第121話 ハニートラップ?

 陽斗と穂乃香、護衛役として付いてきていた巌に華音までが加わって会場を巡ることになった。

 今回のチャリティーは市の運動公園全体が会場となっているのでかなり広い。バザーのブースは屋外のグラウンドだけだが、体育館では地域の劇団による演劇や地元出身のアーティストがチャリティーコンサートを行ったりと、市を巻き込んだ大きなイベントとなっている。

 雅刀が市内の各校に声をかける際、市の教育委員会と市役所の福祉課などにも話を通したのだが、どうせやるならと担当職員が張り切った結果これだけの規模になったらしい。

 もちろんその背後には黎星学園OBたちの支援もあってのことなのだが。


 ともかく、他の場所も興味はあるが陽斗たちはグラウンド内を巡回する。

「思った以上に人が集まりましたわね」

「うん。みんなが苦労した甲斐があったね」

 感心したように言う穂乃香に、陽斗は楽しそうに言葉を返す。

 彼女の言うとおり、広いグラウンドは多くの人で賑わっている。行き来が困難なほど混雑しているわけではないが、それでも例年の数倍は来場者がいるようだ。

 特定のブースばかりに人が集中するのを心配していたが、各校が連絡を取りながら趣向を凝らした商品を並べているのが功を奏して、ほとんどのブースにひっきりなしに人が訪れている。

 もう少しすると体育館内のイベントも始まる予定なので、多くの来場者がそちらに流れるだろうが、その頃には大半の商品が売れているのではないだろうか。


「今回は音楽クラスが一人負け」

 華音が言葉とは裏腹にさほど気にする様子もなく言う。

 例年なら芸術科のふたつのクラスにはそれを目当てにした業界の関係者でそれなりの賑わいとなる。今回もそれは変わりないのだが、他のブースに人が多い分、相対的に少なく見えてしまうのだろう。

 美術クラスの方は絵画や彫刻が人目を引くらしく、冷やかし混じりに訪れている来場者も多いようだが。


「食べ物を売っているブースもあるんですね。なんか、学祭みたいな感じ」

 巌がブースを眺めながらそうこぼす。

 確かに売り子が皆学生で、売っているのも手作りとなればそれに近いノリなのかもしれない。

「せっかくだから僕たちも食べてみない?」

「そうですわね。一応事前に試食はしましたけれど、確認してみるのも良いかもしれませんわ」

「期待はできないけど、お腹は空いてる」

「それじゃあ分かれて買いにいきますか?」


 巌の提案で、いくつか点在しているブースで食べ物を購入することになった。

 たこ焼きや焼きそば、カレー、豚汁、ベビーカステラなど、定番から近頃祭りでも見なくなったものまでいろいろあるようなので、各自で適当に人数分を確保する。

 料金的には割安ではあるが量も少なめなので多少種類が多くなっても食べきれるだろう。それにかなり大食いらしい巌もいる。

 つい先ほどのトラブルがあったせいか、穂乃香は心配そうにしているが陽斗は笑いながらたこ焼きや焼きそばを売っているブースに並ぶ。

 食べ物を売るブースの近くにはイートインのスペースもあり、テーブルと椅子も用意されている。これらもどこかの学校から持ち込んだ備品のようだ。


 売り場に居たのは中学生の男女。

 市内の私立中学が担当したブースで、生徒会と文化系クラブの有志が参加しているらしい。

 陽斗が担当した学校ではなかったので面識はほとんどなく、そのせいで陽斗に対して小学生を相手にするような態度だったが、ブースの奥に居た監督の先生が慌ててたしなめていた。もちろん陽斗はまったく気にしていない。

