第95話 陽斗のアドバイス

「あの、もし生意気に聞こえたらごめんなさい。その、京太郎さんってすごく真面目で責任感が強いんですね」

「はぁ?!」

 陽斗の口から出た予想外の言葉に京太郎が思わず声を上げる。

 壮史朗と穂乃香も意外そうに陽斗を見るが、桜子だけは口元に小さな笑みを浮かべている。


「いや、話聞いてたか? 俺のどこが責任感強いって?」

 京太郎自身、自分の言っていることが無責任だという自覚がある。

 名家の御曹司としての恩恵をこれまで散々受けてきていながら責務を放棄しようとしているのだから当然だ。それに、家の全てを捨てるほどの覚悟があるわけでもない 。

 名家に生まれた者の責任と覚悟を知る穂乃香などから見れば甘えているとすら思われるだろう。

 だからこそ陽斗の言葉は的外れにしか思えなかった。


「えっと、京太郎さんは天宮の家を継ぐっていうことに重圧を感じているんですよね?」「あ、ああ、まぁそうだな」

 陽斗の問いの意図がわからず曖昧に答える京太郎。

「それって天宮家が辿ってきた歴史とか、事業の大変さ、働いている人達の生活をすごく大切に思っているからですよね。その重さがわかってるから、努力しても背負えないかもしれないって思ってて、自分よりも天宮くんのほうが相応しいんじゃないかって考えたのかなって」

「…………」

「きっと本当に無責任な人ならそんなこと考えたりしなくて家のすごいところとか権力とかを振りかざして好き勝手すると思うんです。でも京太郎さんは真剣に考えて、だから跡を継ぎたくない、継いじゃいけないって思ったんじゃないですか?」


「た、多分、京太郎さんって理想がすごく高いんじゃないかな。きっと見えないところでいっぱい努力してて、でも自分の思うとおりにはなかなかできなくて、だから、あの……」 黙って自分をジッと見つめる京太郎や驚いたように見てくる壮史朗と穂乃香の様子に、だんだん自信がなくなって陽斗の声が小さくなる。

「なんで、俺が努力してるって思うんだ? 俺は大学でも適当に遊んで過ごしてるんだぜ?」

 心外だといわんばかりに不満そうな表情をしてみせる京太郎に、陽斗は困ったような顔をする。


「あの、大学の事とかはよくわからないですけど、京太郎さんは天宮くん、壮史朗くんとそっくりだから、きっとすごく努力してて自分に厳しいんだろうなって」

「は?!」

「ちょっと待て西蓮寺、僕と兄さんが似てるだと?」

 先ほどにもまして意外そうな両者。

 陽斗はといえば、逆にその反応を不思議そうに首をかしげる。


「陽斗さん、天宮のご兄弟が似てるというのはどのあたりを見てそう思ったのですの?」

 二人の気持ちを代弁するかのように穂乃香が尋ねる。

「顔とかもどこか似てる気がするんだけど、雰囲気っていうか、努力を人に見せないようにしてたり、本当はすごく優しいのに口では真逆なこと言ったりするところ、かな?」

「プッ、ふふふ、た、確かにそう言われればそんな感じはしますわね。わたくしは京太郎さんとお会いするのは初めてですけれど、これまでの態度を見れば頷ける気がしますわ」

 穂乃香が思わず噴き出し、ごまかすように言葉を続ける。


「チッ、壮史朗と似てるなんて言われるのは初めてだよ。俺はこんなに真面目でも堅物でもないって」

 面白くなさそうに言う京太郎。

 壮史朗も納得がいかないという表情だ。

「それは僕も同意しかねるな。兄さんは器用に何でもこなすが飽きっぽいし、自分のやりたいことを優先するぞ。僕とは違う」

 互いに不満を口にするが、端から見るとその反応は実によく似ていた。

 穂乃香や桜子の視線からそれを感じ取ったのか、兄弟は一瞬目を合わせ、そしてそっぽを向く。


「……納得いかないが、今はいいや。まぁ、そんなわけで俺は跡継ぎの座を弟に押しつけるつもりだ。性格はくそ真面目で面白みはないわ口は悪いわ、兄としては生意気で腹の立つ奴だけど能力は充分だろうよ。少なくとも重みに逃げ出すような俺よりはマシだ」

 ことさらぞんざいな口調で吐き捨てるように言う京太郎だったが、それはどこか無理をしているようにも見える。

 そんな京太郎に、陽斗は躊躇しながらも言葉を紡ぐ。


「その重圧は一人で背負わなきゃならないものですか?」

「跡を継ぐってのはそういうことだろ?」

 そう返す京太郎に陽斗は小さく首を振る。

「僕が働いていた新聞販売店の社長が言っていたことなんですけど、『人間の手ってのは全てに届くほど長くないし、肩は全てを背負えるほど広くなんてねぇんだよ。ちゃんとした器を用意してやるのは経営者の務めだが、それにどんな料理を盛り付けるかはそれぞれが勝手にやることだ。そこまで責任負ってたらキリがねぇ。それに、経営者に必要なのは責任を取る覚悟だけだ。他のことは人の力を借りれば良いんだよ』って」

