第106話 生徒会への勧誘活動

「やります! 穂乃香先輩のお誘いを断るわけないじゃないですか!」

「そ、そう、よ、良かったですわ」

 入学式の翌日、恒例となっている新入生への生徒会役員勧誘のため、陽斗と穂乃香は1年生の教室を訪れていた。

 今は昼休みの時間であり、陽斗達はまだ午後の授業があるが新入生は半日授業だ。

 なので、休憩時間が始まるとすぐに来たのだが、対象となっていたのは昨日も陽斗と顔を合わせていた東条智絵里だ。

 基本的に中等部で生徒会執行部を勤めていた生徒にはこうして声を掛けることになっているのだ。


 彼女は穂乃香が教室に顔を出した瞬間、弾むように近づいてきて、用件を聞くなり喰い気味に生徒会入りを承諾したのだ。

 穂乃香が引きつったような笑みで言葉を返すのに構わず、智絵里はニコニコと嬉しそうに穂乃香の腕にまとわりついている。

「えっと、東条さんと穂乃香さんは仲が良いの?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「穂乃香先輩は私達の憧れですから! 中等部で生徒会に入ったのも先輩と一緒に仕事がしたかったからだし」

 陽斗の質問に、穂乃香が否定しようとするのを遮って智絵里が断言する。


 なんでも、中等部の頃の穂乃香は常に凜とした美しさと自分に厳しい態度、そして公明正大に同級生や下級生と接していたために憧れる女子生徒は多かったらしい。

 代わりに男子からは近寄りがたい高嶺の花のような扱いだったそうだが。

 もっとも、陽斗からすれば穂乃香は初対面の時から凄く優しかったし、あまり厳しいという印象はなかったが、憧れるという気持ちは理解できた。

「うん、穂乃香さんは格好いいよね。優しいし」

「陽斗先輩もそう思いますよね! さすが、見る目がありますよぉ!」

「ちょ、陽斗さんも意気投合しないでください!」

 陽斗が思わぬ同調をし、さらには賞賛の言葉に穂乃香は恥ずかしさと嬉しさがない交ぜになった表情で顔を真っ赤に染める。


「四条院先輩ってあんな顔するんだ」

「お、俺も生徒会入れないかな」

 教室に残っていた男子生徒からそんな声が漏れる。

 そんな中で、ひとりだけ鞄を手に顔を俯かせていた。どうやら陽斗達が出入り口近くに居るために出られなかったようだが、それにしてももうひとつの扉から出ようとはせずにどこか陽斗達を窺っているようだ。

「あの、どうかしたの、かな? 僕達に何か用事?」

 男子生徒の様子に気づいた陽斗が声を掛ける。


「え? あ、荒三門君、まだ陽斗先輩に文句でもあるの?」

 智絵里がその生徒に向かって不機嫌そうに言うのを聞いて穂乃香の眉が顰められる。「まだ」と言うからにはその男子生徒が陽斗にどういう態度だったのかすぐに察したからだ。

「東条さん、そんな言い方しちゃダメだよ。それに、僕は怒ってないし、気にしてもいないからね」

 陽斗は喧嘩腰の智絵里をなだめて荒三門と呼ばれた男子に向き直る。

「あ、あの」

「うん、どうしたの?」

 陽斗は言い淀んだ言葉を辛抱強く待つ。


「す、すみませんでした! 皇家と縁のある人だとは思わなくて、失礼な態度を」

「えっと、ダメ、だよ」

「え?!」

 謝罪の言葉を陽斗が首を振って否定したことにショックを受ける荒三門。

「僕が皇お祖父ちゃんの孫だから謝るじゃ、ダメだよ」

「それは……」

 怒るでもなく、陽斗の態度は穏やかなままだ。


「僕はね、中学校の頃すごくいじめられてたんだ」

「え?」

「お祖父ちゃんに引き取られる前だったからすごく貧乏だったし、みすぼらしかったからね。理解できるとは言わないけど、別に恨んだりしてるわけじゃないよ。でも、やっぱりひどい言葉を浴びせられたり暴力を振るわれたのは辛かったし悲しかった。今でもそういうことをする人を見ると怖いと思っちゃうよ」

「……」

「あ、僕の話じゃないや。あのね、相手がどんな家の人だとしても、乱暴な態度や言葉で接しちゃダメだと思う。誰だってそんなことをされたら嫌だし悲しいはずだよ。それに、君が馬鹿にした人だって将来君や君の家にとって、とても大切な人になるかも知れない。

 僕の知ってる凄い人って、みんな優しさと厳しさを持ってる。荒三門君が自分や家を誇りに思うなら、そういう強くて優しい人になって欲しい。僕に謝罪なんていらないよ。そんなことをするくらいなら、あの時押しのけた子に謝ってね。って、えぇ?! あ、あの」


