第67話 友人のお宅訪問

 9月も後半となった週末。

 黎星学園から車で40分ほど走った市の郊外にある日本家屋の前に陽斗の乗った白いリムジンが停車する。

 郊外ということもあって周囲には所々田んぼや畑なども点在しているが、比較的大きな敷地の家が多く建ち並んだ住宅地である。

 リムジンが停まった家も都市部の住宅と比べるとかなり広く、土地自体の大きさは200坪ほどはありそうだった。

 建物は平屋で、二棟が廊下で繋がっている構造となっているようだ。

 

「いらっしゃ~い! 天宮君と穂乃香さんもさっき来たところよ。入って、入って!」

 リムジンを降りた陽斗を出迎えたのはセラだ。

 お彼岸を過ぎたとはいえ昼間はそれなりに暑く、今も夏を思わせるほど強い日差しが降り注いでおり、セラの私服姿もかなり開放的なものだ。

 ノースリーブの肩から見える素肌にドギマギしながら陽斗が頭を下げる。

「あの、今日はお招き頂いてありがとうございます」

「も~、そんな堅苦しい挨拶なんていらないって! 賢弥達も中で待ってるからおいでよ」

 黎星学園に外部進学したからにはセラもそれなりの家柄の令嬢なはずなのだが、彼女はいつも気さくで朗らか、令嬢然とした雰囲気が無く接しやすい。ごく普通の女子高生そのものだ。

 

 そんなセラに促された陽斗は、同乗していた湊から一抱えはありそうな箱を注意深く受け取ると、それを持ったまま建物に入っていった。

「ん、来たか。先に謝っておく。うちには騒がしいのが多いから迷惑を掛けるかもしれん」

「ううん、僕の方こそ、招待してくれてありがとう。あの、これ、僕が作ったんだけど」

「あ、私が受け取っておくわ。言ってたやつだよね? 楽しみにしてたのよ! わっ、結構重い!」

「チビ共の手が届かないところに置いておけよ」

 玄関を入ったところで賢弥が待っており、陽斗と忙しない挨拶を交わす。

 

 この日、陽斗が訪れたのは友人の武藤賢弥の自宅だ。

 セラや賢弥との挨拶でもわかるように、陽斗がここに来たのは招待されたからであり、話は陽斗と穂乃香が来期の生徒会副会長を打診された翌日に遡る。

 

 

 食堂で陽斗、穂乃香、壮史朗、賢弥、セラといったいつものメンバーで昼食を摂りながら、副会長に推薦されたことを穂乃香が説明した。

「穂乃香さんは当然だと思うけど、陽斗君は意外だよね」

 実に率直なセラの言葉に、陽斗は困ったように笑みを浮かべながら頷いた。

「うん、僕もそう思うけど、せっかくだからやってみようかなって」

「ふん、どうせ断り切れなかったんだろうが、無理はしない方が良いぞ。生徒会の執行役員の中でも副会長職は多忙らしいからな」

「だから四条院と二人体制にしたんだろう、鷹司先輩は周到な性格だからな。執行役員の職務は一人で出来る事じゃないから、陽斗が人を頼ることを覚える良い機会かもしれん」

 

「でもさぁ、やっぱり大変そうじゃない? お姉さん心配だわ」

「同じ歳だろう!」

 いつの間にか始まるセラと壮史朗の掛け合い。

 陽斗はこの空気感が楽しくて声をあげて笑う。これも中学時代までは滅多になかったことだ。

「そう言えば、みんなの誕生日聞いたことなかった。穂乃香さんと天宮君の誕生日っていつなの?」

「わたくしはもう過ぎていますわね。7月の28日ですわ」

「僕は10月だ。10月5日」

「ふふん、天宮君より私の方がお姉さんね! というか、穂乃香さんが一番早いんじゃない? 陽斗君は?」

「ぼ、僕は3月の14日? だったと思う」

「決まり! 穂乃香さんが一番お姉さんで、私がその次。キミタチは弟ね!」

「誰が弟だ! っていうか、都津葉はいつなんだよ」

「私は9月18日、明後日ね。ちなみに賢弥は26日よ」

 どこの学校でも交わされるだろう誕生日の話題。当然それは大して意味のない雑談なのだが、ふと何かを思いついたようにセラが唐突にある提案をした。

 

「あのさ、来週末に賢弥の家で誕生会をするんだけど、陽斗君たちも来てくれない?」

 

 

 そんな経緯で招かれた陽斗は、賢弥の家の大広間に通された。

 そこには大きな座卓が2つ置かれていて、すでにいくつかの料理が雑然と並べられている。

 そしてそこに壮史朗と穂乃香の姿もあった。

 他には小学生高学年くらいの男の子が二人と低学年くらいの女の子が一人。男の子達は壮史朗に、女の子は穂乃香にいろいろと話しかけている。

 陽斗と賢弥、セラが部屋に入ると中に居る人数はそれだけで8人。だが大広間の広さは20畳ほどはありそうで、スペースにはまだまだ余裕がある。

 

 事前に聞いていた話では、この家は元々武藤家の持ち家なのだが、別に特に資産家というわけではなく代々農家を営んでいたために広い土地を持っていただけらしい。

 賢弥の祖父までは農業をしていたが、周辺に開発の話が持ち上がったことを切っ掛けに所有する農地は売却して宅地になったということだ。

 賢弥の父親は雇われとはいえ大企業の経営者であり、それなりに裕福な家だと言えるだろう。ただ賢弥を含めて5人兄妹なのでそれなりに大変なのだろうとは容易に想像できるが。

 

