第120話 陽斗、モテモテ?
「ちぇ~っ。もうちょっと騒ぎになると思ったのになぁ~。けど、まぁ、ムカつくあの女の半ベソ見れたから
騒ぎを起こしていた男子生徒たちが警備員に連れられていくのを、陽斗達が居るブースから少し離れた場所から見ていた女の子が唇を尖らせながら呟く。
服装は先ほどの男子生徒たちやブースの生徒会役員と同じ高校のもので、口ぶりからすると知り合いでもあるらしい。親しいわけではなさそうだが。
髪をツインテールにしてスカートはかなり短めという出で立ちだが、容姿は整っていてスタイルも良さそうだ。クラスに居ればさぞモテそうではある。
「最初に邪魔した金持ち学校の女はいけ好かない感じだったけど、後から来た男の子は可愛いかったなぁ。あの学校の生徒ってことは家は金持ちだろうし、あたしがいただいちゃっても良いよね」
ニタニタと笑いながら呟く女子生徒。
周囲には沢山の人が居るのだがすっかり頭から抜けているようである。ブツブツと独り言を呟きながら怪しい笑みを浮かべるうら若き少女。
それを見た人たちが困惑気味に距離を開けてそそくさと通り過ぎていく。
関わり合いになりたくないのだろう。そりゃそうだ。
一方、陽斗たちはブースを元の状態に戻し、売り子をしていた生徒会役員から事情の聞き取りを始めていた。
最初に男子たちを制止した穂乃香も、彼らが大声で絡んでいるのを見て仲裁に入ったので詳しい状況は知らないらしい。
「彼らはもともと、その、多少の問題行動があるというか、校内でトラブルを起こすことはあったんですけど、普通の生徒にまで絡むことはなかったと思います。今回の行事にも特に関わっていないのでどうして私たちにあんなことをしたのかはわかりません」
そう説明したのはその高校の生徒会長を務める女子生徒だ。
今回のバザーに参加した代表者であり、男子生徒たちは完全に彼女をターゲットにして言いがかりをつけてきたそうだ。
「あの、恨まれたりする心当たりは無いんですか?」
「それはわかりません。生徒会や風紀委員は生徒を指導する立場でもありますから好かれてはいないとおもいますけど、これまでは不満そうに舌打ちしたり睨んだりするくらいでしたから」
陽斗の質問にも首を振るばかりだ。
そもそも彼らもいわゆるDQNではあるが札付きの不良というわけではなく、大昔の番長よろしく学校の看板背負って抗争を繰り広げているということもない。そもそもそんな昭和なヤンキー兄ちゃんが今でも生息しているかも不明だが。
気に入らないことがあれば怒鳴ったり絡んだりするような連中なので理由を知ったところで意味がないのかもしれない。
「警備員に連れて行かれた人たちはどうなりますか?」
「今回は怪我をした人もおりませんし、学校と保護者の方に連絡して指導してもらう形になるでしょう。他校の生徒に私たちがあまり口を出すのも良くないでしょうから。ただ、連れて行った警備員から少々のお小言と、保護者の方々にはこのチャリティーバザーがどういうものかは改めて説明することにはなるでしょうけれど」
穂乃香の説明に女子生徒の顔が引きつる。
バザーの主催が黎星学園で、その保護者や卒業生には政財界の重鎮が勢揃いしている。
もちろんこの程度のことで問題を起こした生徒たちの保護者やその会社に圧力をかけるなどということはないだろうが、それを聞いた親たちはさぞ肝が冷えるだろう。
一通りの説明を終え、ブースが元の雰囲気を取り戻したのを見届けてから陽斗と穂乃香はその場を離れようとしたとき、先ほどの、壊された髪飾りを作ったという女子生徒が声をかけてきた。
陽斗が振り向くと、彼女は顔を耳まで赤くして、可愛らしいイラストがプリントされた小さなメモ用紙を差し出す。
「あ、あの、わたしのスマホ番号とSNSのIDです! も、もし良かったらでいいので連絡ください!」
「え? あの……」
陽斗が返事をする前に、女子生徒は踵を返してブースの奥に行ってしまう。
「先輩、モテモテっすね」
巌が笑みを浮かべながら顎をさする。言い方はともかく皮肉というわけでもなさそうだ。
「むぅ~、確かに先ほどの陽斗さんは男らしくて素敵でしたけど」
穂乃香は不満そうだが、それでも自分を背にかばったり男子たちに毅然と物言う姿を思い出して嬉しそうでもある。
「なんにしてもあまり無茶をするな。警備員や俺達がいるとはいっても絶対に守れる保証はないんだからな」
「うん、ごめんなさい。でもあの人たちのしたことがどうしても許せな……」
「さっきの、すごくカッコ良かったですぅ!」
陽斗の言葉を遮るように大きな声が響いた直後、小柄な女子がツカツカと近寄ってきたかと思うと、おもむろに陽斗の腕に抱きついた。
「え?! あの!」
「おい!」
相手に攻撃の意思を感じなかったせいか、賢弥も虚を突かれたように眉をよせる。
陽斗の戸惑いや賢弥の低い声も気にする様子はなく、女子は抱きつく腕にさらに力をこめて胸を押しつける。
「アタシぃ、あの人たちと同じ高校の、
鼻にかかった甘ったるい口調でしな垂れかかる萌衣を、穂乃香が強引に引き剥がす。
「あぁん、なんですかぁ!」
