第71話 重斗の告白、桜子の企み

申し訳ありませんでした!

結局2週も空いてしまいました。

更新するする詐欺師の古狸でございます。


ともかく、なんとか今週は更新できましたので、本編どうぞ!



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「ん~~~!」

 自室の書斎で陽斗は大きく伸びをする。

 机に広げられているのは英語のテキストと問題集。

 事前に決めたところまで問題を解き終えて答え合わせをしたところだ。

 英語は陽斗の苦手科目だが、2学期に入ってから時々穂乃香に教わるようになり、少しずつ克服しつつある。

 穂乃香の教え方はもちろん、勉強を進める上で有用な参考書や、学園のカリキュラムに沿った問題集なども教えてくれたのでそれを使って毎日勉強に励んでいる。

 もっとも、性格的な問題で話す方スピーキングはあまり上達しているとは言えないが。

 

 授業の復習と予習も含めたノルマを終えて時計を見ると針は午後9時を刺している。

 寝るには早すぎるのでしばしの自由時間となるが、こういった場合に陽斗がすることといえば本を読むか、リビングで映画を観るかだ。

 陽斗は書庫に足を向けかけ、足を止める。

 先程まで勉強していたこともあり、少し目を休ませないと悪くなってしまうような気がしたのだ。

 それならばレミエと遊ぼうかと考えて書斎を出る。

 

「ん、陽斗、休憩か?」

「お祖父ちゃん?!」

 リビングに入るとソファーに座っている重斗に声を掛けられて驚く。

 いつもなら重斗は用事があるときは事前に陽斗にそのことを告げてくる。

 もちろんそれは陽斗のことを気遣ってなのだが、陽斗はそれを何となく察してはいても、いつだって来て良いと思いつつそれをどう伝えたらいいのかわからずにいる。陽斗自身も同じようにしているのだから、まだ互いにどこか遠慮があるのだろう。

 

「私もいるわよ」

「桜子さん、えっと、いらっしゃい?」

 同じ家に住んでいる相手なのでどう言って迎えれば良いのか分からない陽斗はヘンテコな言葉を返しつつ、それでも笑顔をふたりに向ける。

 重斗に促されて陽斗が正面のソファーに浅く腰掛けると、湊が3人分のミルクティーを淹れて持ってくる。

「突然すまんなぁ」

「う、ううん、僕はお祖父ちゃんが来てくれるならいつでも大丈夫だから」

 ずっと言おうと思っていた言葉がスルリと簡単に口から出てくれる。

 そのことに重斗はわずかに目を見開いた後、嬉しそうに頷いた。

「そうか、儂の部屋にもいつでも遊びに来ると良い。いつでも大歓迎だ。菓子も用意しているからな」

 扱いが小さな子供に対するようなもの言いだが、陽斗もまた笑顔で頷く。

 

「さて、実は陽斗に話さなければならないことがあってな」

「話? う、うん」

 ミルクティーを一口飲み、改めて重斗が口を開く。

 その表情は真剣で、陽斗は緊張した顔で身体を強張らせる。

「ちょっと、兄さん! そんな恐い顔したら陽斗が不安になるでしょ! もう、私が話すから」

 様子を見ていた桜子が呆れたように口を挟む。

 その軽い口調に、陽斗の肩から力が抜ける。

 

「陽斗は父親の、お父さんのことは何か聞いてる? 多分兄さんはロクに話してないでしょうけど、和田さんとか比佐ちゃんから教えてもらっていたりするのかしら?」

 桜子からの唐突な問いに、陽斗は首を横に振る。

「あの、お祖父ちゃんから少しだけ、ですけど、その、この間、賢弥くんのお父さんから」

「賢弥、ああ、武藤君の長男だったな。そうか……陽斗、すまんかったなぁ。儂としてはどうしても葵をおいて先に亡くなってしまった佑陽くんに対して複雑な気持ちがあるから、陽斗に父親に変な先入観を持たせたくなかったのだ」

「葵ちゃんと佑陽君は歳が離れてたせいで、最初、兄さんは結婚に反対していたのよ。彼の人柄や能力は認めていたんだけどね。それでもふたりが全然諦めなくて、とうとう頑固な兄さんも認めて結婚したわけ。でも、結婚後すぐに事故で亡くなって、陽斗が誘拐されて、葵ちゃんまでが……

