第134話 陽斗の社畜救済大作戦

「でも、黒木さんみたいに大変な思いをしている人って、大勢居るんですよね」

 陽斗がポツリと呟いた。

 肩の荷を下ろしたようにホッとした顔で帰宅した六郎とは対照的に、陽斗の顔は気遣わしげに沈んでいるように見える。

「実際に、本当に社員が働きやすい環境を作っている企業のほうが少数派なのは確かですね。程度の差はあっても、基本的に企業というのは社員や取引先よりも自己の利益を優先するものですから」

「…………」

「組織であれ個人であれ、営利法人は利益を追求するものですし、その事自体は健全と言えます。そこに良心を期待しても意味がありませんし、重要なのは中長期的な損得のバランス、なんですけどねぇ」


 彩音がそう言って苦笑いを浮かべた。

 従業員に対する待遇のどこからがブラックかの線引きは難しいが、基本的に違法性や不当さが酷くなればなるほど組織の寿命は短くなる。

 そういった運営は短期的には利益を上げられても、働く人間のモチベーションは下がり業績が悪くなるし、取引先と信頼関係を築くことが難しい。その上、今のご時世、そういった状態がネット上に拡散すればあっという間に倒産しかねない。

 だから利益だけを求めて短期間で次から次へと会社を設立、廃業を繰り返すような反社的な経営者でなければデメリットのほうが大きいのだ。

 下手をすれば初期投資が回収しきれないばかりか、訴えられて賠償金や慰謝料で借金まみれという結果を被ることになる。


 だが、少し考えればわかる、そんな簡単なことが理解できていない経営者は多い。

 おそらくは、最初からブラック企業体質だったわけではなく、徐々に悪くなっていくので経営者も従業員も麻痺しているのと、仕事を増やして利益を上げることばかりを考えているうちに視野狭窄に陥ってしまうのだろう。

 どちらにしても、限度を超えて従業員を酷使したり搾取したりするのは働く人ばかりでなく経営者にとっても不幸でしかないのだ。

 結局、適正な価格で仕事を請け負い、従業員が長く働ける環境を作ることは、組織を長く維持して発展させるために必要なのであって、誤解を恐れず極論を言えば別に従業員を思いやったりする必要などないのである。


「損得の、バランス……」

 陽斗は彩音の言葉を反芻しながら深い思考の海に沈んでいった。




 数日後、皇邸の迎賓館の中にある会議室には珍しい面々が集まっていた。

 といっても穂乃香や壮史朗、賢弥、セラといったいつものメンバーも居るのだが、その他に、幼なじみで親友の門倉かどくら光輝こうき、穂乃香の兄の四条院あきらに父彰彦あきひこ、壮史朗の兄、天宮京太郎きょうたろうとその父親の蓮次れんじ、後輩のいわおとその伯父大隈おおくまつよし、かつての生徒会長錦小路にしきこうじ琴乃ことの、そして先日、無事にブラック企業からの脱出を果たした元社畜、黒木六郎と担当弁護士兼皇家メイドの渋沢彩音。

 集まった目的を知らなければ意味がわからないラインナップである。

 そもそも四条院家と天宮家は競合する業種も多く、親しい関係というわけではないので財界の会合でもなければこうして顔を合わせることもほとんどない。

 にもかかわらず、友人同士である子供たちだけでなく、当主が集まっている上に、両家よりもさらに格上の錦小路家の次期当主確定と言われている琴乃までが居るのだ。


 気の毒なのは陽斗と最も関係が薄く、かつ、一般庶民で今現在は無職状態の六郎である。

 彰彦には先日の面接で面識があるし、天宮家当主はテレビで見たことがある。錦小路は名前しか聞いたことのない雲の上の存在なのにとガチガチに緊張している。当然である。

 それに、子供ながらあっという間に六郎を救い出して新しい環境を用意してくれた陽斗が、こんなとんでもない屋敷に住んでいる(一部誤解)のにも納得しつつ驚いている。

 そして今回の集まりの発起人は、その陽斗なのだ。


「え、えっと、ほ、本日は……」

「堅苦しい挨拶は必要ないよ。京太郎が世話になったと聞いていたから機会があれば直接礼を言いたいと思っていたから、邪魔だろうとは思ったがついてきてしまっただけだからね。それに……四条院の当主が来ているとなれば挨拶しないわけにはいかないだろう」