 大沢社長の真似なのか、声を低くして口調を変えながら陽斗が言う。

 その時の仕草なのだろう、顎に手をやったり首を振ったりと、なかなか芸が細かい。といっても京太郎達は大沢社長に会ったことがないのであまり意味はないが。


「あの、僕は家柄とか経営のこととか全然わからなくて、もしかしたら的外れなことを言ってるのかもしれないですけど、京太郎さんには壮史朗くんもご両親も居て、きっと悩みとか不安とか一緒に考えてくれるんじゃないかって思うんです。だから、全部を背負おうとか考えなくても良いんじゃないかな、そう感じて」

 信頼できる家族が近くに居る。

 陽斗にとってそれは想像することもできずに過ごさざるを得なかった。

 今では重斗も桜子もいるし、和田や比佐子、彩音もそばに居てくれる。陽斗はそれだけで何でもできそうな気がしているのだ。

 京太郎には壮史朗が居る。話を聞く限り、愛情の表し方は上手くないものの両親だって京太郎のためには力を惜しまないだろう。


 そんなふうに感じたまま、陽斗は懸命に気持ちを伝えようと言葉を重ねる。

 それがどれほど伝わったのかはわからない。だが、しばらく黙っていた京太郎が頭を掻きながら小さな溜め息を漏らした。

「お前さんの知り合いの社長さんと俺じゃ立場も経験も違うからな。参考になんねぇよ。けど、言いたいことはわかった。どっちにしろすぐにどうこうできる問題じゃないから少し頭を冷やしてみるよ」

 京太郎の内心は窺い知ることができない。だが、とりあえずはこの返答で満足するべきなのだろう。少なくとも何か考えるきっかけくらいにはなったようだった。


「それじゃあその話はいったん終わらせて、一息入れましょう。飲み物を用意するわ、何が良いかしら?」

 どことなく楽しそうに桜子がそう言って立ち上がる。

「手伝いますわ。陽斗さんはミルクティーでよろしいですか?」

「あ、うん、ありがとう」

 寒くなってからそればかり飲んでいたので穂乃香がそう確認すると陽斗もホッとした表情を見せて頷く。


「私はワインをいただくけど、京太郎君もどう? なんならビールもあるわよ」

「良いんですか? じゃあビールを」

「兄さん!」

「勧められて断る方が失礼だろ? お前もどうだ?」

「ったく、僕はコーヒーをいただけますか」

 桜子の人柄か、場の空気が一気に弛緩して砕けたものになった。


 桜子と穂乃香の手で飲み物が用意されて各自に配られる。

 それを口にしながら京太郎が学園のことを聞いてきた。というか、多分に弟をからかう意図があるようで、ニヤニヤと口元を歪めながら壮史朗に目をやっている。

「コイツ、くそ真面目だろ? 友達なんて居ないんじゃねぇかって心配してたんだよなぁ」

「余計なお世話だ!」

 京太郎を睨みながらピシャリと言葉を封じる。が、陽斗は納得できなかったのか真正面から否定した。


「壮史朗くんは言葉はぶっきらぼうだけど、すごく優しいです。僕はいつも助けてもらってて」

「お、おい、西蓮寺」

「それに周りのこともすごくよく見てるんですよ。誰がどんな行動をしてて、どんなことが起きそうかっていつも考えて、さりげなく手を貸したりしてるんです。他にも頭が良くて勉強も教えてくれるし、僕が先輩達に囲まれて困ったりするとすぐに来てくれて」

 陽斗が一生懸命言うたびに壮史朗の顔が紅くなっていく。

「へぇ~、スゴいですねぇ壮史朗くん?」

 ますます笑みを深める兄に一瞥をくれると、壮史朗はなんとか矛先を代えるべく言い返す。


「た、たまたま近くに居て目に入ったから口を出しただけだ。というか、西蓮寺はいつも四条院と一緒に居るんだから僕が何かする隙もないぞ。なにしろ四六時中イチャイチャしてるから居心地悪いからな」

「い、イチャイチャ、そ、そんなことしてません!」

「はぅ……」

 思わぬ飛び火に焦る穂乃香と耳まで紅くなる陽斗。


「あ、天宮さんこそ、最近よくセラさんと話をしているところを見かけますよ。ずいぶんと仲良くなったのですね」

「おっ、その話詳しく!」

「か、関係ないだろ! 余計な事を言うな!」

 良家の子女とはいえ、話が弾めばやはり普通の青少年。

 この後はしばらく賑やかさが続き、桜子はその様子を嬉しそうに微笑みながら見守っていた。



「それじゃ、そろそろ帰ります。本日はありがとうございました」

「あ~、俺の情けない悩みに付き合わせて申し訳なかったです。けど、この機会を作ってくださって感謝してます」

 一通りの会話が落ち着き、時計を見るとすでに結構な時間が過ぎていることに気づいた壮史朗と京太郎は深々と頭を下げて礼を言った。

「いいえ、今日のことは陽斗にとっても有意義だったと思うわ。それと、悩むことは悪いことじゃないわ。家を継ぐ継がないなんて今しか悩めないんだから沢山悩んで考えなさい。きっと最善の道が見つかるはずよ。それでもまだ答えが出せないならまた機会を作るわよ」

 桜子がそう応じると、京太郎は真剣な顔で頷いた。


 最後にもう一度頭を下げて部屋を出て行く兄弟を陽斗がホテルの玄関まで見送る。

 そして部屋に残された桜子と穂乃香。

「穂乃香ちゃん、少し協力してくれないかしら」

 そう言った桜子に穂乃香は首をかしげながらも首を縦に振る。

「そろそろ良い機会だと思うのよ。あのね……」

  

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