 全部佑陽君に責任が無いのはわかってても、どうしても恨み言が言いたくなっちゃうのよ。けど、そんなの陽斗に聞かせて、父親を悪く思ってしまったらって考えたのよ」

 

 桜子の言葉と、気まずそうな重斗の表情で理由を知った陽斗は、小さく笑みを浮かべて首を振った。

 そもそもが陽斗自身、父親のことを聞こうとしていなかったし、重斗が話さなかったのも陽斗を気遣ってのことだ。

 そういう事情ならば和田や比佐子に聞いていれば教えてくれていただろうし、結果的に賢弥の父から教えてもらえている。陽斗に不満などない。

「僕が勝手に、聞いちゃいけないかと思ってただけだから。それに父さんがどんな人だったのかは聞けたし、僕がお父さんとお母さんにちゃんと大切に思われてたのがわかったからもう大丈夫。それに、今はお祖父ちゃんと桜子さんがいてくれるから、わぁっ?!」

「陽斗、なんて良い子なのかしら! そうよ! 今は私と兄さんがそばにいるんだからね!」

 言葉の途中で、対面のソファーにいたはずの桜子がいつの間にかすぐ目の前にいて、陽斗をギュウ~っと抱きしめた。

 そして重斗はというと、普段の気難しげな顔を滂沱の涙でデロデロにしていた。

 

 桜子に強く抱きしめられて陽斗の意識が遠のき始めた頃、ようやく落ち着いた重斗が桜子を引き剥がし、話を再開させる。

「ゴホンッ。あ~、そろそろ本題に入らねばな。

 今日儂等が陽斗に話そうとしているのは佑陽君のことではない。いや、佑陽君に関係することなのだが、佑陽君自身ではなく、彼の両親について、だ」

 桜子が元の位置に戻り、表情を改めた重斗が難しい顔で口を開いた。

「あ、そっか、お祖父ちゃんはお母さんの方の祖父だから、お父さんの方にも居るんだ」

「うむ。佑陽君の両親はまだ健在だ。ただ、佑陽君はその両親とは絶縁している。彼の意志でな」

 そう言って重斗は知る限りの事情をできる限り簡潔に感情を込めずに陽斗に聞かせる。

 佑陽の学生時代や社会人になってからの両親との関係や結婚前後のエピソードなど、重斗が知る限り全てだ。そして絶縁に至った経緯も。

 

「まぁ、控えめに言って人間としては腐ってるわね。正直今でもあの両親から佑陽君が生まれたのが信じられないわよ」

 桜子は佑陽の葬儀での出来事を付け加えてから感情丸出しで切り捨てる。

「陽斗にとってはそれでも一応は祖父母にあたる。……その彼等が陽斗に会いたがっているのだ」

「僕に?」

 意外な申し出に驚く陽斗。

 ここまでの話で重斗や桜子が父方の祖父母に良い感情を持っていないことはわかる。それなのに何故会わせようとするのかがわからなかった。

 

「儂自身は彼等を信用していないし嫌ってもいる。だから本音を言えば陽斗と会わせたいとも思っていない。だが、彼等が佑陽君の両親であり陽斗の祖父母であることも否定しようのない事実だ。儂の一方的な考えで陽斗の気持ちを蔑ろにしてもいいものかと思ってな」

「私達としては会わせるにしてももっと陽斗が落ち着いて、いろいろな判断を自分でできるようになってからと考えていたの。でも、どこから嗅ぎつけてきたのかは知らないけど、先日、陽斗に会わせろって押しかけてきたのよ。連中がどんだけ騒いだところでこの家に居る限りは問題ないんだけど、何をしでかすかわからないし、しつこそうだから、余計な事を吹き込まれる前に、この際きちんと説明して陽斗の意思を聞いておこうということになったの」

 

