第3話 男の面子
「……どんな問題なんだ?」
一応、話を聞くくらいはいいだろう。決して彼女に目がくらんだわけではない。決して。
「それはわたくしからお話しますわ。まず一つ目が値段です。白金貨十枚、これだけのお金が出せるのは、この辺りではエルネスト様だけです」
ゆっくりと口元を緩めながらマイニが切り出した。
俺がその場で断固拒否しなかったからか、すでに買う前提で「様」付けしてきたぞ。さすが奴隷商のオーナー。抜け目がない。
でもその値段なら、貴族ならば出せるだろうが……どうやら外向けにお披露目する気はなさそうである。つまり、ここだけの話、というわけだ。
「二つ目が、見ての通りの容姿です。この容姿では不埒な輩に狙われることはまず間違いないでしょう。それを防げるのはエルネスト様だけです」
マイニがそう言い切った。マイニとは初めて会ったはずだがやたらと俺に対する信頼度が高いな。俺がプラチナ級冒険者だからか?
まあ確かに、手段を選ばなければ、彼女に指一本触れさせないようにすることは可能だ。その場合、被害は甚大になるだろうけどね。
「最後に三つ目ですが、彼女の希望です。彼女はエルネスト様に買ってもらうことを望んでいます」
ワーオ、まさかの奴隷からの逆指名。それってありなの? ありなんだろうな。だからこそ、わざわざ俺がこんなところまで呼ばれたのだろう。
だが、確認しておかなければならないことがある。高まりつつある胸の鼓動を押さえながら、目を細めてマイニを見た。
「……俺の奴隷になると言うことは、それ相応の覚悟はできているんだろうな?」
声を低くして言った。オブラートに包んではいるが、あんなことや、こんなことをしても良いんだよね? ということである。奴隷契約の中にはその辺りを厳しく規定しているものも存在する。
さすがにその辺りはきっちりと規定されていることだろう。手出し無用、お触り禁止ってね。間違いない。
「もちろんです。それも彼女の希望です」
……は? 思わず真顔になって彼女を見た。一瞬俺と目を合わせたが、すぐに彼女は視線を下に落とし、おへそ付近でもじもじと両手の指を交差させた。嫌がっている様子はない。マジッスか……まさか俺との子作りが目的だったとは。
「まさかここまで言われて買わないわけがないよな、エルネスト。それじゃあ男の面子が立たないよなぁ?」
戦いで勝利したかのような声が聞こえた。くっ、ギルマスがニヤニヤした顔でこちらを見ている。
クソッ、はめられた! さては最初からこうなることが分かっていたな! どうやらギルマスは何が何でも俺とこの子をくっつけたいようである。
どうする? ここはその手には乗らんと「断固拒否の構え」を見せるべきだろうか。
あ、俺がなかなか返事をしないから、彼女が泣きそうな顔になっている。肩がプルプルと震えだした。ええい、ままよ!
「ふっ、良いだろう。ちょうど家を管理するのが面倒になっていたところだ。オーナー、その子を言い値で買おう」
そう言って俺は空間魔法【奈落の落とし穴】から白金貨十枚を取り出すとマイニに手渡した。それを確認すると、マイニはなぜかホッとした顔をしてほほ笑んだ。
俺が断るとでも思ったのかな? さすがにここまでされたら断れないだろう。それでは男の面子が立たない。それに断ったら、絶対この子は泣く。ギルマスの方が一枚うわてのようである。
「確認いたしましたわ。奴隷契約をいたしますのでこちらへどうぞ」
「おいおい、そこまでする必要はないだろう?」
思わず声がうわずる。形式的な奴隷関係ではなく、本気で奴隷契約するようである。伯爵令嬢に奴隷の証しを付けるなんて前代未聞だろう。
「いいえ、これは規則ですので。主人と奴隷は必ず結びつけなければなりません」
良いのかな? これも彼女の意思、なのかな。だとすると、ずいぶんと重いぞ。もしかして、ヤンデレなのかな? それはそれでちょっと……。
俺たちはマイニに連れられて奴隷契約を行う部屋へとやってきた。雇っている奴隷魔法の使い手にマイニが指示を出している間、念のため彼女に聞いておいた。
「本当に俺の奴隷になっても良いのか?」
「はい。構いません。私の意思です」
その子はハッキリと俺の目を見て言った。どうしてそんなに俺に惚れてしまったのかねぇ。親御さんもさぞかし苦労していることだろう。
準備が整ったところで俺たちの間に奴隷契約が結ばれた。俺の左手と彼女の右手、それぞれの手の甲に同じ模様が浮かび上がった。これで契約は完了である。
左手に紋様があるのが飼い主。右手に紋様があるのが奴隷である。そのため、その紋様を見せるだけで、だれがだれの奴隷であるかが分かるようになっている。もっとも近頃では奴隷に首輪を付けて、よりハッキリと自分の物であることが分かるようにしている人も増えている。自分の所有物、いわゆるペットのような扱いというわけだ。
「これで契約は完了しましたわ。ご購入いただき、誠にありがとうございます」
満面に笑みを浮かべてマイニが頭を深々と下げた。おっぱいがこぼれ落ちそうになってるけど大丈夫かな? 思わず心配になったわ。
「よし、これで一件落着だな。色々と頼んだぞ、エルネスト」
「……このことは貸しにしておくからな?」
俺の「貸し」宣言にギルマスの肩がビクリと震えた。
「おいおい、そりゃないぜエルネスト」
ギルマスは両手を挙げて苦笑していたがそんなの関係ねぇ。貸しは貸しだ。俺が頼んでこの場所に来たわけではないからな。やれやれ、と言った感じでギルマスが頭をかいた。
さて、これからどうするか。このままこの子を外に連れ出すと絶対に目立つ。特にその服装はまずい。多分、お辞儀すると見える。
「ご主人様、どうぞよろしく……」
「スタァァアプッ!」
俺はお辞儀をしそうになった彼女を全力で止めた。俺の叫び声にマイニさんたちが、ビクッ、ってなった。そして俺がなぜ止めたのかに気がついたのだろう。声にこそ出さなかったが、肩がプルプルと震えていた。……何とでも笑うがいいさ。
「とりあえず、これを身につけておくように」
俺は【奈落の落とし穴】からフード付きマントを取り出して身につけさせた。これでひとまずはよし。スッポリとフードに覆われて顔も見えにくくなったし、お辞儀されてもポロリしなくなったぞ。
俺から渡されたマントが気に入ったのだろう。うれしそうな顔をして……スンスンと匂いを嗅いでいた。ちゃんと洗ってあるから匂わないとは思うんだけど……なんだか複雑な心境である。
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