「気を使わなくて良いというのは同意だね。娘の恩人で、大切な友人から相談があると言われれば最優先で予定を押さえるさ。借りを返す機会は逃せないからよ」

 鹿爪らしく蓮次が陽斗の言葉を遮りながら言うと、明らかに自分を意識したその態度に苦笑しつつ彰彦は肩をすくめた。


「ありがとうございます」

 緊張気味に陽斗がペコリと頭を下げる。

 今回、六郎を助けたことをきっかけに、陽斗はいわゆるブラック企業というものについていろいろと調べたらしい。

 そして、六郎が自分の生活や家族への仕送りのために転職が難しいという話を聞き、穂乃香を通じて彰彦に六郎の経歴を伝えて、転職先に心当たりがないか訊ねたのだ。

 陽斗が関わっていることが影響しているかどうかはわからないが、四条院の系列会社に無事転職が決まった六郎ではあるが、当然、この国でブラック企業で苦しんでいる従業員は彼だけではない。


 どうすればいいかとあれこれ頭を捻ったものの、同世代よりは社会経験を積んでいるとはいえ陽斗はまだ子供である。しかもどちらかと言えば世間知らずの部類に入る。

 なので、素直に穂乃香や壮史朗、賢弥たちに相談し、年長者の知恵を借りることにした。

 直接声を掛けたのは晃と京太郎、琴乃、そして皇家以外では一番親しい光輝の父光昭みつあきと新聞販売店社長の大沢だ。

 大人ふたりは仕事の都合や遠方なため参加できなかったがいろいろとアドバイスをしてくれたし、子供たちから話を聞きつけた大企業のトップふたりも参加してくれている。

 

 集まった面々を前にした陽斗が、今回の六郎にまつわる状況とブラック企業で働く人たちを少しでも支援したいという動機を話す。

 もちろんこれは初めて聞いたというわけではないので、それぞれがある程度考えをまとめているはずだ。

「僕たちの考えを言う前に、実際にそういった会社で働いていた黒木さんに話を聞きたいね」

「そうだな。俺達もまだ学生に過ぎないし、てんで的外れなことを考えているかもしれないからな」


 晃と京太郎がそう言うと、ふたりの父親たちが一瞬感心したように目を見開き、小さく頷いた。

 その言葉で一斉に六郎に視線が集まり、怖じ気づいたようにわずかにのけぞるが、伊達に連日激烈なストレスにさらされていたわけじゃない。

 すぐに気持ちを切り替えて、取引先の担当者や重役にプレゼンするような気持ちで六郎が口を開く。


「え~と、自分もブラック企業を沢山知っているわけじゃないので、経験した範囲でしかお話しできませんが」

「それはそうだろうね。僕が一番疑問なのは、仕事が劣悪な環境なのに、どうしてそこから逃げようとしないのかなんだ」

 晃がまずそう疑問をぶつけると、六郎は少し考えるような仕草をする。

「理由は人それぞれでしょうけど、一番は辞めた後の生活が不安だからだと思います。そもそも転職活動する時間もありませんし、辞めることで取引先や同僚に迷惑を掛けることも引け目を感じますね。……それに、毎日のように罵倒されて人格を否定されていると自分に自信がなくなってくるんですよ。どうせ自分なんてなにをやっても上手くいかないとか考えてしまう。必死になって仕事をすることでなんとか自分が社会の一員になれているような気がして、それにしがみついてしまうんです」


