第122話 少女の事情
「神崎さん、これからみんなでカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」
「え~、行きたいんだけどぉ、今日はちょっと用事があってぇ。ゴメンねぇ」
「あ、じゃあ週末に俺と遊園地にでもどうよ。バイト代入ったから全部出すからさ」
「バッカ、お前のチンケなバイト代で萌衣が満足できるわけねぇだろ!」
「そんなこと無いよぉ、とっても嬉しいんだけどぉ、でもしばらく忙しくってぇ。また誘ってねぇ」
放課後の廊下を歩く少女に次々と声をかける男子生徒たち。
少女、神崎萌衣はそのすべてに楽しそうな笑顔を向けながら愛想良く言葉を返していく。
彼女に話しかけるのは男子ばかりで、女子たちはその光景を冷めた目で見ているが、男子たちはもちろん萌衣も気に留めることはない。
両手の指に余るほどの男子生徒をあしらって、萌衣が校舎を出る。
そして周囲に人の目がないことを確認すると、それまでのにこやかな笑みを消して盛大にため息を吐いた。
「あ~! めんどくさっ! ヤルことしか考えてない馬鹿ばっか!」
心底嫌そうに吐き捨てる。
「適当につき合うなら扱いやすくてラクだけど、金もないし頭も悪いからつき合ってらんないってば。やっぱ本命にするなら可愛くて言うことを聞いてくれるお金持ちが良いわよねぇ」
頭に浮かぶのはつい先日のチャリティーバザーで会った男の子だ。
幼く見える外見に気の弱そうな表情とは裏腹に、萌衣の学校のDQN相手に毅然と言い返した芯の強さも見せた。
そして何より、近隣どころか全国でも有数の名門私立学校の生徒だ。
あの後で生徒会の男子を捕まえて聞き出したところ、黎星学園の生徒の態度からそれなりの家柄であることは間違いなさそうだった。
「見た目も好みだし、金持ちの家ってのが最高よね! でも、近づく機会が無いのよねぇ。黎星学園に入らなかったのは失敗だったかなぁ」
腕組みして眉を寄せる萌衣。
言葉からわかるとおり、萌衣も黎星学園に入学しようと思えばできた。
彼女の父親は中規模企業を経営しており、地元ではそれなりに知られた存在である。経済的にも裕福で、萌衣が物心ついてから苦労した覚えは一度も無い。
そんな家庭環境だったため、小学校高学年になった頃、黎星学園中等部への進学を勧められたこともあった。
それを断って公立の中学、そして一般的な私立高校に進学を決めたのは萌衣自身だ。
理由は単純で、学生寮が完備され、全国から資産家や企業経営者の子女が集まっている黎星学園に入学しては、所詮地元中堅企業経営者の娘でしかない萌衣は、ただの一生徒として埋もれてしまう。
他の学校ならば地元の名士の子として一目置かれるし、男子たちを上手く転がせばお姫様気分で居られるのだ。
誤算だったのは同じ学校にいるのが萌衣の家や身体を目当てにした、底の浅い男ばかりということだろう。
手玉にとって好き勝手に振る舞うには最適でも、本気でつき合う気にはなれないし、同性の友達もできそうにない。
黎星学園に通っていれば違ったのかと思わないでもないが、そうなったら今度は可も不可も無い無味乾燥な学生生活になりそうでもある。
「なんとかして接点持てないかなぁ。こうなると生徒会にちょっかいかけたのはマズったかも」
何かと口うるさい生徒会長の女子が気に入らず、DQN男子のグループをたきつけて嫌がらせをしたのは良いが、今となっては萌衣が唆したのもバレている可能性がある。
まさかバザーで気になる男子が見つかるとは思ってなかったので今更生徒会に接近することもできない。
今のところ陽斗という名前らしいとしか分からない男の子と接触できる可能性があるのはこの学校では生徒会とごく一部の生徒だけだ。
「あの副会長とかいうオタクっぽい男に近づいてみるかなぁ」
「そういうことは止めてくれないかしら」
不意に後ろから声をかけられて萌衣が慌てて振り向くと、見知った、というか苦手としている生徒会長が呆れたような目を向けていた。