 陽斗の言葉は言い含めるような優しさと、どこか芯の通った厳しさが内包されているようだった。

 内心では先輩面してすごく厳しいことを言ってしまったと後悔していたりするのだが、それだけに、言い終えたらその相手がポロポロと涙を流し始めたものだから大いに慌てる。

「あ、えっと、ちょっとキツく言い過ぎたかな。ごめんね」

 自分よりずっと背の高い生徒を必死になってなだめる陽斗。

「あれのどこがキツい言い方、なんですかね?」

 ボソッと呟いた智絵里の言葉に、成り行きを見守っていた数人の生徒がウンウンと頷いている。


 周囲に気を配る余裕なんてあるわけもなく、陽斗が背伸びをしながら荒三門君の頭を撫でる。

「うぅ、ちが、その、ごめんなさい。俺……」

 いったい何が琴線に触れたのかはわからないが、口を突いて出た素直な謝罪に陽斗が笑みを返す。

「うん。謝罪を受け入れます。落ち着いたら他の子達にも、ね」

 その言葉にも小さく頷く。


「いったいどうしちゃったんですかね? 荒三門君って先生が注意してもどこか小馬鹿にした感じだし、人の言うことなんて全然聞かなかったのに」

「わかりませんけれど、陽斗さんの言葉は他の誰でもない、彼のためを思ってのものだからなのかも知れませんわね。荒三門家といえば10年ほど前に今のご当主が引き継いだ時はかなり大変だったと聞いていますし、その後は飛躍的に事業を成功させていましたけれど、その分忙しさでご両親は彼と向き合えていなかったのかも」

 思春期ゆえの感情の揺れが、他の人に対する攻撃という形で表れていたのかも知れないと穂乃香が言う。

 今ひとつ納得できない表情で智絵里が頷くが、そうこうしているうちに陽斗達の方は落ち着きを取り戻したようだ。


「西蓮寺先輩! ありがとうございました!」

「うん。じゃあ、またね、和志くん」

 この短時間ですっかり態度の変わった荒三門君。

 本人は和志という名前の方を呼んで欲しいと言っていたので陽斗がそう呼ぶとものすごく嬉しそうな顔をしていた。

 その態度は、陽斗が皇という家柄とは関係なく慕っているように見える。

 そのことに照れくさそうにしながらも、目的を果たした陽斗と穂乃香は教室を後にする。


「この時間では食堂に行っていたら授業に間に合いませんわね」

「あ、ごめんなさい。僕が時間掛けちゃったから」

「いいえ、陽斗さんはなにも悪くありませんわ。それに、こういうこともあろうかとパンを持ってきましたの。足りないとは思いますけれど、何も食べないよりはマシでしょう? 戻る途中にあるベンチで一緒に食べましょう」

 悪戯っぽく微笑む穂乃香に、陽斗も笑顔で頷いた。



 翌日の放課後、陽斗達は生徒会室で新役員の名簿をチェックしていた。

 手分けして声を掛けていたので候補者の半数以上はすでに生徒会入りを快諾してくれていて、残りも今日明日には話ができそうだ。

 そうして生徒会のメンバーで割り当てを話し合っていると、リストを手にしたまま生徒会長の雅刀が口を挟んだ。

「去年の西蓮寺君に続いて、今年も外部入学者の中から役員をお願いしたい生徒が居るんだ」

 その話自体は以前にも雅刀から聞いている。

 昨年の陽斗の活動で、外部入学者や芸術科の生徒とも交流が進んだことは学校側も評価しているらしく、今後も外部入学者に役員の枠を割り当ててはどうかということだった。


「それは会長が外部入学者全員と一度面談して、というお話ではありませんでしたか?」

「うん、そうなんだけどね。まだ全員と話ができたわけじゃないけど、ひとり面白い子が居たからみんなにも会ってほしいんだ。そろそろ来ると思うんだけど」

 雅刀がそう言って微笑む。

 前会長の琴乃は圧倒的なまでのカリスマで周りを引っ張っていったが、雅刀はひとりひとりの意見を聞きながらよりよい方向に誘導していくというやり方だ。

 今回も事前に話し合って、人選に関しては雅刀に一任されている。


「どんな人なんだろう?」

「鷹司会長の選んだ方なら人間性は問題ないですわね。問題は内部進学組の人達とコミュニケーションが取れるかですが、それはわたくしたちがフォローしていきましょう」

「うん! 僕達が助けてあげなきゃ」

 陽斗は少々入れ込み気味なほど張り切っているが、よく居る先輩になった途端に調子に乗るようなタイプとは真逆な性格なので穂乃香達は微笑ましく見守っている。

 それから少しして、控え目にドアが叩かれる音がして、のっそりと男子生徒が顔をのぞかせた。


「あの~、生徒会室ってここで良いんですかね?」

「はい、そうですよ。えっと、新入生の方ですね」

 すぐに役員の女子生徒が入り口まで行き、中に招き入れる。

「あ、入学式の時の」

「へ? あ、あの時の小っこい先輩?」

 入ってきたのは、先日の入学式の日、陽斗が案内をした大柄な男子生徒だった。

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