第70話 新生徒会発足

 黎星学園高等部の科目棟にある生徒会室。

 その会議室には40人ほどの生徒と2人の教員が集まっていた。

 円卓に置かれた椅子では足りないため折りたたみのパイプ椅子が用意されている。

 そして、円卓の一番奥側の席、つまり中央の席に座っているのは2年の鷹司雅刀である。

 雅刀は2週間ほど前に行われた生徒会長選挙で対立候補なしの信任投票で無事会長に就任することが決まり、翌週に公表された新しい生徒会執行役員の信任投票も昨日無事に終わった。

 結果は特に波乱もなく全員が信任されることとなった。

 

 元々新会長が指名する役員が不信任になることはほぼない。信任されないような人選を行う生徒がそもそも会長となることはないからだ。

 そのことを理解している他の役員は落ち着いたものだったが、いまいち理解しきれていなかった陽斗は結果が出るまで不安と緊張で落ち着かなかったようだ。

 といっても、陽斗の場合、自分が信任されるかということよりも、信任されなかったら雅刀に迷惑を掛けてしまうことになるのが不安だったのだが。

 ともあれ、無事に執行役員が決まり、今期で抜けてしまう3年生の生徒会役員の補充も順次行うことになっている。

 というわけで、今日が新しい生徒会によって行われる最初の生徒会役員会議である。

 

 なので今回の会議には前任の役員と信任の役員が一同に会しているためにこれだけの人数になっている。

 議題としては前任者の退任の挨拶と、新会長の所信表明、新役員の挨拶という、これといって特徴の無い内容だ。

 そして、会議の後から月末までの間に前生徒会執行役員から引き継ぎを行いつつ、来月にある文化祭、黎星祭の準備を進めることになっている。

 この黎星祭が新生徒会による最初の学校行事というわけだ。もっとも実際には来月早々に各クラスの委員長や課外倶楽部の部長、各委員会の代表などが集まる生徒会総会があるが。

 

「それでは時間になりましたので生徒会役員会議を始めます。この度、第67期生徒会長に就任した鷹司です。前期は副会長として執行役員に従事していましたからほとんどの人は知っていると思いますが、改めてよろしくお願いします」

 まず雅刀がそう挨拶する。

 すでに今回の会議から新生徒会によって進行されることになっている。

 雅刀に続いて、前任の会長、琴乃の挨拶、それから順に退任する役員が簡単に挨拶し、次は信任の役員が挨拶をする。

 

「陽斗さん、大丈夫ですの?」

「は、はい、大丈夫? だひょ」

 他の役員達が落ち着いた様子なのに陽斗だけは緊張のあまりガチガチになっている。はっきりいって頼りがいという面では役員として不合格だろうが、それを見ている周囲の視線はけして冷たいものではない。

 入学してから半年、幼く見える外見に似合わず、陽斗は何事にも真面目に一生懸命役割をこなしてきた。

 そしてオリエンテーリングや穂乃香の誘拐未遂事件の時のように驚くほどの行動力を見せることもある。

 新旧の役員達は誰もがそれを知っているので温かい目で見守っているというわけだ。

 そもそも外見的に頼りがいをアピールするタイプでは無いのだし、雅刀もそんなことを要求するために副会長にしたわけではない。

 もちろんいつまでも人前で緊張してしまうというのは問題だろうが、生徒会自体がある意味で訓練の場と見なされているのでこれから慣れていけば良いのだ。

 

「副会長に指名されました四条院穂乃香です。いまだ若輩の身ではありますが、学園生から信任されたからには精一杯務めさせていただきます。

 鷹司会長を支え、生徒会が円滑に運営できるよう努めたいと考えております」

 教職員から指名されて就任した監査役に続いて穂乃香が挨拶する。中等部で生徒会長を務めていただけあって慣れた様子でそつなく簡潔に終えた。

 次が陽斗の番だ。

 ガタンと意図せずに大きな音を立てながら立ち上がった陽斗。

 すでに見るからにいっぱいいっぱいの様子である。

 雅刀を挟んで反対側に座っている穂乃香が心配そうに陽斗を見つめている。それも思わず拳を握りこんで。

 傍から見ると初めてのお使いを見守る母親のようにも見えなくもないのだが、幸いそれを笑う生徒はここにはいない。

 というか、少なくない生徒が似たような心持ちで陽斗を見守っていたりする。

 中には小声で「頑張れ」などと言っている女子生徒がいるくらいだ。

 

「あ、あの、ぼ、僕にちゃんとできるか不安はあると思いますけど、皆さんの足を引っ張ったりしないよう頑張りますのでよろしくお願いします!」

 なんとかそれだけ言うと再び席に座る陽斗。

「西蓮寺さん、これから生徒の代表の一員として活動するのですから虚勢を張ってでも堂々とした方がよろしいですよ? そうでないと指示を受ける他の役員や一般生徒が不安になってしまいます」

「は、はい、ごめんなさい」

 陽斗の挨拶に苦笑を浮かべながら琴乃が苦言を呈した。

 これも退任する会長としての手向けという意味があるのだろう。厳しい言葉の中にも思いやりと激励の気持ちが込められているのを感じて素直に頷く。

 

 その後も会計や書記、庶務などの新しい執行役員が挨拶をしていく。

 幾人かは前執行役員からの留任という生徒もいるし、新任の執行役員も全員が平役員から選ばれているので顔見知りだ。

 特に波乱が起きることもなく就任の挨拶が終わり、続いて琴乃をはじめとする退任する役員の挨拶が行われた。

 こちらはこれまでのお礼と新しい役員に対しての激励やアドバイスを交えたものが多い。

 そしてそれが終わると雅刀による所信表明だ。

 