 体調が回復するまでの入院期間と、転職が決まったことで六郎はようやく自分を客観的に見ることができるようになった。

 今にして思えば、フリーターだろうが肉体労働の非正規労働者だろうが、ある程度の収入を確保しながら生活する手段などいくらでもあったはずだ。

 けれど、あの会社で働いていたときは『正社員』の立場を失ったら生きていけないような気がして、一歩踏み出すことができなかった。

 それを取引先や同僚に迷惑を掛けられないと自分に言い聞かせて誤魔化していただけだ。


「いくつかの団体がおこなったアンケート調査でも似たような結果が出ていたな。やはり気軽にアクセスできる受け皿が必要だ」

「そうだな。だが、厚生労働省でも相談窓口は設けているはずだろう」

「それは相談することができるというだけの場所ですわ。所属企業が法令に違反しているかは自分で証明しなければならないですし、生活の面倒をみてくれるわけではありませんから」

「転職の支援も必要だろうね。その上で退職をサポートする弁護士や社会保険労務士も居なきゃ」

「っつかさぁ、会社の寮とかで逃げられないようにしてる会社とかもあるんじゃねぇの?」

 京太郎、壮史朗、穂乃香、晃そして光輝がそれぞれ意見や疑問を口にする。


「でもさぁ、いくら陽斗くんでも、個人で支援するのは無理があるんじゃない?」

 セラのその一言に議論が止まる。

 そりゃそうだ。

 確かに陽斗の資産を使えば全国数カ所である程度の期間、そうした支援活動をすることはできるだろう。

 だが本来そういった取り組みは個人でするようなものじゃなく、行政や業界団体などの組織がおこなうべき事柄だ。

 実際、日本労働組合総連合という労働組合の元締めのような組織が労働者支援をおこなってはいるが、左派色が濃く、たびたび企業に対して行き過ぎた攻撃をするため、健全な企業であっても嫌う経営者は多い。

 そのため、転職支援には不向き、というか、かえって不利になりかねない。


「……そういった実務的な事柄は後にしたらどうだ?」

「そうですね。まずはブラック企業と、そこで働く従業員にどんな問題があるのか。次にどんな支援が効果的なのかを考えてみてはどうでしょう」

 思考が停止した若者たちに、彰彦と琴乃が助言する。

 それを受けて若者たちの議論はさらに過熱していった。



 1ヶ月後。

 地方局を含めた全国の地上波と衛星放送、主要な動画サイト、書籍閲覧アプリでいくつかの動画が広告枠で公開された。



 ガヤガヤと賑やかなオフィス。

 その奥側の、おそらくは上司のデスクの前でスーツ姿の若者が中年の男から怒声を浴びせられていた。

『なんだこの見積もりは! やる気あるのか!』

『で、でも、昨日はこの数字で良いって』

『人の言うことを鵜呑みにして自分で考えることをしないのか! これだから3流大卒の奴は使えないんだ! ったく、どうせ父親もロクな教育を受けてないんだろ?』

 泣きそうな顔で拳を握りしめる若者。


 場面が変わって、薄暗い部屋に帰ってきた若者が電気もつけずにベッドに倒れ込む。

 カップラーメンの容器がいくつもテーブルに置かれたままで部屋も散らかっている。

 ベッドに横たわる若者は眠ってはいないが、その表情は虚ろで疲れ果てているのが画面を通して伝わってくる。

 若者のスマートフォンが鳴る。

 ノロノロとした動きでスーツの上着から取りだし画面を開くと、友人とおぼしき男女が居酒屋のようなところで楽しそうに呑みながら肩を寄せ合っている写真が送られてきていた。

『明日休みだろ? お前も来いよヘ(^o^)/』というメッセージ。

 若者は肩を震わせて涙を流す。



 若い女性が自分のデスクで呆然と立ち尽くしている。

 どこにでもありそうな白いデスクの上に置かれたノートパソコン。

 つい先ほどまで作業していたであろう画面は、ドロリとした質感の白濁した液体がべったりと付けられ、『ビッチ!』『死ね』などと書かれた大きな付箋がいくつも貼られている。

