下を向いた。今にも泣きだしそうである。膝の上で両手の拳とグッと握りしめていた。
うーん、どうしよう。俺としてはこちらはお見通しですよ。だから何があったか話して下さいねって小一時間ほど問い詰めたいところなんだけど。まさか本気で俺と子作りをしたいだけなのか? 俺は今の自由気ままな生活を少しでも長く堪能したいんだけど。
「ご主人様、パメラをいじめるのは良くないよ」
首を左右に振りながらそう言った。まるで俺が追い詰めたかのようである。
「犯人はお前だ! とにかく、俺はパメラと呼ぶからな」
「……はい」
よしよし、渋々ではあるが了承してくれたようである。さて、伯爵令嬢を奴隷にしてしまったわけだがこれからどうしようかな。本当に普通に使って良いのかな?
「パメラはどんなことができるんだ?」
俺の問いかけにようやく顔を上げたパメラ。
「洗濯、掃除、食事の準備、それから夜伽を……」
「さ、左様ですか」
うーん、薮蛇! シロが目と口を三日月型にしてこちらを見ている。違うから! そんなやましい下心があって買ったわけじゃないから!
とりあえずは一通りはできるようだな。なら、役に立ってもらうか。俺一人でも全部できるから、別に要らないと言えば要らない。でも、それを言ったらパメラが傷つくかも知れない。
……このことは当然、ライネック伯爵も知っているんだよな? でなければ、ギルマスも奴隷商のオーナーも協力しないだろうし。勝手に家出したとかじゃないよね? 信じてるぞ、パメラ。
それにしても、ライネック伯爵はとんだ災難だな。ライネック伯爵夫人、寝込んでないよね? 手紙書いた方が良いのかしら? いや、その辺りはパメラ、もしくは、その他諸々の人たちがやってくれるだろう。下手に貴族とのつながりを持つべきではないな。
「それじゃ、夕飯の買い物に行くとしよう。ついでにパメラの服も買わないといけないな。氷室には食料が残ってないから、ちょうど良かったよ」
「お供いたしますわ。ご主人様」
「パメラ、俺のことはエルと呼ぶように」
何だかパメラにご主人様と呼ばれると腹の内側がムズムズする。そう呼ばれるのには慣れているはずなのになんでだろう。……あれ? パメラの反応が……って、どうしたパメラ、顔か真っ赤じゃないか。俺なんか間違ったこと言っちゃいました!?
「分かりましたわ。エル様……」
味わうようにゆっくりと、そしてうっとりとしたような声が返ってきた。
う、いきなり愛称で呼ばせたのは、箱入り娘と思われるパメラにはハードルが高かったか? いや、もし本当に箱入り娘なら、こんな強引なタックルはしてこないだろう。
見た目にだまされてはいけない。きっとパメラの心の中では「ククク……計算通りっ!」って思っているに違いない。
「キィィィイ! 何だかとってもド畜生!」
なぜかシロが俺の袖をかみながら嫉妬している。伸びるからやめなさい。
パメラが入れてくれたお茶を飲み終えると、再びパメラにマントをかぶせた。パメラの入れてくれたお茶は大変おいしかった。どうやら本当に花嫁修業してきたようである。
これは本気だ。……どうしよう。
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