第154話 黎星祭と和志の相談

 2年生の修学旅行が終わってわずか2週間後に行われる学校行事が学園の文化祭、黎星祭だ。

 他の学校のように、各クラスが出し物や展示を行うわけではなく、芸術科クラスや文化系クラブが中心となって活動を披露するほか、招待した劇団や楽団が公演を行ったり、全国各地の伝統工芸品を展示したりする。

 まさに文化祭という趣旨に忠実な、日本のを知り、学ぶ場なのだ。


 誰でも参加できる一般公開ではなく、在学生徒の保護者や招待客以外は来場することはできないが、その一部の来場者たちの大部分が企業経営者や高額所得者、文化人をはじめとする著名人ということもあり、集まるのは一流どころの演者や品々ばかりだ。

 それら出演・出品の選定や交渉、送迎や輸送の手配、会場の配置を決めたり、業者に依頼したりするのは生徒会が全て行うことになっている。

 大部分の事前準備はあらかじめ終わらせてあるとはいえ、生徒会活動の中心となる2年生が修学旅行で不在という状況を、残った1年生役員が内部進学組の3年生有志の協力を得ながら準備を進めてきた。

 その甲斐あって、2年生が帰ってきたときには最終的な確認と、黎星祭前日の設営を残すばかりとなっていた。


「1年生役員の頑張りで今年も滞りなく黎星祭を実施することができる。ありがとう」

 生徒会長を務める壮史朗がぎこちない笑みを浮かべながら頭を下げると、褒められた1年生役員たちは照れくさそうに礼を返していた。

 新しい生徒会が発足してから1ヶ月。

 会長となった壮史朗の言動は、以前とは比べものにならないほど柔らかいものになっている。

 親しい友人たちの前では相変わらず皮肉屋ではあるものの、他のクラスや下級生に対する態度は穏やかなものにしようと心がけているようだ。

 そのおかげで、当初懸念されていた衝突などはなく、しっかりと相手の考えを聞き取りつつ活動ができている。


 黎星祭を明日に控え、役員たちがそれぞれの担当業務を報告して全ての準備が整ったのを確認する。

 演劇や演奏に出演する人たちも全員が近隣のホテルに到着しており、すでに荷物もほとんど会場に運び込まれていて問題ないそうだ。

 慌ただしかったのは確かだが、壮史朗の組んだ工程は十分に余裕のあるものだったので陽斗や穂乃香もそれほど大変な思いをせずに済んだ。

 

「それにしても、天宮さんは流石ですわね。事務処理能力が高いのは知っていましたが、個々人の気質や能力をしっかり把握して上手く采配していました」

「うん。それに、細かいところまで目を配ってて、話し合いの時間もちゃんと取ってくれたからやりやすかったって他の役員の人たちも言ってたよ」

 全体会議を終えて、会長選を争った後に副会長に就任した郷ヶ崎衣泉と黎星祭当日のシフトについて話し合っている壮史朗を見ながら穂乃香が言い、陽斗も嬉しそうに頷いた。

 実際、壮史朗と生徒会役員の関係は上手くいっていて、多少素直じゃない部分も陽斗や穂乃香の態度を見て温かく見られている。

 元々の能力が高いこともあって、わずかな期間で信頼を勝ち得ている。


「さて、少し早いですが帰りましょうか。明日は忙しいでしょうし」

「そうだね。去年はいろいろあって大変だったから、今年は少しくらい見て回りたいな」

 1年前の黎星祭は陽斗の父方の祖父母と決別するという事件があり、陽斗は心情的にも楽しむということはできなかった。

 今年も生徒会役員としての仕事はあるのだが、交代で自由に見て回る時間があるので穂乃香と一緒に楽しみたいと思っている。


「あの、陽斗先輩」

「え? あ、荒三門くん」

 鞄を手に、生徒会室を出ようとした陽斗たちをもうひとりの副会長である荒三門あらみかどかずが呼び止めた。

 高等部に入学当初は陽斗に突っかかってきていたほど我が強く、人を見下す傾向のあった彼だが、陽斗に諭されて以降は少しずつ態度を改め、今では立派に生徒会の一員として活躍している。

