第147話 陽斗の応援
黎星学園の生徒会長選挙は立候補者のリストと共に、各候補者の所信表明や公約、推薦者からの推薦文が書かれた紙が各クラスに配布されることから始まる。
そして、学園生専用のホームページに選挙の抱負や当選してから何をしたいのかなどの演説映像が公開される。
校内のあちこちに立って演説したりすることはせず、どちらかと言えば地味な選挙活動にも思える。
選挙の主体は生徒会だが、その実、会長選挙は学園でそれなりの盛り上がりを見せる。
普通の学校ならば生徒会選挙など、大多数の生徒にとってそれほど関心を集めるものではない。生徒会などせいぜい学校にとって問題のない範囲で校則を変えたり、面倒を押しつけるための組織でしかなく、学校生活にそれほど影響がないからだ。
まぁ、多少は人気投票的なお祭り気分で盛り上がる場合もあるのだが。
だが、黎星学園の場合、生徒会にはある程度の予算決定権があったり、学園行事を企画、主催したりするなど、高校とは思えないほどの裁量権がある。
生徒たちも、将来自分達が経営者の立場になったときに、国や地方の政治に関与する可能性が高い立場でもあり、選挙というものを軽視しない教育がされている。
そういった意識の違いもこの学園ならではだと言えるだろう。
新聞部はここぞとばかり特集を組んで、候補者の
「西蓮寺が会長になると思ってたのになぁ」
「陽斗くん、選挙出ないの? 残念!」
廊下を歩いていると、あちこちからそんな声が掛けられて陽斗は照れくさそうに笑いながら頬を掻く。
「あはは、僕は誰かの手伝いするのが合ってるから」
そう言って笑顔を向けると、相手はそれ以上のことは言えなくなる。
実際、陽斗が堂々と壇上で演説や挨拶をする姿は想像しづらいので会長向きではないのは誰しもが思っていることである。
「でも天宮かぁ、あいつ言うことが結構キツいんだよなぁ」
時にはそんな不満を口にする生徒も居るが、陽斗はそれをすぐに否定する。
「天宮君は凄く優しいよ。無理なことは言わないし、周囲の人をちゃんと見てくれてる。少し意地悪な言い方をするときもあるけど、人を傷つけたりしないよ」
「お、おぅ。べ、別に俺たちも嫌ってるわけじゃないぞ。正論をストレートに突きつけられるから反論できないだけで。まぁ、頭も良いし適任かもしれないな」
陽斗がそう言うと、苦笑いしながらその生徒は肩をすくめる。
会長選挙が公示されてから、幾度もそんな光景が繰り返された。
結局、陽斗と穂乃香から頼まれた壮史朗は生徒会長に立候補することになった。
といってもすぐに了承したわけではなく、かなり渋っていたのだが。
一番の理由は、天宮家の次男という立場で、名門校の生徒会長というわかりやすい実績を作りたくないというものだ。
天宮家は国内有数の企業グループを率いる古くからの名家で、当然多くの利権を有している。
その後継者となれば有象無象も含めた様々な人間が利用しようと近づいてくるもので、中には他の後継者候補を担ぎ上げて旨い汁を吸おうとする者も少なくない。
兄である京太郎が居て、天宮本家の一人娘である母親は兄を溺愛しているため壮史朗が後継者に選ばれることはまずないし、彼にその意思もない。
だが、ただでさえ皇家の後継者となる陽斗と親しい関係にある壮史朗が、兄よりも目立つ実績を上げることになれば後継者問題に口を出す親族が出てきかねない。
壮史朗のそんな言葉を聞いた陽斗はというと、しばらく考えた末に電話を掛けた。
誰にか。
壮史朗の兄、京太郎本人に、である。加えて父親であり天宮傘下のAGIグループの会長を務める天宮
陽斗から見て、天宮家の兄弟関係はとても良いように感じていた。
かつてはあまり良好とは言えなかったらしいが、互いに本音をぶつけ合い、陽斗の仲介もあって改善したので面識がある。
とはいえ、そんなことを直接訊ねるというのは実に素直すぎる陽斗らしい。
『壮史朗を生徒会長に? 良いんじゃね? 今でも俺はアイツのほうが後継者に相応しいと思ってるし、周りがなにを言おうが構わないからな。だいたい、たかが学生の時の実績程度で評価が変わるくらいなら苦労しねぇよ。親父が引退するまでまだ10年以上あるんだぜ? やりたいことすりゃ良いさ』
答えた京太郎はあっさりしたものである。そして父親も、
『あの子は考えすぎるところがある。本人が拒否しない限り天宮を継ぐのは京太郎で、壮史朗は自由に自分の道を探せば良い』
そう言って笑っていた。
「余計な事を」
陽斗の行動に文句を言いつつ、結局会長選挙に立候補することにした壮史朗は、意外なほどの積極性ですぐに所信表明の原稿やホームページでの演説の撮影などを行った。
まるで最初から決めていたかのような行動に、陽斗たちは驚きつつも壮史朗を応援するために奔走した。
今回、陽斗や穂乃香が立候補しないことが伝わると、壮史朗の他にふたりの2年生が立候補したが、新聞部の下馬評では壮史朗が優位につけているらしい。
「それにしても、陽斗さんはどうして天宮家のご家族に連絡までして彼を会長にしようとされたのですか?」
生徒会室に向かう廊下を歩きながら、穂乃香が眉を顰めながら訊ねる。
普通に考えて、壮史朗自身が断っているのに、彼の意思を無視して兄や父親にまで連絡するというのは行き過ぎだと責められてもおかしくないことだ。