「僕は前任の錦小路会長の路線を踏襲しつつも、普通科と芸術科の交流を増やしたいと思っています。

 人と交流の輪を広げることは視野を広げ、将来の選択肢を増やすことにも繋がります。今はどうしても家同士の繋がりを中心とした交友関係が多いのが実情ですが、外部入学者や芸術科とは特別な行事以外で交流する機会が少ない。

 それを今回副会長をお願いした二人を中心に、交流の機会を増やしていきたいと考えています。

 皆さんにも協力をしてもらい、これまでなかなか接点を持てなかった生徒達が幅広く交友関係を持てるようにしていくつもりです」

 最後に雅刀がそう言って会議を締めくくった。

 

 こうして新生徒会がスタートしたわけだが、前任の役員も今月末までは引き継ぎのためにまだ顔を合わせるので殊更別れを惜しむようなことはない。

 前任、新任が混ざって談笑したり、用事でもあるのかそそくさと部屋を出ていく生徒もいる。

 そして陽斗と穂乃香はというと、生徒会室に残ることなく別の場所に向かっていた。

 場所は生徒会室のある科目棟にほど近い食堂だ。

 

 黎星学園の食堂は昼休憩の時間以外はサロンとして開放されており、飲み物や軽食を頼むこともできるようになっており、放課後には多くの生徒がコーヒーや紅茶などを飲みながら交流している姿がよく見られる。

 陽斗と穂乃香が食堂に入って席を見回すと、奥側で陽斗達に手を振るセラの姿があった。同じテーブルには壮史朗と賢弥の姿もある。

 陽斗が足を速めてその席まで行く。もちろん穂乃香もその後に続いている。

 

「待たせちゃってごめんなさい」

「大丈夫だよ。そんなに待ってないし、3人でいれば退屈もしないからね」

 セラが屈託なく笑いながら応じ、壮史朗と賢弥も気にするなと頷く。

 先日の誕生会以来、陽斗はセラ達とより一層親密になれたような気がしていて、これまで以上に無防備な笑顔を見せている。

 セラ達も陽斗のことを深く知ることで、より優しく接してくれるようになっていた。今では互いにからかったり冗談を言い合ったりできるようになりつつある。

 

「時間を取っていただいてありがとうございます」

 穂乃香も陽斗の様子に笑みを浮かべながら席に座り、そう言って頭を下げた。

 そう、この日、食堂にセラ達が待っていたのは陽斗と穂乃香が呼んでいたからだ。

 普段、部活や生徒会が無い日に時折集まって雑談を交わすことはあるが、今回は事前に声を掛けて時間を空けてもらったのだ。

「今日は弓道部もなかったから問題ない。特に予定もないしな」

 相変わらず皮肉っぽい言い方ではあるが、壮史朗が案外付き合いが良くて照れ隠しに斜に構えた発言をすることをいいかげん穂乃香達もわかっているので以前のように眉を顰めるようなことはなくなっている。

 

「もう、素直じゃないなぁ。陽斗君から相談があるって言われて、何か困ったことでもあったのかって心配してたくせに」

「な?! か、勝手に話をつくるな!」

 ニヤニヤして混ぜっかえすセラに突っかかる壮史朗の姿ももはや見慣れたものだ。

「それで? 相談というのは生徒会のことか?」

 こういう時に冷静に話を本筋に戻すのは賢弥の役割となっている。

 

「あ、うん。あのね、僕と穂乃香さんが副会長になったでしょ? でもそうなると役員の数が足りなくなっちゃって、賢弥君たちに引き受けてもらえないかなって思って」

「例年のことですけれど、3年生の役員が退任されますし、課外活動や家の事情で辞められる方もいらっしゃるのですわ。それで、前任との引き継ぎが終わる前に役員を補充する必要があるのです。

 1年生で辞める方は居りませんが、わたくしと陽斗さんが執行役員になりましたし、もうひとり書記になった方もいるので1年生役員が足りなくなってしまうのです。お願いできませんか?」

 陽斗と穂乃香の言葉に壮史朗は眉間に皺を寄せる。

 

「ん~、私はやっても良いよ。料理部と兼任なのは穂乃香さん達と同じだし、陽斗君の手助けするのも楽しそうだしね。あ、天宮君ももちろんOKだよ」

「だ、だから勝手に決めるな!」

 快諾しつつ自分も強制参加させようとするセラに抗議する壮史朗。

「天宮君、ダメ、かな?」

 壮史朗の抗議を早とちりして残念そうに聞く陽斗。

 もちろん無意識の上目遣いと沈んだ声のコンボ攻撃である。

「い、いや、駄目というわけじゃないんだが……ああ、もう! わかったから! 引き受けるさ! だからそんな残念そうな顔をするな!」

 あっさり白旗を揚げる壮史朗。

 なんだかんだ言っても陽斗に甘いのだ。

 

「あ、ありがとう!」

「俺は止めておく。手伝ってやりたいのはやまやまだが、さすがに同じクラスで生徒会役員が5人は多すぎるだろう。他のクラスから不満が出るかもしれないからな。もちろんスポット的な手伝いなら声を掛けてくれれば力は貸すつもりだ」

 賢弥はそう言って辞退する。

「それも一理あるかもしれませんわね。ですが、協力いただけるというのなら助かりますわ。陽斗さん、外部の協力者という形でも関わっていただけるのなら良いのではありませんか?」

「うん、そう、だね。賢弥君、ありがとう! セラさんと天宮君も、これからよろしくね!」

 賢弥に断られて残念そうにしていた陽斗も気を取り直して3人に頭を下げた。

 

 こうして陽斗の学園生活の新しいページが開かれることになったのだった。

 そして、その最初のイベントが来月に行われる文化祭、黎星祭である。

 

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