 実際、重斗達は陽斗に父方の祖父母のことを秘密のままにしようとは思っていなかった。

 好む好まざるに関わらず、血の繋がりがある以上、いつかは必ず接点が生まれてしまうことだろう。将来的に重斗の跡を継ぐという話になれば尚更だ。

 だから陽斗の心身が充分に癒え、知識や経験を積んで冷静に物事を判断できるようになった頃、きちんと話すつもりでいた。

 それまでに死んでいてくれたらと思わなかったわけではないが、別に時間稼ぎをしていたわけではない。

 ところが、それよりもずっと早く向こうの方から陽斗の生存を嗅ぎつけてやって来てしまった。

 この事は重斗にも責任がある。

 いずれ陽斗が重斗の孫として社交界に出る時に、各方面の混乱を避けるため少しずつ陽斗の情報を出し始めていたのだ。

 おそらくはそれを聞きつけて陽斗のことを知ったのだろう。

 これに関してはさすがにまだ早すぎたと桜子や和田から叱られ、重斗も陽斗との再会に浮かれすぎていたことを反省している。

 

 話を聞いた陽斗は、混乱しながらもなんとか頭の中を整理する。

 陽斗としては、父親のことすら先日ようやく知ったばかりであり、その祖父母に関してはまったく意識していなかった。

 改めて話を聞いてもまったく実感が湧かないし、重斗や桜子が嫌っているのならそれを押し切ってまで会いたいかと問われても即答はできなかった。

 血の繋がった親族に対する憧憬に似た気持ちはある。だから会ってみたいという衝動がある一方で、自分のことを必死になって探し、救い出してくれた重斗と、過剰気味なスキンシップや突拍子もない言動で振り回されることもあるが決して陽斗に嫌な思いをさせないように気遣ってくれる桜子がいればそれで良いという気持ちもある。

 友人にも恵まれ、今が幸せだと心から思っているだけに傷つくことを怖れてもいた。

 

「えっと、お父さんの方のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんに興味はあるから会ってみたい気もするけど、あの、でも、僕にはもうお祖父ちゃんや桜子さんが居て、もう充分幸せで、その、お祖父ちゃん達が好きじゃない人に無理に会わなくても良いかなって」

 気持ちを整理しつつ、なんとか言葉にする陽斗。

 やはり何度考えても、陽斗にとって、辛い生活から救ってくれた重斗が一番大切だという気持ちは揺るがない。

 だから重斗が望まないなら陽斗も会おうとは思わなかった。

 辿々しくも陽斗が気持ちを伝えると、重斗は少し照れくさそうに、それでも嬉しさを隠しきれない様子で相好を崩した。

 

「でも興味はあるのよね?」

「そ、それは、うん、そうだけど」

 何かを考えながら聞き返す桜子に、陽斗は戸惑いながらも小さく頷いた。

「ああ、別に責めてなんかないわよ。陽斗の立場ならそれが当たり前だし。それに、陽斗が会いたくないと言ってるってあの連中に伝えたところで、間違いなく諦めないわよ」

「うむ、そうだろうな」

 桜子の指摘に重斗も同意する。

「そ、それじゃあ、僕が直接電話とかして断ったら良いのかな」

「連中は陽斗の声など知らんから、そうしたところで偽物だなんだと騒ぐだけだろう」

 重斗が面倒そうな表情を浮かべて首を振った。

 

 重斗の力を持ってすればあの連中を近づけさせなくする方法などいくらでもある。

 とはいえ、性格に難があるとしても陽斗とは血の繋がった祖父母だし、明確に敵対したわけでもない相手に強権を振るうのは躊躇いがある。

 なので、桜子はその打開策を提示した。

「だから、いっそのこと陽斗と会わせましょう。

 陽斗の学校はもうすぐ文化祭でしょう? たしか黎星祭、だったわよね」

「? う、うん」

「2日目は招待客が入場できることになってたはずよ。この屋敷に呼んでも何重にも猫を被って正体を表さないでしょうけど、子供達ばかりの学園なら仮面の紐も弛みやすいはず、そこでしっかりと本音を暴露してもらうことにしましょう」

 そう言って桜子は詳細を話し始めたのだった。

 



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冒頭にも書きましたが、2週も空いてしまって申し訳ありませんでした。

思いの外書籍化作業に時間が掛かってしまい……


まぁ、言い訳になってしまうんですが、Web版よりもキャラをひとり増やしたり、エピソードを追加したりで結局4万字くらいの追加と、2万字くらいの修正が入ったので。

その分、Web版にはない楽しみが追加されているとは思うんですが……


ともかく、今後はできる限りきちんとお約束は守れるように頑張ります。

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