第145話 新学期と予想外の噂

 暦が9月になっても降り注ぐ太陽はいささかも衰えることなく、早朝だというのにたっているだけでも汗が噴き出るほど暑い。

 黎星学園は休み中の補習や登校日などは無いため、任意でクラブ活動に参加する生徒以外は久しぶりの登校になる。

 1学期と同じようにリムジンで学園に入った陽斗は、弾むような足取りで校舎に入ると上履きに履き替えながら周囲の生徒たちと挨拶を交わす。


「おはよう!」

「おう! 西蓮寺か。ひさしぶり」

「陽斗さん、ごきげんよう。2学期もよろしくお願いしますね」

「おはよう。西蓮寺くん、結構焼けたんじゃないか?」

「どこかに行ってきたのか?」

 長期の休みが終わって気怠げな生徒や憂鬱そうな表情を浮かべる生徒も、陽斗の明るい声に思わず笑みを浮かべて返事をする。


「というか、西蓮寺は元気だな。学校来るのが嫌になったりしないのか?」

「え? 僕、学校好きだよ。勉強はちょっと大変だけど、みんな優しくしてくれるし楽しいから」

「……すまん、俺、自分の汚れっぷりに絶望するわ」

 言葉どおり、見えないシッポをブンブンと振っているような満面の笑みを見て、男子生徒が天を仰いでいたりする。

 純真さというのは時に人を追い詰めるものである。


 陽斗が教室に入ると、さらに賑やかになる。

 良家の子女とはいってもやはり高校生である。

 休み中にどこに行っていたとか、何をしたとか、誰と誰が付き合い始めただとか、金銭感覚のずれや行動範囲の広さ以外は会話の内容に大差は無い。

 そしてそれは、陽斗が姿を現したことで加速する。


「西蓮寺くん、おはよう! 穂乃香様たちと別荘に行ってたんだって?」

「そう言えば少し黒くなったか?」

「ヤバい、ショタが加速してる」

 興味津々に、あるいは揶揄うように声を掛けてくるクラスメイトに、陽斗は明るく言葉を返しつつ自分の席に行く。


「穂乃香さん、おはようございます」

「陽斗さん、ごきげんよう。うふふ、楽しそうですわね」

「うん。ひさしぶりの学校だから嬉しくて」

「え~! 休みが終わっちゃったんだぜ? しかも明日から早速テストがあるのに嬉しいのかよ」

「うっわ、せんぁ、嫌なこと思い出させんなよぉ」

「俺も西蓮寺のポジティブさが羨ましいよ」

 優しげな笑顔で迎えてくれる穂乃香にはにかみながら返すと、千場、宝田、多田宮の仲良しトリオも寄ってくる。


「西蓮寺は夏休み中どうしてたんだ?」

「四条院さんの別荘に天宮たちと行くってのは休み前に聞いたけど」

 穂乃香の家の別荘に招待されていることは休み前に話していたのでクラスメイトは知っている。

 高校2年生の男女が別荘に何日も滞在するとなれば普通は問題があるのかもしれないが、そこはそれ名家の家柄、当然保護者も同伴するし使用人もいるのが当たり前の環境である。

 学園側からも一応の確認は取られたものの特に問題視されることは無く、うがった見方をする生徒もいないのは黎星学園らしいと言えるだろう。


 陽斗は千場たちに伊豆大島で釣りに挑戦したことや、三原山火口を見に行ったこと、急遽外国の資産家令嬢が訪問してきたことなどを話す。

 途中からは壮史朗とセラも会話に加わり、テンションが高くなりすぎた光輝が壮史朗を巻き込んで沖まで遠泳したは良いものの潮に流されて危うく遭難しそうになったり(もちろん監視と救護のために近くで待機していた使用人たちに無事に救助された)、意外にオタク気質だったジャネットとセラが意気投合してアニメ談義に花を咲かせたりした話を面白おかしく話して聞かせていた。


 こういった話題を楽しむためだろう。教室はいつになく早めに登校する生徒が多いらしく、あちこちで会話に花を咲かせている。

 陽斗も、別荘から帰った後に、かつて暮らしていた九州の恩人たちにまた会いにいったことや、壮史朗が出席した実家がらみのパーティーの話、賢弥が出場した空手の大会など、話すことは尽きない。


 そうこうしているうちにチャイムが鳴り、担任のかけいと副担任のさかが入ってくると、談笑を続けていた生徒たちが慌てて自分達の席に戻っていく。

「全員揃っているか? 欠席は……居ないな」

「連絡事項ですが、この後は講堂に移動して始業式です。それから課題の提出と2学期に行われる学校行事の日程と内容の説明をLHRロングホームルームでします。それと明日、明後日の実力テストに関することですね」

 麻莉奈がテストのことを口にすると、一部の生徒から溜め息が漏れる。

「もし赤点を取っても補習はありませんが、成績には反映されますから頑張りましょうね」

 優しい声音で言う美人教師だが、それが慰めになることは無く、むしろトドメとなって突っ伏してしまった数人の生徒に、筧が苦笑いを浮かべつつ講堂への移動を指示した。


 講堂に到着すると、生徒会役員である陽斗と穂乃香はクラスメイトたちとは別行動だ。

 もちろん事前に段取りは確認してあるし、始業式と終業式は役割が決まっているので打ち合わせなども必要ない。

 陽斗は壇上のマイクを用意して接続を確認、穂乃香は挨拶の順番などを確認しつつ始業式の進行を担当した。

 オーソドックスに学園長の挨拶から始まり、教頭先生による学園生活の注意と連絡、夏休み中に行われたクラブ活動の大会成績の発表と表彰、最後に生徒会長であるたかつかさまさの挨拶が行われる。


