第105話 陽斗、先輩になる

 多くの学校と同じく、黎星学園の敷地内にも幾本ものソメイヨシノが植えられている。

 それは例年柔らかく優しい風景となるのだが、今年も入学式に合わせるように見頃を迎えている。

 まだ早い時間だというのに在校生に混ざって真新しいブレザーに身を包んだ新入生もチラホラと見えていた。


 在校生達は自分達の教室に荷物を置いてから三々五々に講堂に移動していく。

 黎星学園の入学式は、新入生達が教室で説明を受けている間に、在校生が講堂に集合して迎えることになっているのだ。

 陽斗達生徒会役員は新入生が迷ったりしないよう、校門や送迎車の待機場所、クラス割りの掲示板近くに待機して案内することになっている。

 内部進学者がほとんどを占めているので、これまでは役員による案内などはおこなっていなかったそうなのだが、今年は例年よりも外部入学者が多いことと、現生徒会長である雅刀の「生徒会と一般生徒の距離をもっと近いものにしたい」という方針ですることになったのだ。


「え? 先輩? あれが?」

「可愛い! 本当に年上なの?」

「あんな先輩、居たっけ?」

 陽斗がセラと共に掲示板傍に立っていると、そんな囁きが聞こえてくるが今更気になることでもない。というか、言われ慣れているので、頑張って先輩に見えるように逆に気合いが入っているくらいだ。

「逆効果な気がするなぁ」

 陽斗がひとり拳を握りしめて背伸びをしているのを見て、セラがそんなことを呟いたりもしているが。


「邪魔だ、どけよ!」

「きゃっ! なんですの?!」

 しばらくしてクラス分けの掲示板に人が増えてきた時、そんな怒鳴り声が響いた。

 どうやらひとりの男子が前に居た女子生徒を強引に押しのけたらしい。

 行儀の良い生徒が多い黎星学園で、粗暴な言葉を使われるのに慣れていない新入生達は驚いてその生徒から距離を取る。

 といってもやはりその男子生徒も内部進学組なのだろう。多くの生徒は関わり合いを避けるように目を逸らしたり無視したりしているようだ。


「ほらそこ! 割り込まないの! 自分のクラスを見終わった人は後ろの人に場所を空けてね」

「乱暴しちゃダメだよ。まだ時間はあるから、順番にね」

 ざわめく新入生達にセラと陽斗が声を掛ける。

 が、他の生徒の反応からもわかるように、なかなか聞き分けのよろしくない男子のようだ。

「うるさい! 僕に指図するな! 僕を誰だと、うわぁ?! ぶぎゃ!」

「あっ! 陽斗先輩、お久しぶりです!」


 今は居ない誰かさんを彷彿とさせる痛い言動を披露していた男子は、横から別の女子生徒に突き飛ばされ、盛大に転倒して顔面を強打していた。

「わっ! だ、大丈夫?」

 陽斗が慌てて助け起こそうとするが、当の男子は顔を真っ赤にしながらその手を振り払って加害女子を睨みつけた。

 だが、それは相手に鼻で笑われ、あげく、それ以上相手にされることなく女子生徒は陽斗に向き直って嬉しそうな笑みを見せた。


「あ、君は中等部の生徒会の」

「覚えててくれたんですね! やったぁ! あ、改めて、私は前期の中等部生徒会で書記をしてたとうじょうです」

 そう言って大げさに喜んだのは、昨年春のチャリティーバザーで一緒に活動した中等部の生徒会役員の女の子だ。

 夏のオリエンテーリングでも何度か顔を合わせているのですっかり打ち解けている。

 相変わらず良家の令嬢らしからぬ気さくさと元気さに陽斗も楽しげに言葉を交わす。

 だが、当然それを面白く思わないのは先ほどの男子生徒だ。


「無視をするな! そんなガキみたいなヤツの……」

 さらに声を張り上げた男子は、向けられた恐ろしく冷たい視線に言葉を途中で止めてしまう。

「あのさぁ、確かにあらかど君の家は同じ学年ではそれなりだけどさ、この学園の高等部にはもっと力のある家柄がゴロゴロしてるんだよ? 四条院先輩とか天宮先輩の家と比べたら荒三門なんて雑魚よ雑魚。なのにいつまでお山の大将気取ってるつもり? それに、さっきからすっごく失礼な態度取ってる、この陽斗先輩なんて皇氏のお孫さんだよ? ご自慢の家ごと叩き潰されたいの? マゾ?」

