第156話 文化祭デート?
黎星祭実行委員などの一部を除いて、生徒たちは一旦通常通り各々のクラスに集まりHRで注意事項などの説明を受ける。
といっても、この学園は良識をわきまえた生徒ばかりなので、どちらかと言えば外部からのゲストへの対応などの注意がほとんどだ。
そのゲストだが、こちらも生徒の保護者や学園の関係者、特別に招待された人たちであり、普通の学校のように一般に開放されているわけではないので、例年トラブルなどはほとんど起こらないらしい。
HR終了のチャイムが鳴ると、いつもは大人しく次の授業の準備を始める生徒たちも、落ち着きなく騒ぎ始める。
一般的にイメージするような文化祭と異なる黎星祭でも、やはり日常とは違う特別な楽しみがあるもので、実行委員が作った(もちろん原案以外はデザインも印刷・装丁も専門業者)パンフレットを片手に見に行きたい展示や公演を友人同士で口々に言い合っている。
陽斗はそんな同級生たちを楽しそうに見つめながら立ち上がった。
「陽斗さん、そろそろ行かれますか?」
陽斗が動き始めるのを待っていたかのように、穂乃香が声を掛けてくる。
生徒会面々の厚意という名の後押しによって、運営業務の担当でペアになった陽斗と穂乃香だったが、それも午後からなので午前中はまるまる会場を見て回れる。
なので、どちらかが誘うまでもなく当たり前のようにふたりで行動することになっていた。
近づいてくる穂乃香に、はにかんだ笑みを見せた陽斗は頷いていそいそと駆け寄っていく。それはどこからどう見ても文化祭デートに出かけようとするカップルにしか見えない。
これでまだ交際に発展していないのだからクラスメイトからすれば噴飯ものである。
そんな同級生たちからの生暖かい視線に見送られながら教室を出た陽斗たちが最初に向かったのは食堂である。
例年どおり黎星祭用のレシピを料理部が作り、食堂の料理人たちが提供することになっているのだが、陽斗も穂乃香も、セラまでが料理部に所属していながら生徒会活動に忙しくてあまり参加できていない。
今回も、メニューの選定までは関わったものの、実際のレシピ作成などは黎星祭の準備と修学旅行でほぼ不参加なのである。
とはいえ、気になるのは確か、というわけで、様子を見に行ってみることにした。
「おっ、やっぱり来たね」
準備中の札が掛かった入り口から入ると、顔なじみの料理長が朗らかに笑いながら迎えてくれた。
「そんなに気を使わなくても大丈夫なのに」
料理部の先輩も苦笑いを浮かべつつそんなことを言うが、陽斗と穂乃香は首を振る。
「部員なのに全然お手伝いできなかったから」
「皆さんに任せきりなのは心苦しいですし、それにやはり気になりますから」
ふたりはそう言うが、今年はふたりの影響で1年生部員が多く人手は十分足りていたので他の部員たちに不満は出ていない。
十分に準備は間に合い、試食会でも大いに盛り上がったそうだ。
陽斗がそれに加われなかったのは残念に思っていたが、そればかりは仕方がないことだろう。
その後、仕込みの様子を見せてもらい、作り置きされたデザートも試食させてくれたので申し訳なく思いながらもお礼を言って、ふたりは食堂を出たのだった。
「人が増えてきましたわね」
「うん。週末だし家族連れの人が多いね」
食堂で話し込んでいるうちに開場からそれなりの時間が経っているらしく、庭園や中庭からは賑やかな声が聞こえてくる。
来場者の大部分が学園生の家族なので、夫婦や子供連れが多いようだ。
楽しそうにしている来場者を見て、陽斗の顔も綻ぶ。
と、不意に陽斗を呼ぶ大きな声が響き渡る。
「お兄ちゃんのセンパイさん!」
この学園でそれほど大きな声を出されることがなかった陽斗が驚いて声の方を振り返ると、小学生くらいの女の子がこちらに向かって大きく手を振っていた。
そしてその隣には、陽斗たちもよく知る大きな後輩、
「あれ? 大隈くんと、えっと、
「ああ、あの子が大隈さんの妹さんですか。隣にいらっしゃるのはご両親、ではありませんね。確か彼のお父様は亡くなったというお話しでしたし」
「うん。大隈くんのお母さんと、そのお兄さんだよ。って、うわっ!」
話ながら巌の方に歩いて行っていたのだが、それより早く明梨が陽斗に飛びついてきて、とっさに抱き止める。
「わぁ~! センパイさん会いたかったよぉ! あはは、やっぱり小っちゃい」
「むぅ、さすがに明梨ちゃんよりは大きいよ。でも元気そうで良かった」
「えへへ、ママが元気になって、キレイなお家に住めたし、お兄ちゃんもやさしいからうれしいの!」
明梨の小っちゃい発言に少しばかりむくれながらも、元気いっぱいに輝く笑顔を見せる女の子に、陽斗は優しい笑みを浮かべてその頭を撫でる。
「陽斗さん、ずいぶん懐かれているのですね」
隣に居るのに蚊帳の外に置かれた形の穂乃香が、わずかに硬くなった口調で割り込むと、陽斗は慌てて明梨から距離を取る。
すると今度は明梨がプクッと頬を膨らませて、邪魔した穂乃香を上目遣いで睨んだ。
小さなライバルの出現に、穂乃香の顔が引きつる。が、それと同時にその精一杯の虚勢に微笑ましさも覚えていたりする。