思わず舌打ちが出る。
「ずいぶんな態度ね。本当に男の子がいないと態度が違うわよね貴女」
「なんの用ですかぁ? 独り言を盗み聞きって趣味悪いですよぉ?」
「男子生徒を使って嫌がらせするほうがよっぽど悪趣味だと思うけど?」
生徒会長の返しに萌衣の口元が一瞬歪むが、そこはそれ、外面で渡り歩いている女である。すぐに嘲るような笑みを浮かべた。
「なんの話ですかぁ? あの人たちとバザーの話はしたけどぉ、別に何かしてくれなんて頼んでないですよぉ。どうせ普段から生徒会の人たちがうるさいから恨みでも買ってたんじゃないですかぁ?」
実際、萌衣は直接的に彼女たちのブースを壊すように指示したわけではない。
自分同様、生徒会に不満を持っていた不良たちにさりげなくチャリティーバザーのことを伝えて、「会場でトラブルでもあったら生徒会が恥をかくよね」と吹き込んだだけだ。
もちろん単純な彼らがそれに踊るのは計算していたが、予想よりもはるかに小さな騒ぎで終わったのは今となっては良かったのかもしれない。
「……その話はまぁ良いわ。納得したわけじゃないし、彼らも
「なにが言いたいんですかぁ?」
引っかかる言い方に、萌衣の声にも険がこもる。
「黎星学園の男性を嗅ぎ回っているそうだけど、止めなさい」
その言葉に思わず眉を寄せる萌衣。
確かにあの時の男の子のことを知ろうと、いろいろと聞いて回ったのは確かだ。だが別に強引な聞き方はしていないし、責められるようなことはなにもない。
もし本人に知られて嫌われたら元も子もないから萌衣も慎重に行動したのだ。
「なんですか、それ。ひょっとして一緒に居た高飛車な役員から何か言われたんですかぁ?」
すぐにバザー会場で邪魔してきた穂乃香たちを思い出すが、それはないだろうとも考える。
聞き回ったと言ってもほんの少しだけだったし、特に目立つようなことはしていないはずだ。
「黎星学園側から言われたわけじゃないわ。バザーに参加している子たちから聞いたのよ。あのね、貴女が手を出そうとしている相手は、あの学園でも特別な家の人なの。ご本人は穏やかで優しいけど、もし保護者の方を怒らせたら貴女や貴女の家だけでは済まないのよ」
「はぁ?」
「それに、一緒に居た女性は四条院家の令嬢よ」
次いで出た言葉に思わずギョッとする。
あの高飛車な女が、国内有数の名家と聞けば納得せざるを得ない。
なにしろ萌衣の家とは文字通り桁が違う。どおりでいけ好かないわけだ。
「すでに財界では知られた話らしいけど、私の口からは余計な事は言えないから彼の名前も素性も明かせない。でも四条院のご令嬢の隣に居ても誰も文句を言えないような人物とだけ教えておくわ。貴女が破滅するのは別に構わないけど、それがこの学校や生徒を巻き込むのは困るのよ」
「……なに、それ」
にわかには信じられず、間の抜けた言葉を返すのが精一杯の萌衣。
「バザーが終わった後、私と副会長、監督の先生が、問題を起こした生徒から事情聴取した警備員に話を聞いたのよ。その時に一緒に居た黎星学園の生徒会長、鷹司さんから彼のことを教えてもらったの。もう一度言うわよ、彼に関わろうとするのは止めなさい」
言い方はともかく、彼女としては萌衣も同じ学校の生徒であり、事情を知った今では心配もしているのだ。
だが当然それが相手に伝わるとは限らない。
萌衣は表面上平静を装ってはいるようだが、その目は不満の感情をありありと浮かべているし、いらだたしげに貧乏揺すりまでしている。まだまだ修行が足りない。そういえば似たようなことは穂乃香も言っていたようだが。
ともかく、萌衣が納得していないのは明らかだが、これ以上念押ししたところで逆に意固地にしてしまうだけだろうと判断した女子生徒は踵を返した。
それを萌衣は黙って見送る。
「じょーだんじゃないわ。そんな話を聞いて諦めてたまるもんか。
人目がないせいか、普段の間延びしたしゃべり方が消え、まるで獲物を狙うハンターのように闘志をみなぎらせる萌衣。