 散々な言われようである。

 快活な印象とは裏腹に、なかなかの毒舌具合だ。


 もっとも、陽斗としては別の部分が気になる。

「ええ? 何で知ってるの?!」

「何でって、噂になってますよ。元生徒会役員の男子、すっごい焦ってる人居ましたもん」

 なんでも、学園が休みに入っているにもかかわらず、学内のSNSグループを中心に、先日のパーティーに参加していた生徒から噂が広まっているそうだ。

 陽斗は一切気にしていないのだが、これまで陽斗に対して失礼な言動をしたり、侮ったりしていた高等部、中等部の生徒が大慌てしているらしい。


 陽斗はセラと顔を見合わせて苦笑いを浮かべるしかない。

 そして、先ほどまで俺様な態度を見せていた荒三門という男子も、真っ白な顔で立ち尽くしている。

「う~ん、僕に対する態度とかは別に良いんだけど、ルールを守ったり、もう少し周りに気を使ってくれると嬉しいかな」

 陽斗がそう言うと、荒三門はガクガクと壊れた玩具のように首を縦に振って逃げるように立ち去っていった。


「あ、ちゃんとクラス分け見れたのかな?」

「大丈夫じゃないですかね? 一応私が同じクラスみたいなんで、見つけたら引っ張っていきますから。それじゃ、陽斗先輩、またね」

 そう言って元気よく手を振りながら智絵里は校舎の中に入っていった。

「元気な子ねぇ。陽斗くんモテモテじゃん。これは、穂乃香さんに言っておかなきゃかな」

「ええっ? も、モテモテとか、そんなんじゃなくて、からかわれただけだよ」

 セラがそう悪戯っぽく言うと、陽斗が慌てて否定する。

 疚しいことなど何もないが、それでも穂乃香に知られるのは抵抗があるのかも知れない。

 その様子を見て、セラがニマニマと口元を緩めるが、陽斗はそれに気づく余裕は無さそうだ。


「う~、あれ? あの人、迷ってるのかな?」

 顔を赤くしてセラの視線から逃れるように顔を背けた陽斗の目に、校門近くで手に持った案内パンフレットを見ながらキョロキョロしている男子生徒が映った。

 新品のブレザーを着ているところを見ても新入生に間違いないが、遠目からでもかなり大柄なのがわかる。

 とはいえ、陽斗はそんなことを気にするわけもなく、その生徒に向かって走っていく。


「えっと、新入生の人、ですよね? 大丈夫ですか?」

「ん? あ、はい、クラス分けの……あれ?」

 男子生徒がパンフレットから顔を上げ声の方を向くが、姿が見えずに首を捻る。

「あの、こっち、です」

 自分よりはるかに上を視線が通り抜けたのに気づき、ワタワタと手を大きく振ってアピールする陽斗。


「え? あ、すんません。先輩? なんですよ、ね?」

「あはは、そうは見えないかも知れないけど、一応2年生です」

 陽斗と並ぶとその身長差がより強調されるようで、目を合わせるためには思いっきり見下ろすか新入生の方が腰を屈めるしかない。

「すんません、無駄にでかくて」

「無駄なんかじゃないよ。僕は逆にちっちゃいから羨ましい」

 見上げる陽斗の頭は男子生徒の胸くらいまでしか届いていない。おそらくは2m前後くらいある男子に対して50cmほどの差がある陽斗は、本気で羨ましそうだ。


「あ、えっと、クラス分けの掲示板はあっちだけど、大丈夫かな?」

「ありがとうございます。オレ、外部入学組なんで、わけわかんなくて。とにかく敷地はでかいし、異世界に迷い込んだみたいっすよ」

「そうだよね。僕も外部からだから最初はびっくりしてばかりだったんだ。でも、しばらくは大変かも知れないけど、優しい人ばかりだから安心してね」

 傍から見ると、熊と戯れる仔犬といったビジュアルのふたりは、どこか似たようなほのぼのとした空気で会話を交わしている。

 一生懸命、先輩として学校のことを説明している様子に、セラは笑いを堪えるのに必死だ。

 やがて、予鈴が鳴ると、大柄な男子は慌てて校舎の中に走っていき、陽斗とセラも次の仕事のために行動へと向かった。



 講堂での式典が終わり、新入生はホームルームと交流時間となるが、在校生はというと、進級早々実力テストを受けなければならない。

 ただ、科目は英語と数学、現国の3教科だけだ。それ以外の科目は選択制となるので授業初日に小テストを行うことになっているらしい。

 陽斗のクラスは2年2組。

 選択は理系で、幸いなことに穂乃香や壮史朗、賢弥、セラに加え、千場、宝田、多田美也といった、一年で仲良くなったクラスメイトともまた机を並べることになった。

 1年の時と顔ぶれがあまり変わっていないというのが奇妙で、どことなく作為的なものを感じるが、そこはそれ、また陽斗と同じクラスなことを嫌がっている生徒は誰もいないようで、陽斗も胸を撫で下ろしている。


 それよりも、始業式のあった前日よりも明らかに陽斗に向ける視線が増えているようでそのことの方が落ち着かない気持ちにさせる。

 このクラスに限っては噂が広がっているというよりは、誕生会に招待されたクラスメイト達がようやくの情報解禁に盛り上がっているという感じだろう。

 ただ、陽斗が皇の後継者だと知って態度が変わったクラスメイトはほとんど居らず、増えた視線のほとんどはあまり交流のない他のクラスの生徒ばかりだ。


「西蓮寺、今日も生徒会か?」

「うん。しばらくは新入生の受け入れとかで忙しいみたいだから」

「俺達は中等部から持ち上がりだからあまり変わらないけど、西蓮寺が先輩ってのもなんか違和感あるな」

「新入生にタメ口きかれそう。舐められたら俺達、はあまり役に立たないから、武藤か天宮に言えよ」


 テストとホームルームが終わって席を立った陽斗に、千場達が軽口を叩く。

 最初の内は遠慮がちに言葉を選んでいた彼等も、今ではこうして本音で話してくれることが多くなり、陽斗は楽しそうに応じている。

「先輩って、あまり呼ばれたことなかったから変な感じだけどね」

 そう言いながらも、やはり後輩ができるということになにか期待する部分があるのだろう。終始笑顔を崩すことなく、陽斗は穂乃香や壮史朗、セラと一緒に生徒会室に向かっていったのだった。

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