第155話 じれじれ黎星祭
黎星祭当日。
一般の生徒たちよりも早く登校した生徒会役員は、最後の準備確認を終えてから業務のローテーションごとに自由時間となる。
昨年は陽斗の父方の祖父母の件もあり、黎星祭の展示や公演などはほとんど見ることはできなかった。
色々な人に協力して貰ったので、その借りを返すために役員業務に勤しんでいたからだ。
そのこともあって、新会長の壮史朗は役員も黎星祭を楽しめるように、生徒会以外からの協力者も募って、かなり余裕のあるローテーションを組んでいる。
「え? 陽斗先輩と荒三門くんが入れ替わったんですか?」
突然の変更を聞いて驚いているのは、1年生ながら生徒会の書記を務める
といっても別に変更が不満というわけではなさそうで、単純に驚いただけのようだが。
その彼女に、壮史朗がどこか呆れたような表情を作って肩をすくめて見せた。
「ああ。あまり公私混同はどうかとは思ったんだが、去年は色々と忙しかったから少しは楽しませてやろうとかと、な」
そう言いつつ意味ありげに陽斗と穂乃香を見る仕草に、言わんとすることを察した智絵里がニヤニヤとした笑顔を浮かべた。
「なるほどなるほどぉ~。それは協力しないとですねぇ」
揶揄うような智絵里の言葉に、顔を真っ赤にして俯く陽斗と穂乃香。
交代する理由は、実際は和志を智絵里と組ませるためなのだが、それは言えないためにどうしても適当な理由をこじつける必要があるので仕方がない。
とはいえ、さすがに陽斗が穂乃香と黎星祭を楽しむためにわざわざローテーションを変更したというのは反発のひとつやふたつあってもおかしくはないのだが。
不思議なことに、それを聞いた役員たちの表情は、智絵里と似たようなものである。
そもそもが、ふたりに自覚がないだけでしょっちゅう人目を憚らず甘い空気をまき散らしているので今さらなのだ。
「まぁ、別に私は構いませんよ。陽斗先輩と巡回するのも楽しそうでしたけど、さすがに馬に蹴られたくはありませんから。それに、荒三門くんとも悪い関係じゃないですし」
智絵里が表情を変えないままそう言うと、和志が露骨にホッとした顔を見せたのだが、彼女の後ろ側にいたために気づかれることはなかった。
「それでは、黎星祭の円滑な運営も大事ですが、役員ひとりひとりも楽しんでほしい」
壮史朗の挨拶で解散となる。
この後は基本的に執行役員が中心となって生徒会室で対応にあたり、交代で会場の巡回やトラブルの処理をするのだが、実質的な負担はひとり1時間程度に割り当てられているのでそれほど負担は大きくないはずだ。
以前までの壮史朗なら、役員たちの自由時間などを気遣ったりしなかったかもしれないが、会長に就任してからはかなり人の感情というものに気を回すようになっている。
それもあって今ではかなり良い関係を築けているようだ。
「は、恥ずかしかったですわ」
「うぅ、穂乃香さん、ごめんなさい」
ホームルームを受けるために教室へと向かう道すがら、穂乃香が言葉どおり顔を赤くしながらこぼし、陽斗は謝る。
事情を話しているとはいえ、穂乃香にとってはとばっちりに近い。
「別に陽斗さんが荒三門くんにそこまでしてあげる必要はないでしょうに。色恋は本人次第ですわよ」
至極当然の不満を漏らす彼女に、陽斗も苦笑を浮かべながらも頷く。
「うん。それはわかってるんだけどね。ついなにか応援したくなっちゃって」
もちろん余計な手助けはするつもりはなかったが、あれだけツンケンしていた後輩が素直になって想いを募らせていたのだから、やはり気になってしまったようだ。
端から見れば、陽斗と穂乃香の関係も中途半端で、人のことを気にしている場合ではないのだろうが。
「それに、荒三門くんを見てたら、僕も頑張らなきゃって思ったし」
「? 陽斗さんはいつも頑張ってると思いますけれど、何か特別なことがあるのですか?」
穂乃香が聞き返すと、陽斗は顔を赤くして俯いてしまう。
そんな彼の態度に、穂乃香は首をかしげたのだった。
「さぁ! それじゃあ巡回しちゃいましょうか!」
「お、おう」
開場されて2時間後。
生徒会室で合流した智絵里と和志が、割り当てられた区画の巡回のため部屋を出る。
先ほどまでの時間はそれぞれ友人たちと会場を回り、展示物を観賞したりしていたがのだが、和志の方は友人に話しかけられてもどこか気もそぞろだったようで、その理由の追及をなんとか躱して生徒会室まで来たものの、意識しすぎなのだろう、智絵里とろくに目を合わせられていない。
「? どうかしたの?」
「い、いや、何でもない。少し前の事を思い出して変な感じがしただけだ」