「みなさん、充実した夏休みを過ごすことが出来たでしょうか。

 2学期は学園行事も数多く予定されています。

 明日からの実力テスト、生徒会長選挙、秋のチャリティーバザーに体育祭、黎星祭、そして聖夜祭。2年生は10月後半に修学旅行もあります。3年生は受験本番に向けてスパートを掛ける人も多いでしょう。

 忙しくて大変だと思う人も沢山居るでしょうが、今しかないかけがえのない高校生活を、良い思い出で彩るために精一杯力を合わせてほしいと思います」

 雅刀の挨拶に生徒たちが拍手で応える。

 

 こうして特に波乱のない終業式を終え、教室に戻った陽斗たちは、今度は話題が2学期の行事、特に修学旅行に関するものになる。

 どこの学校でも生徒たちの関心を集める修学旅行だが、裕福な家庭が大部分を占める黎星学園でもそれは同じらしい。

 まだ詳細が発表されていないのでなおさら興味をそそられている生徒が多いようだ。


「場所はもう決まっているんだろ?」

「あ、うん。日程とかはまだだけど、ニュージーランドってことだけは確定したみたい」

 春に2年生にアンケートを取って、修学旅行で行きたい場所で一番多かった国だ。

 場所の他に、やってみたいことや見たいものなども意見を募集して、生徒会がそれをとりまとめているが、授業の一環ということもあり後は学園側が旅行会社と内容を調整することになっている。


「俺はアフリカとか行ってみたかったけどなぁ」

「俺は南米推しだったぜ」

 宝田と多田宮が冗談めかしてそんな不満を口にする。

「そういった、あまり日本人が行かない場所に行きたいという意見もそれなりにありましたけれど、やはり治安などの問題がありますからね」

「人数も多いから目立つし、目が行き届かないと危ないからねぇ。個人旅行でしっかりボディーガードも用意すれば大丈夫かもだけど、学校としては認められないんじゃない?」

「先生方の本音は国内、近場、日帰りが一番だろうよ」

 穂乃香が事情を、セラが考察を、そして壮史朗は身も蓋もない意見を口にする。


「でもニュージーランドも楽しそうだよ」

「確かに。確か羊が人口の5倍も多いんだっけ? それにラム肉とキングサーモンが美味いんだろ?」

 陽斗にしてみれば学園の皆と一緒に旅行というだけで楽しみしかないのだ。

 はっきり言って場所がどこでも嬉しいし、ましてや行ったことのない国に行けるのだから不満などあるわけがない。

 千場もニュージーランドに行きたかった口らしく、わざとらしく宝田や多田宮を無視して陽斗と盛り上がる。


「それにしても2学期はいろいろ忙しいよな」

「修学旅行に体育祭、黎星祭に聖夜祭だろ」

「進路相談もあるぜ。とりあえず俺は内部推薦狙いだけどな」

「うわぁ、今その話をするなよなぁ。俺の成績だと推薦微妙なんだよ」

 話題がコロコロと移り変わるのは高校生らしい。

 本来最も気にするべき話題になると嫌そうな顔になる千場と多田宮。


 楽しいことが目白押しの2学期に現実を見たくないという気持ちは当然だろう。

 なんとか別の話題を振ろうと記憶をほじくり返し、一つのことを思いついたらしい。

「そ、そういえば、次の生徒会長、西蓮寺がなるんだろ?」

「ふぁ、ぇえええ?!」

 思いがけない言葉を聞いて、陽斗が素っ頓狂な声を上げる。

 そのことでクラスメイトの視線が彼に集まるがそれを気にする余裕はない。


「な、なにそれ?! 僕、そんなの聞いてないよ!」

 陽斗が慌てて反論し、穂乃香もわずかに眉を顰める。

「あ、でも、俺もその話は聞いたぞ」

「夏休み前、いや、そうだ、オリエンテーリングの時に誰かが話してたような気がする」

 壮史朗やセラは聞いていないらしいが、宝田と多田宮も知っている噂のようだ。

 人の噂話に興味のない穂乃香たちと、社交性の高い3人組との違いなのだろう。


「いや、ほら、西蓮寺って1年の時から生徒会役員やってるし、結構人気あるじゃん。性格も真面目だから会長になってもおかしくないだろ?」

「ぼ、僕に会長なんて無理だよ! 生徒会の仕事だって鷹司先輩の指示でなんとかやってるだけだし、穂乃香さんならわかるけど」

 顔を真っ赤にして言い募る陽斗の様子に、他の生徒たちも気になったらしく周囲に集まってきた。


「その話なら私も聞きましたね」

「私も」

「俺も部活の時に先輩から聞いたぞ」

 口々に言い合っている声に、陽斗の顔が今度は青くなる。

 パンパン!

「皆さん落ち着いてください。今のところ次の会長候補に関してはまだ生徒会でも名前は挙がっていませんわ。鷹司会長も本人の了解も得ずに名前を出すようなことはしないでしょうから、ただの憶測が広まっているだけです」

 穂乃香が手を叩いて視線を自分に向けると、キッパリと言い切った。


 実際、副会長である穂乃香もその話は聞いていないし、雅刀の性格からして事前の根回しも意思確認もせずに噂を広めるとは考えにくい。

 凜とした穂乃香の言葉に、すぐにクラスメイトたちは落ち着きを取り戻していく。

「そっかぁ。でももし陽斗くんが生徒会長に立候補したら応援するからね」

「ちょっとリーダーって感じじゃないかもだけど、その気になったら言えよ」

 そんな台詞を残して自分の席にもどっていくクラスメイトに困った顔をする陽斗。

「僕が会長になんて、なんでそんな噂がでるんだろ」

「それだけ西蓮寺が目立ってたったことだろうな」

「いっそ本当にやってみれば?」

 無責任なセラの言葉に陽斗は思いっきり首を横に振った。




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