奴隷の少女がどうやら伯爵令嬢みたいです

えながゆうき

第1話 プラチナ級冒険者

 けたたましく吠える魔物の声。叫び声を上げる護衛兵の声。馬車の中で震えながら、パメラ・ジェローム・ライネック伯爵令嬢はその声を聞いていた。

 恐怖で足が震えうまく立てない。それでも外の様子が気になって、そっとカーテンの隙間から外をのぞく。


 夕暮れに染まる大地に、人と魔物が絡み合っている。大型の人間のような風貌をした魔物はヴォッヴォッと威嚇する声を上げ続け、森からは次々と同族の魔物があふれ出てきていた。その様子はまるで仲間を呼んでいるかのようだった。

 護衛兵たちが徐々に馬車の方へと追い詰められてゆく。


「何としてでもお嬢様を守り抜くんだ!」


 おう! とその声に応える。まだ諦めてはいないが、それほど長くは持ちそうにない。徐々に絶望感がその一帯に漂い始めていた。

 そのとき、一筋の光が走った。一呼吸遅れて、魔物たちがまるで糸が切れた操り人形のようにバタバタと倒れていく。


「助太刀するぞ。シルバー級冒険者のエルネストだ。こいつらの相手は俺がする。馬車の守りを固めろ」


 光り輝く剣を持つ黒髪の男は、そう叫ぶと魔物の間を駆けて行った。

 日が落ちて闇に染まりつつある戦場を、光の剣が煌々と照らした。その太陽のような光に励まされ、護衛兵たちは奮起した。


 パメラはカーテンの隙間からその光景を見ていた。光り輝く剣に次々と倒されていく魔物たち。その様子はまるで、物語に登場する勇者のようであった。


 呆気にとられる護衛兵たちの目の前で、魔物の中でも特別大きな一体がドザリと倒れた。それを皮切りにして残りの魔物が森の中へと逃げてゆく。

 辺りを静寂が包み込んだ。


 遠くから馬がいななくような声がかすかに聞こえてきたが、すぐにそれも闇の中に消えていった。

 エルネストは何もなかったかのように馬車に目を向けた。


 パメラの潤んだ瞳と、エルネストの輝く瞳が交錯する。

 その瞬間、パメラは恋に落ちた。

 パメラが十三歳のときの出来事であった。


 それから二年後、成人の儀を終えたパメラはとんでもない計画を両親に突きつけた。そして、それを実行に移したのであった。

 両親が天を見上げ、頭を抱えたのは言うまでもなかった。



 ****



 ドシャリと豪快な音をたててアースドラゴンが倒れた。見た目は大きなトカゲのような魔物だが、その鱗はミスリル製の刃が通らないほど堅牢であり、おまけに魔法もほとんど効かない。


 冒険者ギルド内では「まず倒せる者はいないだろう」と言われていたが、そんなことはなかった。普通に光の剣で斬ったら首と胴体を切り離すことに成功した。さすが俺。


「相変わらず、すごい切れ味だね、ご主人様の魔法剣。最上位ランクの魔物の首をこんなに簡単に落とすなんてさ。それに魔法だけじゃなくて剣術も得意だなんて、さすがご主人様!」


 木陰に隠れていた真っ白い猫のようなシロが、その長い尻尾をご機嫌そうにピンと立てながら音もなく近づいてきた。


「どうしたんだ、シロ、そんなにほめて。何か欲しいものでもあるのか?」

「なんだいそれ。ボクがご主人様のことをほめるのがそんなに珍しいかい?」


 珍しい。一体何が目的なんだ? ……ああ、ちゅるとろが欲しいのか。そう言えば最近、新しい味が出たんだったな。相変わらず猫専用のおやつには目がない。食べても意味ないのに。


「シロ、街に戻ったら新しい味のちゅるとろを買ってやろう」

「ほんと!? わーい!」


 シロがスライムのように飛び跳ねた。どうやら当たりだったらしい。それにしても、召喚獣が食事をするだなんて話、なかったと思うんだが……まあいいか。アースドラゴンを空間魔法【奈落の落とし穴】の中にしまうと、転移魔法【天国への門】を使って拠点の街へと帰った。


 四角い木の箱を無造作に積み上げたような建物の一階にある冒険者ギルドにたどり着いたときはすでに日が暮れていた。ギルド内に残っていたのは五、六人ほど。残りの連中は酒のつまみを求めて仲間たちと共に街へと繰り出しているか、荒野で魔物を警戒しながら野営の準備をしているかのどちらかだろう。