「先輩、すんません。コラ、明梨。先輩たちに迷惑掛けちゃダメだよ」
「う゛ぅ~、めいわくなんてかけてないもん!」
「大隈くん、大丈夫だから怒らないであげて」
陽斗がそう取りなすと、巌は溜め息を吐いて頭を掻く。
「最近結構我が儘になってきて、前はもっと聞き分けが良かったんですけど」
困ったようにそう言う後輩に、陽斗は首を振る。
「それは前まで明梨ちゃんが我慢していただけだと思うよ。だから、環境が変わってようやく我が儘が言えるようになってきたんじゃないかな」
巌が入学した頃は母親が病気がちで、父親は居ない。世話になっていた家は傲慢な祖父によって抑圧されていたのだ。とても子供らしくなど居られなかっただろう。
そこから解放されて生活も安定し、母の体調も回復してきたことでようやく素を出せるようになったというだけだ。
その辺りの機微は陽斗自身が経験してきたことだからよくわかった。
「そう、ですか。いや、先輩がそう言うなら、もう少し優しく見るようにします」
巌もそれを感じたのだろう。陽斗の言葉にそう返して頷いた。
「今日は
「ご無沙汰してます。紗江の、妹の体調もかなり回復して、仕事も始めたので今は家族だけのほうが良いと考えたので。私も仕事が忙しいのでどちらにしてもあまり助けにはなれませんでしたから」
巌の伯父である毅は、巌たちが大隈家本邸を出てからしばらくの間一緒に暮らしていたらしいのだが、数ヶ月して紗江が回復したことで本邸に戻って会社の建て直しに奔走しているとのことだ。
といっても、巌たちへの支援は続けており、紗江の負担を減らすために家政婦を派遣したりしているらしい。
陽斗は毅とは数ヶ月ぶりに顔を合わせたが、紗江や明梨からは何度か家に招待されているのでそれほど久しぶりということもない。
なので、数分立ち話をした後、演劇部の公演を見たいという明梨を連れて講堂へ向かっていった。
「大隈くんは一緒じゃなくて良いの?」
「あ、はい。生徒会の当番があるんで最後まで見れそうにないんで」
「言ってくだされば調整しましたのに」
「いや、なんか同級生たちに会うと照れくさいんで」
陽斗や穂乃香の気遣いに、巌は恥ずかしそうに頬を掻きつつ固辞した。
このあたりは普通の男子高校生らしい感性なのかもしれない。
「んじゃ、先輩たちの邪魔するのもアレですし、俺も別の場所に、って、荒三門と東条さん?」
陽斗たちのデートを邪魔したら他の生徒会メンバーから何を言われるかわからないと、巌が早々に話を切り上げて立ち去ろうと踵を返すと、少し先を歩く和志と智絵里の姿が目に入った。
「……ずいぶん楽しそうですわね。普段あまり仲良さそうに話をしているところは見てませんけれど、とても会話が弾んでいるように思えますわ」
「荒三門くんが恥ずかしがって無愛想にしてるだけで、結構仲は良いと思う」
陽斗と穂乃香が顔を寄せてボソボソ言い合っていると、さすがに気になったのか巌が口を挟んできた。
「あの、荒三門って、ひょっとして東城さんのことを?」
聞かれているとは思っていなかった陽斗が慌てて人差し指を唇に当てて大きく首を振る。
「ぼ、僕は何も知らないよ! ただ、その……」
もの凄い下手くそな誤魔化し方である。
当然それを察した巌が、珍しくニヤリと口元を歪めると、大きな身体を校舎の陰に隠しながら和志たちの後を追いかけ始めた。
「お、大隈くん?」
「先輩も気になるでしょ? ちょっとだけ見ていきませんか?」
「さ、さすがにそれは趣味が悪いのではないですか? その、確かに気にはなりますけれど」
彼らも思春期青春まっただ中の年頃である。
突如悪戯心に目覚めた巌はもとより、恋愛話に興味津々なJKでもある穂乃香も、口ではそう言いながら同じように身を隠しているのだから説得力は皆無である。
そして陽斗はというと、そもそも役員のシフト変更の言い出しっぺなので、いつの間にやら巌の足元でしっかり出歯亀体勢だったりする。
「何を話してるんですかね」
「さすがに内容までは聞こえてきませんわね。ですが、荒三門さんは意外に表情が豊かなのですね。普段は気を張っているのか難しい顔をしているのですが」
「……(ハラハラ)」
この時点で、和志たちに気づかれているとは思っていない凸凹トリオ。
ただでさえ、2メートルの巨漢と学園でも一目置かれるご令嬢、さらには今や学園内で最も有名かつ愛されているマスコットが3人集まってコソコソと人の後を付けているのだから目立たないわけがないのだ。
もっとも、和志たちに注目するあまり周囲に目が行っていない彼らはそれに気づいていないのだが。
「結構良い雰囲気、なんですかね?」
「先ほどより微妙に距離が空いたような」
「…………」
眉を顰める巌と穂乃香。
もちろん視線を感じた和志たちにしたら、ガン見されながら落ち着いて会話を楽しむことなどできるわけがないので、先ほどよりも口数も少なくなっている。
と、そのふたりが突然走り出す。
「あっ!」
「陽斗さん?」
そして、陽斗もまた、その後を追いかけた。
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