「なんですかはこちらの台詞ですわ。初対面の殿方にいきなり抱きついて、どういうつもりです?」
柳眉を逆立てる穂乃香を、上目遣いで見る萌衣。
構図だけを見ればまるで穂乃香が萌衣を苛めているようにも見える。
「アタシはぁ、さっき恐い人たちにビシッと言ってたアナタにぃ、スッゴく感動しちゃったんですぅ。それでぇ、できたら仲良くなりたいなぁってぇ。あっ、名前聞いてもイイですかぁ?」
「え、えっと、あの」
グイグイ来る萌衣に陽斗は完全に腰が引けて後ずさる。
「とにかく、わたくしたちは運営本部に行かなければなりませんし、協力校の生徒とはいえそうそう個人情報をお教えするわけにはいきませんので」
割って入った穂乃香の後ろで首を縦にブンブン振る陽斗。
先ほど男子生徒たちに見せていた毅然とした態度はどこへやらだ。
「えぇ~、そんなこと言わないで教えてくださいよぉ~」
そう言って距離を詰めようとする萌衣を賢弥と巌が間に入って邪魔している間に、陽斗は穂乃香に手を引っ張られながら後にしたのだった。
「ははは、大活躍だったみたいだね」
運営本部に到着した陽斗は楽しそうに笑う
ちなみに、元々の目的だった募金箱は巌が軽々と片手に持って会計担当に提出してくれている。騒動の際に陽斗が足元に置いていたのを代わりに持っていてくれていたのだ。
雅刀はすでにトラブルの状況は把握していたらしく、簡単な報告を受けた後はねぎらいの言葉をかけてくれた。
「今のところ四条院さんたち以外には大きなトラブルも起きていないからね。休憩に入ってくれて良いよ」
近隣の小中高校が参加する行事なだけにいろいろと細かな問題が発生するのは避けられないが、事前に様々なトラブルを想定して対策を練っていたために運営には支障がないようだ。人員も十分に足りている。
陽斗と穂乃香は雅刀の言葉に甘えて会場を巡ってみることになった。
雅刀の指示で巌も同行する。やはり警備員がいるとはいえ、すぐそばでとっさの対応をする人間は必要だろうということだ。
普段なら遠慮するだろう陽斗も、つい先ほど見知らぬ女子生徒に絡まれて閉口させられたせいか異論はない。
「それじゃ、えっと、奥側の黎星学園が担当しているエリアをまわってみよう」
わずかな時間で苦手意識を植え付けられてしまったのか、陽斗はトラブルのあった高校のブースと離れた場所をチョイスした。
本部のテントを出て会場となっているグラウンドの奥に向かう。
「あぅ。なんかすごく見られてる?」
「そう、ですわね。どうしたんでしょうか」
陽斗と穂乃香が顔を見合わせる。
その言葉の通り、どういうわけか歩いている来場者やブースで接客している学生たちがチラチラとこちらを、正確に言えば陽斗の方を見ているようなのだ。
幸いというか、悪意のある視線ではなく好奇や好意的なものが多く含まれているように感じられるが。
しばらく歩くと管楽器が奏でる音楽が聞こえてくる。
学園の芸術科クラスがレコーディングしたCDを流しているらしい。
他のブースに比べると客は少なく、落ち着いた感じだがクラシックを中心とした演奏がほとんどなので仕方がないのだろう。
そのブースでむくれた様子の見知った顔があった。
「羽島さん、お疲れさま」
「陽斗! やっと来た」
陽斗が声をかけると、
「羽島さん、どうかなさったの? ずいぶんと機嫌が悪そうですけれど」
口数が少ないのは相変わらずだが、いつもは感情の起伏を感じさせない淡々とした口調なのに今は明らかに不満そうだ。
「ヒマ。陽斗はずいぶん楽しそうなことしてたみたいだけど」
「楽しそうなことって、何かしてたっけ?」
華音の言葉に首をかしげる陽斗。
「他校のブースで馬鹿男を懲らしめたって聞いた」
「どうして貴女がそれを知っていますの?」
「見てた人がいる。噂、千里を走る」
「それは悪事ですわよ、人聞きが悪いですわ」
好事門を出でず悪事千里を走る。宋の孫光憲の言葉とされることわざだが、悪いことをしたのは陽斗ではない。
とはいえ、華音が今回チャリティーバザーに参加しているのは陽斗が居るからという理由らしいので、実際に来てみたものの全然陽斗に会えなかったのが不満でそんな皮肉を言っているのだろう。
「それは冗談だけど、陽斗が迷惑DQNを撃退したって話は広まってる」
「ついさっきのことなのに」
「元々注目されてたから広まるのも早い。諦める。ところで、陽斗は休憩時間?」
気が済んだのか華音がいつもの口調に戻って訊ねてきたので陽斗は頷く。
「それじゃウチも一緒に行く。ってことで、後よろしく」
台詞の後半はブースにいる別の生徒に向けたもの。
彼女がマイペースなのは今に始まったことではないので、言われた男子生徒は苦笑いを浮かべて手をヒラヒラと振っただけだ。
それに目を向けることなく華音はいそいそと商品が並べられた机を回り込んで陽斗の隣に並ぶ。
「……先輩、モテモテっすね」
「違うからね!」
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というわけで、今回はここまでです。
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