生徒会長の忠告は、やはり逆効果だったようだ。
「わざわざこんなところに呼び出して申し訳なかったわね」
市内の商業施設。
その中にある関係者用区画にある応接室で、穂乃香を迎え入れたのは陽斗の大叔母である桜子だ。
穂乃香と桜子は陽斗を介した関係ではあるが、ときおり必要があって直接連絡を取り合うことがある。
今回も、桜子の方から穂乃香に伝えたいことがあると言われ、指定されたのがこの場所だったのだ。
聞くところによると、この商業施設で桜子の写真展が開かれることになっていて、この日も打ち合わせのために訪れているらしい。
関係者外立ち入り禁止とはいえ、桜子の指定であり、この商業施設は四条院家の資本が入っていることもあって、穂乃香が到着するとすぐにここに案内された。
「桜子様から呼ばれたのですからなにを置いても駆けつけますわ。でも、どうしてここに?」
急な呼び出しではあったが、皇邸ではなく外部施設ということで少々訝しげに訊ねる穂乃香に、桜子は悪戯っぽい笑みを見せる。
「別に大した内容じゃないから、うちに読んだりすると身構えちゃうでしょ? それに、比佐ちゃんの目が厳しいからあんまり羽目を外した話ができないじゃない」
その言葉に、桜子がたびたび比佐子から叱られていることを陽斗から聞いていた穂乃香はなんとも返答に困ってしまう。
「春前に陽斗がお披露目されて、水面下でいろいろと動きがあるのは確かだけど、そっちは兄さんが対応しているから問題ないのよ。それに黎星学園の生徒も穂乃香ちゃんたちのおかげで普通に接してくれているみたいね」
「それは、元々陽斗さんの人柄が好まれていましたから周囲の人たちが好意的に見てくれているのですわ」
「それもあるのかもしれないけど、穂乃香ちゃんが側に居るのも大きいわよ。四条院の令嬢を差し置いて陽斗に接近するなんて無謀だってわかってるのよ。幼い頃からそう言った力関係は教え込まれているでしょうから」
含みを持たせたその台詞に、穂乃香が眉を寄せる。
「ひょっとして、先日のバザーの件に関係しているのですか?」
その察しの良さに桜子が笑みを深める。
「ご明察、よ。あのイベントに参加した学校の生徒で、黎星学園の生徒に言い寄ったり個人情報を聞いて回ったりする子たちが何人か出たみたいね。まぁ、これまで名前は知っていてもほとんど交流がなかった良家の子女と接点ができたんだから仕方がないのだけど、中には結構しつこそうなのも居るのよ」
「心当たりはありますわ。桜子様がそう言うということは、対象は陽斗さんですね。となると、トラブルのあった高校の女子生徒ですか。少々癖の強そうな方でしたけど」
穂乃香は陽斗に粘着した、鼻にかかった甘ったるい話し方をする女子の顔を思い浮かべる。
「ええ。もうひとり、生徒会役員の女の子もいるみたいだけど、そっちはまだ良識はあるみたいだから今のところは気にしなくても大丈夫そうよ」
「しかし、バザーも終わりましたし、後期のチャリティーイベントもまだ先です。それに今のところそちらは他校は参加しない予定です。関わる可能性は低いのでは?」
穂乃香の言葉に首を振る桜子。
といっても、それほど深刻な懸念を持っているというわけではなく、どちらかというと穂乃香の反応を楽しんでいるようにも見える。
「その娘の親は地元企業の経営者みたいなのよ。大手ではないし、皇と直接取引もないわ。四条院とは間接的な取り引きがあるみたいだけどね。それに、人を使うことに慣れてるみたい」
桜子がそう言うと、穂乃香の眉がピクリと跳ね上がる。
人を使って誰かに危害を加えたり、目的を果たそうとするのは、よろしくない素性の者の常套手段だ。実際に穂乃香もその被害に遭ったのは記憶に新しい。
「……わたくしが対応しても?」
穂乃香が口にしたそれに、桜子は言葉ではなく満足そうな笑みで返したのだった。
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