 悔しさで涙を流す女性に、クスクスと意地の悪い笑い声と嘲るような囁きが届く。

 社内イジメ。

 やっていることは幼稚で学生と大差ないが、やられているほうはたまらないだろう。


 次の場面では大量のファイルを別の女性社員から押しつけられる。

 助けを求めるように周囲に目をやるも、女性社員はニヤニヤ笑い、男性社員も関わり合いになりたくなさそうに目を逸らす。

 そこに近づいてくる小太りの男。

『大変そうだねぇ。僕が手伝ってあげるよ』

 言いながらイヤらしい目で女性を見つつ、肩に手を伸ばす。

 それをサッと避け、『大丈夫です!』と作業を始めた。


 暗い表情とノロノロとした足取りで人の少なくなった駅のホームを歩く。

 かなり遅い時間なのか、ホームにいる人たちは皆一様に疲れた顔をしている。

 女性はぼんやりと白線の上に立っている。

 構内にアナウンスが流れ、数十秒後、電車のライトがホームに向かって近づいてくる。

 そして、滑るように電車が近づいてきたその時、女性が線路に向かってゆっくりと倒れていった。



 今度は中年男性。

『頼むよ○川さん! アンタしか頼れないんだ』

 頭の薄い上司らしき男が両手を合わせてペコペコと頭を下げている。

 気が進まない様子ながらも苦笑を浮かべて男性が頷くと、途端に笑みを見せる上司に、小さくため息を吐く。

 取引先と思われる会社で何度も頭を下げ、しばらくそれが続いた後にようやく相手が仕方ないとばかりに肩をすくめ、男性はホッと胸をなで下ろす。

 誰も居なくなった薄暗いオフィスで仕事を片付ける。

 

 そして帰宅した男性を同じくらいの年頃の女性が出迎えた。

『子供たちは?』

『もう寝たわよ。先にご飯にする?』

 女性の言葉に頷いて上着を脱ぐ男性。

 食卓に並んでいるのは質素なおかずが数品とご飯。量も少ない。

『ねぇ、身体は大丈夫なの? 最近痩せてきてるじゃない。それに顔色も悪いし、残業減らせないの?』

『身体は丈夫だから心配いらないさ。それに、子供たちはこれから進学とかでお金が掛かるからな。ただでさえ安月給だから今のうちに稼いでおかないと』

『私もパートの時間増やすわ。だから、無理はしないでね』


 男性が、子供たちが眠っている部屋をそっと覗き込む。

 小学生くらいの男の子がふたり、2段ベッドでスヤスヤと寝息を立てているのをみて頬が緩んでいる。

 音を立てないようにそっとドアを閉め、寝室に入った男性がネクタイを緩めた直後、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。

 脂汗を額に浮かべ苦しげに蹲る男性。

 対比するようにキッチンで洗い物をしている女性が映し出される。

 画面がブラックアウトし、救急車のサイレンの音だけが響いた。



 いずれの動画も、最後の場面でメッセージが文字と音声で流される。

 

『その仕事は、自分の命より、人生よりも大切ですか?』

 

 その後に『貴方の退職と転職を支援します。全国労働環境改善連合会』と相談窓口の電話番号とホームページアドレスが続く。

 さらに錦小路家や四条院家、天宮家の運営する企業グループを中心に、数多くの名だたる企業と全国の弁護士会、社会保険労務士会の名前がエンドロールのように映し出されて動画が終わった。


「ふむ。なかなか良い出来ですなぁ」

 都内の古びたビルをまるごと改装して作られた『全国労働環境改善連合会』の事務局本部の会議室で、モニターを見ながら錦小路グループ総帥の錦小路正隆が、相変わらず腹の底の窺えないニコニコとした笑顔で言う。

「あと数パターンの動画も順次公開する予定ということだったな」

「ええ、まだ数日しか経っていないのにすでに各事務局にはかなりの問い合わせや相談が来ているようなのでスケジュールは少し見直しても良いかもしれませんが」

 隣に座っている重斗の問いに答えたのは四条院彰彦だ。


「それにしても、思ったより多くの企業が参入してくれましたね」

「今の時代、労働環境は企業イメージに直結しますからね。それに優秀な人材が確保できるとなれば、むしろ多少の費用拠出と転職支援は利益になりますよ」

 天宮蓮次がそうこぼすと肩をすくめながら錦小路当主が返す。


 このやりとりでわかるように、この全国労働環境改善連合会という組織は陽斗のブラック企業で働く人たちを助けたいと友人たちに協力を頼んだことから始まったプロジェクトの成果だ。