確かに陽斗は京太郎とも連絡先を交換し、ときおり連絡を取り合うくらいには親しくしているし、息子の悩みを解決したことで父親の蓮次からも「何かあったらいつでも連絡してほしい」と言われてはいる。
だが今回のことはあくまで学園の生徒会長選挙の要請でしかない。
壮史朗はなにも言わなかったが一歩間違えば嫌われても不思議ではない。
「僕、天宮君が誤解されているのが悔しかったから」
「誤解、ですか?」
穂乃香が聞き返すと、陽斗は困ったように眉を寄せて頷いた。
「天宮君は真面目で、いっぱい努力もしてて、凄く優しいのに、悪く言う人が居るのが我慢できなかった」
壮史朗の口の悪さや無愛想な態度は、ただでさえ反発を受けやすい。
同じクラスの生徒とは今ではそれなりに打ち解けて、あの素直じゃない性格も好意的に受け取られることが増えてきたとはいえ、それは陽斗やセラ、賢弥が親しく接しているのを間近に見ているからという理由が大きい。
中等部の頃から容赦なく人の間違いや欠点を歯に衣着せぬ言い方で糾弾したり、皮肉交じりに反論を封じてきたために、壮史朗に苦手意識を持っている生徒は少なくない。
だが反発しようにも、言っていることは正しく、成績も行動も非の打ち所が無いため、陰口や愚痴で発散するしかなかったようだ。
本人がそれをまったく気にせず、改めることもなかったのが拍車を掛けてさえいた。
高等部に進学してからは、陽斗と接することで多少態度も改善したし、壮史朗に対する陰口を陽斗が耳にすれば必死になって誤解を解こうともした。
しかしそう簡単に壮史朗の印象が変わるわけもない。
「それで天宮さんを会長にして、その能力の高さや、意外と気遣いのできる性格を他の生徒に知ってもらおうとしたのですか」
「う、うん。やっぱり勝手すぎたかなぁ」
シュンと肩を落とした陽斗に、穂乃香はクスリと笑みを零す。
「別に良いのではありませんか。どうせ天宮さんが素直になることなんてないでしょうし、能力が高いのは事実なのですから、ありのままを知ってもらうのは悪いことではありませんわ」
それに、と穂乃香は内心で呟く。
(これからも陽斗さんと付き合っていくにはあの人当たりも直してもらう必要があるでしょうし)
良家の子女が集まる黎星学園で作った人脈は将来にわたる財産となる。
特に皇の資産を受け継ぐだろう陽斗には信頼できる友人知人が絶対に必要で、光輝や壮史朗、賢弥は大叔母の桜子からしっかりロックオンされている。
人当たりがよく機転の利く光輝や、寡黙だが慎重な賢弥はともかく、壮史朗は能力が高い分他人に対して辛辣なのが欠点だ。
それでは人はついてこないし、生徒会長として役員に指示を出す立場を経験することは将来プラスに働くだろう。
そんな思惑もあり、穂乃香は陽斗の勇み足を肯定するのだった。
そしてそれから2週間が経ち、選挙が終わる。
「これからよろしくお願いします」
役員が集まった生徒会室で、壮史朗は珍しく緊張気味な笑みを見せながら頭を下げた。
会長選挙の開票結果は、新聞部の下馬評の通り壮史朗が次期会長に選出された。
得票率は55%。
圧倒的とまでは言えないが、十分に高い票を集めることができた。
人当たりに難があるとはいえ能力の高さは知られていたし、なにより陽斗をはじめとしたクラスメイトの応援も大きかった。
「挨拶の前に、役員の紹介をしたいと思う。
まず副会長に2年の
会計は2年四条院穂乃香と1年、
壮史朗に名前を呼ばれ、各自簡単に挨拶を述べる。
ちなみに新副会長の郷ヶ崎衣泉と監査の寿都隆史は会長選挙で壮史朗と争ったふたりだ。
衣泉は1年から生徒会に参加しており、冷静なクール系才女だが、選挙後すぐに壮史朗が声を掛けたらしい。
隆史は教員指名で監査役として就任することになった。
どちらも選挙結果にこだわることなく、快く引き受けることになったそうだ。
それと、陽斗と穂乃香は2年連続で副会長というわけにはいかないのでそれぞれ庶務と会計を担当することになる。
「僕は今の生徒会や学校行事を大きく変えるつもりはありません。鷹司前会長が進めてきた、学内や周辺校との交流を増やすことを引き継ぎつつ、より安全に、円滑に運営できるよう制度を整えていくことを方針とします。もちろん、やってみたいこと、提案などがあればいつでも話を聞くつもりです」
生徒会長就任が決定してすぐ、壮史朗は陽斗と話をした。
『僕に足りないのは聞く力だ』
その時にそう口にした壮史朗は、陽斗にあって自分にはない一番大きな特質を気にしていた。
陽斗に会うまで壮史朗は自分の能力を高めることにしか関心がなかった。
ひとりで考え、努力し、行動してきた。
力を借りる必要があるときは理詰めで説得し、相手にもメリットを与えながら人を動かした。
もちろんそれが間違いというわけではないし、それができるのも壮史朗が非凡な証しでもある。
兄ほど器用でも才能が豊富なわけでもない。ただひたすら努力で身につけた力であり、誇るべきものだ。
だが陽斗はその人柄で周囲の人を動かす。それが壮史朗には羨ましく、眩しく映っていた。
そこで自分に欠けているものを理解した。
人間は感情の生き物だ。
理屈だけでは人は動かないし、利益だけでも駄目だ。
だから、会長として、壮史朗は聞くことに心を砕こうと考えた。
将来、この、側に居るどこか危なっかしい友人の力になるために。
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