 こんな日が暮れてから依頼達成の報告に来るのは俺くらいだ。だが人目を避けるならばこの時間帯で利用せざるを得ない。


「依頼の達成報告にきた。プラチナ級冒険者のエルネストだ」


 俺は受付の男に冒険者カードと依頼書、そして討伐の証拠となるアースドラゴンの首を提示した。


「す、すぐに手続きをしますので、少々お待ち下さい」


 言葉の通り、すぐに慌ただしくギルドの職員たちが動き出した。別にそんなに焦る必要も警戒する必要もないのだが。俺が憮然としていると、周囲の空気がピリピリしていることに気がついた。


 やれやれ。俺が顔を見せるといつもこれだ。俺か? 俺が悪いのか? 思わず出そうになったため息を何とか飲み込んだ。ここでため息をついて他の冒険者に目をつけられたら厄介だ。目立たないに越したことはない。身動き一つせず、無言で待った。


「お待たせしました。確認が取れました。こちらが報酬になります。それと、ギルドマスターから伝言を預かっております」

「伝言? 一体なんだ?」

「はい。『明日の朝、顔を出してくれ』だそうです」


 うーん、俺、何かやっちゃいましたかね~? 熱が出そうなほど考えを巡らせたが身に覚えがない。「嫌です」って答えたいが、駆け出しの冒険者の頃にお世話になったし断れないな。背中に嫌な汗が流れた。


「……了解した」



 翌日、普段は顔を見せない時間帯に冒険者ギルドへと向かった。


「おい、あれを見ろよ。エース様のお通りだぜ」

「ああ、ギルドマスターが『あいつは世界一の冒険者になるぞ』っていつも言っているヤツか、気に入らないな」

「ソロの冒険者だとよ。よっぽど他人が信用ならないんだろうな」


 冒険者ギルドに入るとすぐに辺りがざわついた。懐かしいな、この感じ。これが嫌だからこの時間帯に顔を出したくないんだよ。周囲からは明らかなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 それを気にする素振りも見せずに受付へとまっすぐに向かった。


 俺だってなりたくてそうなったわけではない。だれが好き好んで、つらく、ときには厳しい冒険者を一人でやるものか。

 ハァ、何て日だ。ギルマスに呼び出されなければこんな人の多い時間帯に来ることもなかったのに。


「エルネストだ。ギルドマスターを呼んでくれ」

「は、はい! ただいま!」


 慌ててギルドカウンターの受付嬢が下がって行った。……そんなに怖いか、俺? そんなつもりはないんだけどなぁ。どうやら最年少でプラチナ級冒険者に上り詰めてしまったがために、様々なところで妙なウワサが立っているようだ。


 ま、いいか。その反応にもそろそろ慣れてきた頃だ。フンだ、フン。むしろ俺にかかわろうとするバカなヤツが減ってくれて助かっていると思っていたところだよ。

 今も俺の見えない後ろの方では「あいつ、何様のつもりだ?」と言うささやき声が聞こえてくる。覚えたぞ、お前の顔。


 俺がだれにも何も言い返さないことを良いことに、好き勝手に言う冒険者は多い。だが俺からすると、ただ単に面倒事になるのが嫌だから話しかけたくないだけである。


 ただでさえ街中を普通に歩いているだけで声をかけられるのに。もちろん、女性からではあるが。イケメンはつらいよ。

 黙って微動だにせず俺が待っていると、奥からギルドマスターのジョフロワがやってきた。


 ジョフロワは五年ほど前まで冒険者をやっていた。ランクは俺の一つ下のゴールド級冒険者。筋肉隆々でスキンヘッドの大柄の男だ。このジョフロワを見ると泣く子は黙り、それ以外の子供は泣く。何とも罪深い男である。


 今は家庭を持ったので、この街に唯一ある冒険者ギルドのギルドマスターを務めている。蓼食う虫も好き好きだな。こんなハゲゴリラでも結婚できるなら、俺ならハーレムが作れるな。


「おい、エルネスト、何か失礼なことを考えてないか?」

「いいや? それよりも、わざわざこんな時間に呼び出して、何の用だ?」


 なぜ心が読まれたのだろうか、という内心の動揺を抑えながら表情を無にした。俺ってそんなに顔に出るタイプだったっけ? ポーカーフェイスには自信があったんだけど……。


「フン、まあ、いい。お前に買い取ってもらいたいものがあってな」

「買い取ってもらいたい?」


 思わず首をひねった。妙なことを言うものだ。俺が武器や防具を必要としないことは、ギルドマスターも良く知っているだろうに。どういう風の吹き回しだ? 一体何を俺に買わせようとしているんだ?


「いいから黙って俺についてこい」


 そう言ってギルマスはのっしのっしと冒険者ギルドの外に出た。俺はその後ろを、速度低下の魔法がかかったかのような重い足取りでついて行った。

 それがまさか、こんなことになるなんて……。

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