 陽斗は六郎を支援することで彼をその環境から助け出すことができたが、それは何万人と居る中のわずかひとりでしかない。

 社会問題として取り上げられることも多く、批判にさらされることも少なくないのだが、従業員を劣悪な環境で酷使する会社というのは後を絶たない。

 これは単純に個人や企業が購入や取り引きの選択基準の大きな要素が価格だからだ。

 だがどんな商品であれサービスであれ、健全に提供を受けるための適正価格というものがある。


 商品やサービスの原材料、人件費、販売環境、アフターサポートなど、全ての経費に会社を運営するための利益を加えたものが価格であり、実現するために過不足ない金額が適正価格だ。

 だから価格を引き下げることで売ったり取り引きしたりすればどこかで経費を圧縮しなければならない。

 正しいやり方としては生産効率を高めたり、自動化を推進する。重複する業務を整理するなど、さまざまな経営の見直しを通じて適正価格そのものを引き下げていくのだが、安易に一番簡単な手段である立場の弱い取引先に押しつけるか人件費を節約するようなことをする経営者も居るのだ。


 しかしそれは長い目で見ると悪手でしかない。

 歪な形で負担を押しつけて価格を下げる企業が複数あると、適正価格で営業する会社の経営を圧迫して、業界全体の質が低下してしまう。

 当然そういった業界に優秀な人材が集まるわけもなく、いずれは仕事を全て物価の安い海外に奪われるだけだ。

 まさに「悪貨は良貨を駆逐する」と言われるグレシャムの法則がそのまま当てはまるのだ。


 それに、そういったブラック企業に真っ先に潰されるのは、技術があり、誠実で、真面目な下請けや従業員だ。

 多くの企業で最も欲するであろう人材、いや、人財が無意味に消費され、消えていってしまう。

 彼らはその生真面目さや不器用さによって、逃げることもできず磨り潰されていく。

 それは一業種だけでなく社会全体の損失だ。

 そのことを憂いている経営者は少なくない。


 陽斗たちはまずそういった人たちが現状から逃げられる環境が必要だと考えた。

 そのためにはわずかな隙間時間でも転職活動ができるよう、協力してくれる企業を確保しつつ、それを法的に助けてくれる専門家、生活困窮者を支援する基金の創設が必要となる。それも継続的なものがだ。

 そこまで意見がまとまったところで、友人の親たちが協力を申し出てくれた。

 自らが経営する会社と、付き合いのある企業に声を掛けて資金を拠出させ、弁護士会と社会保険労務士会の全面的な協力を取り付けた。

 

 発起人は西蓮寺陽斗、四条院彰彦、天宮蓮次の3人。

 参事として皇重斗、錦小路正隆の両名が名を連ねる。

 陽斗に関しては計画案以外は名前だけで実務に関わることはないが、未成年なので当然と言える。

 陽斗は何もしていない(と本人は思っている)自分の名前を記載することを渋っていたが、桜子が説得した。

 それは置いておくとして、ライバル企業と認識されている四条院と天宮の両当主が発起人となった影響は大きかった。

 それだけこの問題を重視していると認識されたことで、多くの企業が支援を表明し、あり得ないほどの早さで支援組織を立ち上げることができたのだ。


 もちろん参入した企業にもメリットはある。

 自社がホワイト企業であるとアピールできて企業イメージを高めることに繋がるし、真面目で意欲のある人材を優先的に確保することができる。

 何より、主力となっている従業員が逃げたブラック企業の経営が立ちいかなくなり、退場することで価格競争を抑制できる。

 それはグループ企業や取引先企業の経営持続性に直結するのだ。


 こうして始動した支援組織の働きによって、数多くの人が転職を果たし、少なくない会社が倒産した。

 もちろん割を食った人も多かったが、救われた人はそれ以上居たはずだ。

 ただ、陽斗たちがそれを知るのはもう少し先の話。


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