第129話 閑話その2 その頃の穂乃香の家族

「こっちまで来るのは久しぶりだな」

 マンション近くのコインパーキングに車を駐めて、建物を見上げる。

 タワマンとまではいかないが15階建てのそれなりに大きなマンションだ。

 オートロックだけでなく警備員も常駐しており、高いセキュリティが売りで、俺や穂乃香も安心して暮らすことができる。

 今は穂乃香の部屋と、その両側の部屋が四条院家の所有になっていて、姉さんも俺も黎星学園を卒業するまではここに住んでいた。


 といってもわずか3年ほど前の事なのでいちいちノスタルジックに浸るほどじゃない。景色だってほとんど変わってないしな。

 俺はさっさとエントランスに入ってテンキーで穂乃香の部屋番号を入力し、チャイムを鳴らす。

『はい』

「晃だ。開けてくれるかい?」

 久しぶりに聞く声にそう言うと、返事の代わりにエントランスから中に通じる自動ドアが開く。


 エレベーターに乗って12階へ。

 余談だけど、一般的にマンションは最上階が一番良い部屋だとされているけど、うちは最初からこの階に部屋を確保している。

 金銭面とかの問題ではなく、単に最上階は案外防犯に向いていないからだ。

 マンションというのは屋上に電気や通信の設備、給水タンクなどがあり、業者などが立ち入ることも多い。

 もちろん管理人が身分の照会などをするのだが、必ずしも全員が職務に忠実な善人ばかりとは限らない。

 修理やメンテナンスの作業時にずっと管理人が張り付いているわけではないので、屋上から最上階には簡単に侵入することができるのだ。

 あまり報じられないが、案外この手の犯罪は多いので、それを避けるために数階下の部屋にしたというわけだ。


 そんな割とどうでも良いことを考えているうちにエレベーターは目的の階で停止した。

 そして、穂乃香の部屋の呼び鈴を押そうとした瞬間、ドアが開かれる。

「晃様、どうぞ」

「あ、ああ。というか、驚かせないでくれ」

 相変わらずこの人はいい性格をしている。

 現在、穂乃香付きのメイドをしてくれている瓜生うりゅう千夏ちなつさん。

 姉と同い年の彼女は、両親が四条院家に勤めてくれている関係で、昔から俺や穂乃香の面倒をよく見てくれていたし、短大を卒業してからはメイドとして働いてくれている。

 だから俺達兄妹にとってはもうひとりの姉のような存在で、どうにも頭が上がらない。それを良いことにこうしたしょうもない悪戯をしかけてくる。

 まぁ、俺達が本気で怒るようなことはしないから良いんだけどさ。


 部屋に入ると、すでにそこには親父と母さんが居て、千夏さんに淹れてもらったであろう紅茶を飲んでいる。

 けど、なんで親父はそんなに落ち着きがないんだ?

「穂乃香は?」

「今日は出かけているわよ。多分帰ってくるのは夕方、もしかしたら食事をしてくるかもしれないから夜かしら」

 母さんが何でもないことのように言う。

 ん?

 じゃぁ、俺はどうして呼ばれたんだ?


「穂乃香が居ないならなんでこっちに来いなんて言ってたんだよ。俺のところからなら実家のほうが近いんだぞ」

 俺の言葉に、母さんは悪戯っぽくニヤつき、親父は苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めた。

 ……その態度から察するに、陽斗君がらみかな。

「本日、穂乃香お嬢様は西蓮寺陽斗様と出かけられております。

 千夏さん、わざわざ強調しなくてもわかってるって。

 友人たちと一緒なら親父がこんな態度なわけがないからな。


「でも、そうか。陽斗君はあまり積極的に動くタイプじゃないみたいだし、穂乃香も恥ずかしがり屋だからなかなか進展しないだろうとは思ってたけど、ようやくって感じかな?」

「あら? 心配になるくらいシスコンな晃が、意外ね。反対じゃないの?」

「なんだよその不名誉な評価は! ……年末年始で彼の人となりは見させてもらったからね。素直で思いやりがある良い子だし、芯もしっかりしてるのは理解したよ。家柄も資産も十分すぎるほどだし、聞けば成績もかなり優秀らしい。そりゃ淋しい気持ちはあるけど、穂乃香が彼を好きなら応援くらいするさ」

 俺がそう言うと、親父がショックを受けたように見返してきた。

 いや、そんな裏切り者を見るような目で見られても。別に親父と共同戦線組んだつもりはないぞ。


「い、いや、しかしだな、穂乃香はまだ16歳だぞ。由香利だって初めて男と出かけたのは大学に入ってからだっただろう」

「もうすぐ17歳よ。そもそも由香利と穂乃香は性格がまったく違うでしょう。あの娘は自由人気質だったし、今の旦那さんと出会うまでは趣味に没頭してたんだから」

 姉は基本的に両親が何を言おうが自分のしたいようにしてたからな。

 当時大学院生だった義兄にいさんと運命的な出会い(本人談)をするまでは男にまったく興味なかったらしい。だから、異性との交際経験は義兄さんひとりだけ。

 家柄的にはごく普通のサラリーマン家庭出身だったからその時はかなりすったもんだしたが、結局姉さんが押し切った。

 まぁ、結婚して数年が経つけど今でも幸せそうだから、それで良いんじゃないかな。


「親父は陽斗君のことが気に入らないのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないぞ! ただ、学生のうちは勉学に励むべきであってだな」

 まぁ、皇の孫が気に入らないなんて口にできないよな。

「俺達兄妹にさんざん若いうちにできるだけいろいろな経験をしろって言ってなかったか? 社会人になるとできなくなるからって」

「ぐっ」

 俺が呆れ交じりにツッコむとたちまち二の句が継げなくなる。

 そりゃ、単に可愛い末っ子、それも娘が他の男に盗られるとなれば感情的に反対するのが父親ってものかもしれないけど、四条院グループの総帥という立場なんだからもっとどっしりと構えてほしいものだ。

 ……もしかして俺も結婚して女の子が生まれたらこうなるのか?


「ねぇ。この人、穂乃香が陽斗君と出かけるって聞いてからずっとこんな感じだから、もういっそあの娘の口からいろいろ聞いたほうが早いってことで、ここで穂乃香を待つことにしたのよ。じゃないと夏休みに帰省するまでずっとグチグチ言ってそうだから」

「そんなことに俺を巻き込まないでくれよ」

「そんなこと言って、晃も気になるんじゃないの?」

 気にならないって言えば嘘になるかもしれないけど、妹の男女交際を根掘り葉掘り聞く気にはならないぞ。

 それに、ただでさえ最近、穂乃香と話をすれば陽斗君の話題が多いくらいなのに、延々と惚気を聞かされたらたまらない。

 俺は彼女いないんだぞ。


「でも、考えてみたら、穂乃香が今日帰ってくるとは限らないのよね?」

「っ!?」

 母さんがぼそりと呟いた言葉に、親父の動きが固まる。そして、油の切れた古道具のような動きでぎこちなくそちらに顔を向けた。

「一応、お嬢様には遅くなったり泊まりになった場合は連絡いただけるようお願いしてあります」

 千夏さん! 油を追加しないでくれ!


 親父がプルプルと震えだした直後、勢いよく立ち上がる。

「今から穂乃香を迎えに行く!」

「ちょ、母さんの冗談を真に受けんなって!」

「いや、男子高校生は性欲しか頭にない年頃だ! 嫁に出すまでは触れさせてたまるものか!」

 今にもリビングを飛び出そうとする親父を羽交い締めして止める。

 母さん、笑ってないでなんとかしてくれ!


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