第2話 奴隷商

 ギルマスに連れられて裏路地へと入って行った。この辺りは治安が悪いわけではないが、かといって良い場所とも言えなかった。

 通りに面した店では怪しい武器や怪しい魔法薬、怪しい魔道具を販売している店が建ち並んでいる。買うのも自由。使うのも自由。すべて自己責任である。


 それでも客足は絶えない。正規品は品質が安定しているだけに値段が高いのだ。駆け出しの冒険者や一般庶民にとっては、このような粗悪品でも立派な商品であるのだ。俺は怖くて絶対に手を出さないけど。

 そんな店の中でも一際大きくて、立派な店の前でギルマスは立ち止まった。


 レンガ作りの背の高い建物は、古くはあるが耐久性は高そうであり、随所に凝った装飾が彫られている。入り口には紫色の美しい垂れ幕が下げられており、入り口の上部には「奴隷商」の文字がアーチ状に彫られていた。両サイドには腰に剣を挿し、両肩にスパイクがついた鎧を身につけた屈強そうな男が二人、周囲に睨みをきかせていた。


「着いたぞ、ここだ」

「ここは奴隷を売る店じゃないか。どう言うつもりだ?」


 つい声が低くなってしまった。この国では奴隷制度が色濃く残っているが母国では五十年ほど前から禁止されている。この大陸に来てからもう三年ほどになるが、今でもこの制度には慣れない。俺は真一文字に結んだ。


「理由は中で話す。とりあえず入れ」


 どうやら俺の意見は求めないようである。俺の抗議も虚しく、ギルマスは渋い顔をして中へと入って行った。

 ギルマスが受付に何やらささやくとすぐに奥の部屋へと案内された。


 どうやら俺たちが来るのはすでに了承済みだったようである。ということは、ギルマスとこの店のオーナーはつながっている可能性が高い。何を買わせるつもりなのかは存ぜぬが油断ならないな。


 案内された部屋の奥ではかなりきわどい服を着た女性が待っていた。年齢は不詳だが、妖艶なその様子はまるでサキュバスである。大きく開いた胸元からは、豊満な胸から形成されている谷間がしっかりと見えている。実にけしからん服装だな。

 まあ、本物のサキュバスとは違い、明らかな誘惑はしてこなかったが。


「初めまして。この奴隷商のオーナーのマイニですわ。あなたのウワサは聞いておりますよ、プラチナ級冒険者のエルネストさん」


 クスクス、とマイニが笑った。この含み笑い、あまり良い印象を受けないな。何だかこちらをだまそうと企んでいるようである。警戒せねば。俺の財布の紐は堅いぞ。オリハルコン並みに堅いぞ。


「それはどうも。それで、俺に何の用だ? これといって欲しいものなどないのだが」


 入り口付近にあるショップには奴隷用の服やベルトに混じって首輪やロウソク、ムチなんかも置いてあった。それを見たときは思わず顔をしかめてしまった。


 ジロリとマイニを睨みつける。もちろん殺気は含ませていない。そんなことをしたら、おしっこ漏らしちゃうだろうからね。

 あらあら、と目を丸くさせるマイニ。ギルマスは苦笑している。どうなっている? わけが分からないよ。

 そんな俺の様子に気がついたのか、ギルマスが口を開いた。


「エルネスト、お前に買い取って欲しい人物がいるんだ」

「俺に奴隷を買ってもらいたいのか? 悪いが間に合っている」


 ノーサンキューだ。そんなものはいらん。そんな背徳感情を抱えることになりそうなこと、断固拒否である。いくら巨乳で見目麗しくてもごめんだ。


「まあまあエルネストさん、まずは見てからにして下さい。決断はそのあとでもできますわ。ささ、とりあえず奥へ」


 マイニは俺たちをさらに奥の部屋へと案内した。

 どこまで連れて行くつもりなのだろうか。ずいぶんと建物の奥まで入り込んでいるが。それだけその商品の値段が高いと言うことか。エルフとか売りつけられないよね? 現存するのかは知らんけど。


 案内された部屋はとても奴隷に与えられるような部屋ではなかった。猫足がついた飴色のテーブルはピカピカに磨かれ、天井にあるシャンデリアを鏡のように映し出している。壁には絵画がいくつも掛かっており窓から外を眺めているかのようである。まるで貴族を案内するために作られたかのような豪華な応接間だ。

 そんな、奴隷がいるのが場違いと思われるような場所に、その子はいた。


 抜けるような白い肌は陶器のように滑らかで、背中の中ごろまで伸びるシルバーに近い青色の髪が、光を浴びてキラキラと幻想的に輝いている。深いブルーの瞳は静かにこちらを見ていた。その人物はこちらを見ると、明らかにほほを赤く染めた。


 なにこの地上に舞い降りた天使みたいな女の子。そしてあのおっぱい。メロンでも入っているのかな? 年齢は十五歳前後だろう。身長は年相応なのだが、胸部の主張が半端ない。


「……どうしてこんな子が奴隷なんだ? 引く手あまただろうに」


 俺の至極当然な質問に、待ってましたとばかりにギルマスが答えた。


「エルネストの言う通りだ。だが、いくつか問題があるんだ」


 いくつか? 問題しか、なさそうなんだけど……。俺はもう一度、彼女を見た。

 どう見ても伯爵令嬢なんですけど、これは指摘した方が良いのかな? もしかして、ツッコミ待ちだったりします?


 君の着てる服、マイニに無理やり着せられたんだよね? 肩から胸元までが人目にさらされるとゆう、実に自己主張の激しい服である。けしからん。


 今も隠そうか、隠すまいか、手を上げ下げしている。ギルマスは……見てはならないと思ったのか、完全に明後日の方を向いていた。デスヨネ!

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