 ふたつずつ買ったたこ焼きと焼きそばはお詫びにとばかりに容器から溢れそうなくらい大盛りにしてくれたのでホクホク顔である。


 両手に料理を乗せてキョロキョロとイートインを見回し、先に買い終えていたらしい巌の姿を見つけて足を速める。

 と、後ろから大きな声が陽斗に投げかけられた。

「あー! やっと見つけたぁ!」

「え? あっ!」

 陽斗が振り向いて声の方を見、そして固まる。

 そこに居たのは、トラブルのあったブースのそばで陽斗に媚び媚びの態度を見せたかんざきと名乗った女子生徒。

 小柄で、可愛らしさを強調するようなツインテール。そして間延びして鼻にかかった口調の少女に、陽斗は思わず手に持ったたこ焼きを落としそうになる。


「もぉ~、探したんですよぉ。アタシぃ、ど~してもアナタのことが忘れ、びゃぁっ!?」

 器用にしなを作りながら、それでいて恐ろしく早足で陽斗に駆け寄ってきた萌衣が、いきなり盛大に転んで顔面から地面にダイブする。

「あ、ゴメン。でも、人の多いところで走る方にも問題がある」

 いつものように表情ひとつ変えない淡々とした口調でそう言いながら、華音はを引っ込める。

「ちょっと! いまわざと足を引っかけたでしょ!?」

 痛みに顔をしかめながらも素早く立ち上がった萌衣が華音に文句を言う。


「素が出てる」

 華音がボソリと呟いた言葉に、萌衣の顔がピクリと引きつり、コホンと小さく咳払いをすると一瞬で泣き顔を作ってみせる。

「あ~ん、痛いですぅ! 足をくじいちゃったかもぉ、って、あれ?」

 華音にかまけるのを止めて陽斗に向かおうとした彼女だったが、その陽斗はその間に巌の居るテーブルの方まで行ってしまっていた。

 萌衣から目を離すことなく巨漢の後輩の背後に隠れるようにしている態度から、明らかに逃げたと言うべきだろう。


「プッ! クスクスクス」

 唖然とする萌衣の姿にに華音が吹き出すが、全然表情が動いていないのが逆にすごい。

 そこにさらに別の声が重なる。

「また貴女ですの? わたくしたちになんのご用かしら」

 穂乃香が呆れたように言いつつ、それでも立ち止まることなく陽斗たちの待つテーブルに行き、手に持ったトレイを置いた。載っているのは汁物の料理だ。


「ヒドいですぅ! アタシは皆さんと仲良くしたいだけなのにぃ!」

 萌衣はそう言って頬を膨らませると、穂乃香や華音ではなく巌と陽斗に顔を向けて瞳を潤ませる。

「…………」

「うぅ……」

 涙目&上目遣いという、女の子としての最強コンボを見せつける萌衣に、巌は気まずそうにしながら顔を背ける。それなりに効果はあったようだ。

 だが、肝心の陽斗はというと、逆に怯えたように肩を震わせて小さくなる。

 そもそも陽斗の方が背が低いので上目遣いの意味がないし、今は陽斗の方が最強コンボを炸裂させている。


「なんなのコイツ、アタシより可愛いなんて許せない。絶対にピーさせてやるわ」

「羽島さん、勝手に人の心の中を言葉にするものではありませんわよ。ところで、ピーとはなにを指した言葉なのでしょう」

 萌衣の背後で、陽斗に聞こえない程度の声で言った華音を、穂乃香が苦笑いをしながらたしなめる。

「お嬢様ののかちゃんは知らなくて良い。多分陽斗も知らないし」

「そうですか? まぁ良いですわ」

「もうっ! なんなんですかぁ!」

 萌衣そっちのけで言葉を交わすふたりに、とうとう堪えきれなくなったらしい。


「皆さんヒドいです! アタシがなにをしたって言うんですか! お金持ちならアタシみたいな庶民をイジメても良いんですか?」

 声を荒げる萌衣。目にはいっぱいの涙を溜めている。

 ただ、その言葉は明らかに陽斗たちに向けてのものだ。

「あざとい。でも、同性には通用しない」

「まだ演技が甘いですわ。上手い人なら気配すら変えてみせますわよ」

 冷静なツッコみに思わず振り返って睨むが、返ってきたのは冷め切った視線だ。


「あの! ぼ、僕たちこれから食事をしながら打ち合わせをしなきゃならないから、ごめんなさい」

 険悪な雰囲気を変えようとしたのか、陽斗がそう言って仲裁する。巌の背中に隠れつつ、だが。

「そう、ですかぁ。邪魔しちゃってごめんなさい。残念ですけどぉ、諦めますぅ。あのぉ、その代わりぃ、今度会ったときはぁ、お話してくださいねぇ」

「え、あ、き、機会があったら」

「約束ですよ! それじゃまた、ですぅ」


 これ以上は無理だと悟った萌衣がおとなしく離れていく。

「やれやれ、ですわね」

 穂乃香の言葉が全員の心を代弁しているようだった。

 それからは何事もなく軽食を終え、一通り見て回った後、それぞれの担当場所に戻った陽斗たちは特に問題なく仕事をこなす。

 全体としていくつかのトラブルや不備はあったものの、複数の学校が参加したチャリティーバザーは、成功のうちに幕を下ろすことができたのだった。


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