「ちょっと前って……ああ、荒三門くんが調子に乗って陽斗先輩にケンカ売ったこと?」
「ばっ、そうだけど、そのことじゃなくて! その、俺が悪いんだけど、最初の頃は東条に嫌われてたなぁって」
不審な態度に疑問をぶつけてきた智絵里に、話を逸らそうとして逆に本音が漏れる。
ただ、目的は果たせたようで、智絵里は「ああ!」と手を打ち鳴らして笑った。
「別に嫌ってはいなかったよ。ただ、子供っぽくて恥ずかしい奴とは思ってたけど」
「ぐっ! わ、悪かったな」
にこやかに辛辣なことを言われてダメージを受ける和志。
そんな彼の肩を智絵里は勢いよくスパンと叩いた。
「今はそんなふうには思ってないってば。陽斗先輩に叱られてからスッゴく努力して変わろうとしてたのは見てるし、最近は見直してるよ」
「そ、そうか? べ、別に東条に褒められても嬉しくないけど」
「うっわ、そういうこと言う? 素直じゃないところはまだまだ努力が足りないようだね。陽斗先輩を見習いなさいよ」
ツンデレな台詞をバッサリ切られて和志はわかりやすく落ち込む。
「やっぱ東条は陽斗先輩のこと……い、いや、それでも俺は」
「あ~、ゴメン、人と比べるのは失礼だったよね」
放った言葉で和志の表情がわずかに硬くなったのを見てすぐさま智絵里が謝る。
明るくて悪戯っぽくて、そして思いやりがある。
そんな彼女の魅力を再確認して、和志は見えないように小さく拳を握りしめた。
「今のところは順調だな」
「そうね。天宮会長の指示で案内表示を変えたのが良かったみたい。目を引くしわかりやすいから、迷う人も少ないみたいね」
和志と智絵里は文化系クラブの展示エリアを回りながらそんなことを言い合う。
黎星学園の敷地は広く、建屋も普通の高校より多いため、例年迷ってしまう人が居るのだが、今年は壮史朗がパンフレットの地図と案内表示を見直したのが奏効して、目的の場所に行きやすくなったらしい。
黎星祭実行委員の腕章をして巡回していてもほとんど声を掛けられることも、困った様子の人を見かけることもなかった。
「ところでさぁ……気がついてる、よね?」
視線を横に彷徨わせながら言う智絵里に、和志は困ったように頬を掻く。
「……まぁ、な。というか、何してんだ、あの人たちは」
若干耳を赤くして、ほんの少し顔を横に向けてチラリと後ろに視線を向ける。
茶道部の野点会場に向かう中庭の小道の後ろ側。校舎の陰から和志たちを見ている生徒がチラチラ顔を出しているのがわかる。
「穂乃香様まで居るのが怖いんだけど! 荒三門くん、何かしたの?」
「い、いや、何もしてないって!」
「あれで隠れてるつもりなのかな? 建物の角から顔が縦に三つ並んでるのって、漫画とかならともかくリアルだと怖いわよ」
「っつか、
引きつった笑みを浮かべる智絵里に、和志も溜め息を吐きつつ肩を落としている。
出たり引っ込んだりしながら彼らを覗いている三つの顔。
同級生の大隈巌と先輩の穂乃香、陽斗という、ただでさえ目立つ風貌の三人がコソコソしているのだから、逆に気になって仕方がないらしく、周囲の生徒や招待された来客者たちの視線を集めまくっている。
これでは和志たちに気づくなという方が無理というものである。
そして、和志にはその理由が想像できるだけに恥ずかしいやら情けないやらで逃げ出したいほどだ。
「……相談したのは失敗だったかも」
「ん? 何か言った?」
思わずポツリと呟くと智絵里が聞き返してきたので慌てて首を振る。
あの優しくて心配性な先輩のことだ。
和志が相談したことで気になっているのだろうが、せめてもう少し遠くから見守っていてくれないものか。
気持ち自体は嬉しいものの、どこか不器用な先輩たちに呆れてもいる。まぁ、巌は単純に面白そうと思ったか、陽斗にくっついているだけだろうが。
「……う~ん、気になるし恥ずかしいけど、陽斗先輩や穂乃香様に文句も言えないし、見なかったことにしましょう。うん。私たちは気づかなかった。OK?」
「無理があるだろ。ただ、どうしようもないのは同感だけど」
結局、和志たちは問いただすことはせずにスルーすることにした。
「あれ? 向こうで何かモメてない?」
「茶道部の野点会場みたいだな」
後ろが気になるのは諦めて、改めて小道を進む二人の前方。
芝の上に畳が敷かれ、赤い野点傘がいくつか置かれている方に人だかりができていて、その向こうから何やら男性の怒鳴り声が響いている。
和志と智絵里は顔を見合わせ、頷き合うと小走りでそちらに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます