第146話 噂の真相と次期会長候補
行事の多い2学期は先生方はもちろん、生徒会も多忙を極める。
始業式翌日から始まった実力テストが終わると、早速最初の行事である体育祭の準備が始まる。
学校の授業カリキュラムの一つとして行われるものだが、生徒会は設営の準備や当日の進行など、担当する業務は多岐にわたる。
とはいえ、あくまで授業の一環なので、毎年内容はそれほど変わらないし、することもマニュアル化されているのでそこまで大変というわけではない。
それよりもその後に行われる生徒会長選挙のほうが忙しいと言える。
正式な立候補の受付は体育祭の翌日からだが、現在でも何人かの候補者の名前が挙がっている。
といっても、本人が意思を表明しているというよりは一般の生徒たちが好き勝手に噂しているという状況だが。
そして、その中にどういうわけか陽斗の名前も取り沙汰されているらしく、先日の千場たちに聞いた噂もそれが原因のようだった。
念のためあの後に現生徒会長の雅刀に確認したのだが、やはり彼の口から次の会長候補の名前を出したことはなく、単に一部生徒の冗談交じりの願望が一人歩きしただけのようだった。
「西蓮寺君、四条院さん、少し時間をもらっても良いかな?」
体育祭の設営や使用する備品の手配のために業者への連絡が一段落したタイミングで、陽斗と穂乃香が雅刀に声を掛けられた。
こうして呼ばれることは会長と副会長という関係上よくあることなので、ふたりは特に疑問に思うこともなく雅刀の後について作業をしていた役員室の隣にある談話室に移動する。
「作業中に申し訳ないね」
「いえ、ちょうど切りの良いところでしたし、わたくしたちの仕事はそれほど多くないので」
穂乃香が穏やかにそう返すと、雅刀は笑みを浮かべつつ頷いた。
実際、体育祭の準備はマニュアルに従って各役員が決められた作業をするだけで、人手も十分にあるために余裕があるのだ。むしろ体育祭当日のほうが、進行などで忙しくなるだろう。
「えっと、鷹司会長、僕たちに何か話があるんですか?」
陽斗が改めて訊ねる。
といっても、体育祭の準備が順調に進んでいる中で、わざわざ副会長のふたりを呼ぶのだから内容は予想がつく。
「君たちの予想どおり、かな? 会長選挙のことだよ」
案の定の言葉に、陽斗と穂乃香は頷いてみせる。
「もうすでに生徒たちの間では何人もの名前が挙がっているみたいだね。その中でも西蓮寺君と四条院さんは特に有力候補として噂されているのは聞いているかい?」
「それは、はい」
「えっと、ビックリしましたけど」
苦笑気味の雅刀に、穂乃香と陽斗も同じような表情を浮かべるしかない。
名家の令嬢で、中等部でも生徒会長を務めていた穂乃香はともかく、お世辞にも頼りがいがあるようには見えない陽斗が会長候補というのは、ある意味エンタメ的な人気投票に近いだろう。
「まだ候補者を決定する時期じゃないけど、一応意思確認だけでもと思ってね。西蓮寺君と四条院さんは次の生徒会長になるつもりはあるかい? 僕の本音はどちらかに立候補してほしいと思っているんだけど」
その言葉に陽斗は穂乃香と顔を見合わせ、そして慌てて首を左右に振る。
「ぼ、僕は無理です! その、生徒会の仕事は楽しいし、皆の役に立ちたいとは思ってるけど、錦小路先輩や鷹司会長みたいにリーダーシップがあるわけじゃないし! ほ、穂乃香さんなら会長に相応しいと思いますけど」
焦ったように言葉を重ねる陽斗に、雅刀は口元を押さえているが目は完全に笑っている。
「鷹司会長、揶揄いすぎですわ」
「ごめんごめん。あまりに予想どおりの反応だったからね。でも」
そこまで言うと、雅刀は表情を改める。
「僕自身は本当に西蓮寺君が会長でも大丈夫だと思っているよ。君は真面目だし、生徒ひとりひとりのことをしっかり見て、その人のために一生懸命になれる。生徒会長といっても所詮は学生の組織の代表でしかない。リーダーシップとかそんな肩肘張る必要はないんだ。何より君には人望、他の人が君の力になりたいとそう思わせるからね。会長になったとしても周囲が助けてくれるさ」
穏やかなに、それでいて力強くそういう雅刀に、陽斗は照れたように少し頬を赤くしながら、それでも首を振る。
「ぼ、僕は色んな人の中心に居るんじゃなくて、その中心に居る人を支えたいって思ってます。だから……」
その言葉は、単に自信がないとか、自分が相応しくないとか、そういった後ろ向きな考えではなく、心から誰かのために力を尽くしたいと、そう思っているのを感じさせた。
そんな陽斗の手を横から穂乃香がそっと握る。
「わたくしも、陽斗さんは会長よりも補佐的な役割のほうが力を発揮できると思いますわ」
「そうかい? まぁ、確かに僕も沢山助けてもらったし、西蓮寺君が居てくれるだけでいろいろな人との話もスムーズに進めることができたから、そういった仕事が向いているとは思うけどね。残念だけど諦めるよ。四条院さんのほうはどうだい?」
穂乃香の援護射撃に、雅刀は肩をすくめながら矛先を変える。
「わたくしも会長になるつもりはありませんわ。陽斗さんの上に立ちたいとは思いませんし、何より会長の大変さは知っていますから」
キッパリと言い切られて雅刀が肩を落とす。
「なんとなくそう言われる気がしてたけどね。以前までの四条院さんなら引き受けてくれただろうけど」
「体よく押しつけようとしないでくださいませ」
わざとらしく恨めしげな目で見てくる現生徒会長に、穂乃香はツンと顎を逸らしてそっぽを向いた。
実際、生徒会役員、特に会長など雑用係のようなものだ。
生徒の自治を名目に、様々な行事の運営や部活動のとりまとめ、予算配分、教師のサポート、生徒からの苦情や悩みを聞いたり、もめ事を仲裁したりと便利屋のごとくこき使われる立場なのである。
名門である黎星学園の生徒会長ともなれば名誉ではあるし、内申や進路にも優位に働くとはいえ、面倒事であるのも確かなのだ。
確かに雅刀の言うように、前会長だった錦小路琴乃を過剰に意識していた入学当初の穂乃香なら、自分の立場や対抗心から引き受けていたのかもしれないが、陽斗と出会って肩の力が抜けた彼女としては、彼より強い立場を得たいとは思っていないし、そもそも今さら肩書きの名誉も必要としていない。
「予想はしてたけど嬉しくないね。他に名前の挙がっている生徒も居るけど、皇、四条院の両家を押し退けてまでとなると尻込みする生徒が居そうだし」
雅刀がそう溜め息を吐くと、穂乃香がクスリと笑みを零した。
「それなら家柄的にも能力的にも適任が居るじゃありませんか」
「あ、うん!」
その言葉に、陽斗はすぐに誰のことがわかったようで声を上げ、雅刀も少し考えて思い至ったらしくなるほどと頷いていた。
「で? 僕に白羽の矢が立ったと?」
これまでの経緯を説明され、渋面で腕を組んだ男子生徒。
陽斗のクラスメイトで友人でもある天宮壮史朗だ。
「うん。天宮くんなら家柄も穂乃香さんと同じくらいだって聞いたし、成績も良いし、今だって他の役員さんから頼られてるし、それに、凄く優しいから」
「ちょ、そ、そんなに褒めたってやるとは……」
ストレートすぎる陽斗の賛辞に、壮史朗は嫌そうな表情を作りながらも顔を赤くする。
「凄く優しいという部分にはいささか異議はありますけれど、能力的には問題ないでしょう? 少なくとも現2年生で貴方が会長に立候補して文句を言う生徒は居ないと思いますわ」
陽斗が手放しで壮史朗を褒めたのが面白くないのか、穂乃香が皮肉っぽく言う。
確かに四条院家と並ぶほどの家格を持つ家は同学年では天宮家しか在籍していない。その点は膨大な資産を持つとはいえ歴史が浅く重斗一代で成り上がった皇家も家格という面では大きく劣る。
さらに、皮肉屋で嫌われるのを厭わない部分も、陽斗と交流しているうちに随分と改善され、クラスメイトから気軽に話しかけられることも多くなっている。
「僕は別に内申を加点したいとは思っていないし、面倒事は御免だ」
言っている内容は、穂乃香が辞退した理由とほぼ同じ。
現在生徒会役員に名を連ねているのも、陽斗に頼まれたからに過ぎない。
「それに、西蓮寺と四条院が立候補しないとなれば、他に会長になろうって奴も出てくるだろう」
心底気が進まないといった感じで首を振る壮史朗に、予想どおりといった顔で穂乃香は肩をすくめた。
「天宮君、会長にはなりたくない?」
残念そうに言う陽斗に、壮史朗は言い訳するように言葉を重ねる。
「ほ、他の連中は西蓮寺か四条院が次の会長になると思っているぞ。能力も人望も問題ないだろうし、それに生徒会長という実績は僕よりも西蓮寺のほうが有意義につかえるんじゃないか?」
その言葉は事実だし、壮史朗自身は大学卒業後に天宮家が所有する企業に入るつもりで居る。そうなるとあまり兄より目立つ経歴を持つのは
だが陽斗はそれに首を振る。
そして雅刀の時と同じ内容を壮史朗にも説明した。
「無理にとは言いませんわ。けれど、陽斗さんもわたくしも、次の会長が指名しない限り生徒会役員は続けられませんから。陽斗さんはまだ生徒会の仕事を続けたいとおもっているのですけれど、ね」
穂乃香がそう言い添えると、壮史朗は今度こそ大きな溜め息を吐いたのだった。
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今週も最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
そして、いつも感想やレビューをいただき、心から感謝しております。
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感想返しはなかなかできていませんが、これに懲りず気軽に感想などをお寄せいただけると嬉しいです。
そして、ギフトを贈ってくださるフォロワーの皆様にも心からの感謝を。
このところあまり陽斗くんが主人公していませんが、というか、もともとあまり主人公らしくないのですが……
なんとか活躍の場を作ってあげたいなぁ(ToT)
続きはまた次週までお待ちください。
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