 陽斗にすっかり懐いている態度を見せていることもあってか、上級生ばかりでなく同級生とも打ち解けているようだ。


「どうかしたの?」

 足を止めて顔を向けた陽斗に、和志は言い辛そうに穂乃香をチラ見して口ごもる。

「ん~、えっと、穂乃香さん、僕は荒三門くんと話をするから」

「ふふ、わかりました。今日は先に失礼させていただきますわ。また明日」

 和志の表情から、何か相談事があるのだと察した陽斗が穂乃香に言うと、心得ているとばかりに微笑んで頷き返してくれた。

「すみません、四条院先輩」

「いえ。それでは御機嫌よう」

 優雅に一礼して生徒会室を後にする穂乃香を見送ってから、陽斗も和志と一緒に部屋を出る。場所を変えた方が良いかと思ったからだ。


 向かったのは食堂。

 放課後も食事や軽食、飲み物などを提供していて、何人かの生徒が談笑しているのが見える。

 ここに歩いてくる間も和志はどこか落ち着かなそうに周囲を見回していて、いつもの自信ありげな態度はどこかに行ってしまっている。

 とりあえずカウンターで飲み物を注文し、周囲に人の居ない隅の席に着いた。


「ここなら大きな声を出さなければ誰にも聞こえないと思うよ」

「は、はい。そう、ですね」

 陽斗が笑みを浮かべつつそう言うと、和志がおずおずといった感じで頷いた。

 そしてしばらく無言が続く。

 陽斗は無理に話を聞き出そうとはせず、黙って和志が口を開くのを待った。

 5分か10分か。

 陽斗自身は変わらず穏やかな雰囲気のままだが、和志のほうは口を開きかけては閉じるを繰り返してドンドン緊張感を高めていた。

 しかし、さすがにこのままでは陽斗に失礼だと思ったのか、それとも埒があかないと開き直ったのか、大きく深呼吸をしてから、キッと睨むように陽斗に目を向ける。


「あの!」

「う、うん」

「俺、変わったと思いませんか?」

「へ?」

 意を決して口を開いた和志の第一声が予想外で、思わず陽斗が素っ頓狂な声を上げてしまうが、それは仕方がないだろう。


「あ、いや、えっと、その、こ、高等部に入学したとき、陽斗先輩に失礼な口をきいて、でも先輩は俺を叱ってくれて、だから、このままじゃダメだって思って」

 自分でもなにを言っているのかわからないのだろう。しどろもどろになりながら纏まりのない言葉を垂れ流す和志に、陽斗はしっかりと頷いて見せた。

「うん。荒三門くんはすごく頑張ってるよ。迷惑を掛けた子たちにも謝りに行ってたし、言葉遣いや態度も変えようって努力してるのは僕も知ってるよ」

 陽斗のその言葉に、安心したようにホッとする和志。


「あ、ありがとうございます。それで、あの、他の人も、そう思ってくれてますか、ね? その、東条、とか」

「東条さん?」

「あ、いや、べ、別に東条がどうってわけじゃないんですけど!」

 陽斗が聞き返すと、和志は顔を真っ赤にしながらあからさまに誤魔化そうとする。

 ここまでくると、色恋に鈍いところのある陽斗でも理解するというものである。


「う~ん、最初の頃の東条さんは荒三門くんに対して厳しいことをよく言ってたけど、最近は仲良さそうに見えるよ? 天宮君が執行役員を決めてたときも、荒三門くんを副会長に推薦してたでしょ? 今では頼りにしてるし認めてるんだと思う」

 言葉を選びながらそう言うと、途端に和志の顔が喜色に染まる。

「そ、そうですか? 先輩の目から見てもそう思いますか!」

 勢い込んで顔を突き出す後輩の姿に、陽斗は思わずクスリと笑みをこぼした。

 それを見て少しは冷静になったのか、和志は恥ずかしそうに身を引いて座り直す。


「そっか、荒三門くんは東条さんのことを好きなんだ」

「そ、それは……アイツは俺にもハッキリものを言うし、芯があるっていうか、け、結構前から気になって、いや、別にまだ恋愛的なものじゃ」

 青少年の淡い想いというのは微笑ましいもので、陽斗としては物語の中でしか見たことのない甘酸っぱい告白に、口元がニヤけそうになるのを手で隠す。


「えっと、つまり荒三門くんは東条さんが自分のことをどう思ってるか気になるってことだよね?」

「その……はい。先輩はアイツと仲が良いじゃないですか。だから俺のことを何か聞いてないかなって」

 普通なら気になる異性が、男の先輩と仲良く話をしていれば嫉妬のひとつもするのだろうが、陽斗の場合は外見的な幼さばかりでなく、周囲から見れば穂乃香と甘々イチャイチャしていて割り込む隙など欠片もないのが丸わかりなのである。

 同級生の東条智絵里にしても、可愛い仔犬を構うような感覚で陽斗と接しているのがわかるので和志が不満に思うことは無いようだ。


「ん~、特に荒三門くんのことが話題に上がったことは無いと思うけど」

「そ、そうですかぁ」

 記憶を辿りながら素直に言うと、明らかにがっかりとした様子。

「で、でも、嫌ってるわけじゃないと思うよ。それに、他の男の子の話も出たことないし」

 慌てて付け足された言葉に、和志の顔に明るさが戻る。実にわかりやすい。

 事実、智絵里が誰かと付き合っている様子は感じられないし、和志に対して嫌悪感をもつどころか、割と親しく話をしているように陽斗からは見える。


「実は、聖夜祭でアイツをダンスに誘おうって思ってて」

「もしかして、ファーストダンス?」

 その問いに顔を真っ赤にして小さく頷く。

 クリスマスイブに学園で行われる聖夜祭でファーストダンスに誘う意味は、陽斗も昨年知ることになった。

 その時に穂乃香と交わした会話を思い出して、陽斗まで顔を赤くする。


「でも、それならその前に気持ちを伝えた方が良いんじゃないかな」

「それは、そう、かも」

 華やかなダンス会場でサプライズの告白。

 見ている分にはロマンチックかもしれないが、耳目を集める当事者はそれどころではない。

 告白する方はまだ勢いと覚悟があるだけマシだろうが、された方はとても冷静に返すことはできないだろう。

 さらに、もし失敗したら目も当てられない。

 衆人環視の中でフラれて大ダメージだし、場合によっては恥をかかされたと互いに悪感情を持つこともある。


「えっと、明日と明後日の黎星祭を、東条さんと一緒に回ってみたらどうかな? 役員の巡回で僕は東条さんと組みになってるけど、それは荒三門くんとチェンジすれば良いし。自由時間も調節できると思う」

 陽斗は少し考えてからそう提案する。

「い、良いんですか?」

「うん。別にそのくらいは構わないけど、ただ、一応変更する理由を天宮君と穂乃香さんには話さなきゃ」

「そ、それ以外の人にこのことを知られないのなら」

 和志はそう言って頷いたのだった。

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