「ほらほら、お客さんにまとわりついてないでアンタ達も少しは手伝いなさい!」

 そんな言葉と共に部屋に入ってきたのは長身で体格の良い中年、というと怒られそうな女性だ。

 両手には山盛りの料理が乗せられた大きな皿をふたつ持っている。

「ちぇ! にーちゃん、また教えてくれな!」

「くれな!」

 男の子二人がつまらなそうに壮史朗から離れていかにも渋々といった様子で部屋から出ていった。

 解放された壮史朗は『助かった』という表情で大きく溜息を吐く。何を話していたのかはわからないがかなり質問攻めに遭っていたらしい。

 一方、穂乃香の方は穏やかなやり取りだったらしく、母親に言われて名残惜しそうな女の子に優しく微笑みかけて『また後で、ね?』と諭していたようだ。

 

「西蓮寺、来てたのか」

「陽斗さん、気付かず申し訳ありません」

 壮史朗と穂乃香が陽斗に気付く。

「ううん、今来たところだから」

 首を振りながら手招きされた穂乃香の隣に正座する。もちろん説教を受けるからではなく、陽斗は座卓に正座以外で座ったことがないからだ。それに穂乃香も正座しているのでそれに釣られたということもある。

 

 陽斗達が挨拶を終えたタイミングで、また別の人物が料理の載ったお盆を手に大広間に入ってきた。中学生位の女の子だ。

「あの、ごめんなさい、弟たちが」

 お盆を一旦畳の上に置き、壮史朗に頭を下げる女の子。

「あ、いや、少しだけ面食らっただけで嫌だったわけじゃない」

 素直じゃない壮史朗は、こうやって真っ直ぐに頭を下げられると弱い。文句を言うわけにいかずに気にしていないと言うだけだった。

「あら? 貴女は確か武藤、美鈴さん、だったかしら?」

「は、はい! もしかして覚えていただけているんですか?」

「ええ、去年のクラス委員長でしたわね。とてもハキハキしていて印象に残っていますから。武藤さんの妹さんだったとは知りませんでしたが」

「言われてみれば、僕も会ったことがあるな。失礼した」

 

「えっと、西蓮寺陽斗先輩、ですよね? あの、兄がいつもお世話になっています! 無愛想で言葉もキツイし目つきも悪いけど、性格はそんなに悪くないので、これからもよろしくお願いします!」

「プッ! く、ふふふ」

「美鈴、余計なことを言うな!」

 女の子、武藤美鈴の言葉に吹き出すセラと憮然として叱る賢弥。

「賢弥君はすごく優しいよ。いつも僕のことを助けてくれるし、凄く頼りになるから、僕の方がお世話になってる。それに凄く格好いいし、それに……」

「陽斗も、いちいち答えなくて良い!」

 陽斗の混じりっ気なしの賛辞に、賢弥が珍しく慌てた声をあげる。

 

「くくく、武藤が慌てるなんて珍しいものが見れたな。良かったじゃないか、頼りになる賢弥君?」

 壮史朗まで賢弥をからかい始める。が、壮史朗も陽斗の素直さを甘く見ていたようだ。

「? 天宮君もとても頼りになるよ? ちょっと口は悪いけど間違ったことは一度も言ったことがないし、いつも心配して手助けしてくれるから。それに、凄く努力してるのに絶対にそれを自慢したりしないし」

 今度は壮史朗の顔が赤くなり、そっぽを向いて誤魔化そうとする。予想外の方向からカウンターが飛んできてなかなかのダメージである。

 

「モグモグ、持ってきたぞ~!」

「ムシャムシャ、おいしいぞ~!」

 そうこうしているうちにあの賑やかな男の子達が大きな皿に山盛りの鶏唐揚げを持ってやってくる。

 口をモゴモゴ動かしているところを見るとしっかり摘み食いをしているらしい。

 いつものことなのか、賢弥も美鈴も小さな溜息を吐くだけで何も言わなかった。

 男の子達はテーブルに皿を置くと、唐揚げを摘んでまたパクリ。そして周囲を見回して、陽斗と目が合った。

 

「知らない人が増えた!」

「ダレだお前!」

 いかにも新しいオモチャが見つかったと言わんばかりに目を輝かせて陽斗の前に来る。

「えっと、賢弥君とセラさんのクラスメイトの西蓮寺陽斗です。よろしくね」

 陽斗がそう挨拶すると、二人は疑わしげな視線を向ける。

「くらすめーと、って、ウソだぁ! 俺より小っちゃいじゃん!」

「僕より小っちゃいじゃん! ウソついたらダメなんだぞ!」

 ビシィッと指さしながら陽斗に叫ぶ小学生男子。

「あぅ、ほ、本当だよ。確かに背は低いけど、ちゃんと高校生だから」

 

「「ウソつ……ウギャッ!」」

 息ぴったりにさらに言おうとした二人だったが、これまたピッタリに悲鳴を上げる。

「いいかげんにしろ。失礼すぎる」

「「ゴメンナサイ」」

 賢弥のゲンコツをくらって涙目で謝る兄弟の姿に和やかな空気が流れた。

 そんな中、再び大広間の襖が開いて今度は大人達が姿を現す。

 

「すまん、遅くなったな。ああ、賢弥の友達だね。私は賢弥の父親の武藤洋介ようすけ。息子が世話になっている」

「僕はセラの父、都津葉わたるです。こちらは妻のエミリー」

 穏やかな笑顔で自己紹介をする大人達に陽斗達も挨拶を返した。

「ほら! そんなところで固まってないで座ってちょうだい!」

 そこに最後の料理を手に賢弥の母親と飲み物を持って美鈴と末の娘である日菜乃ひなのが入ってきた。

 

「ああ、そうだな。それじゃみんな座ってくれ。今日は久しぶりに都津葉家と一緒の誕生会だし、初めて賢弥の友達も参加してくれたから楽しくなりそうだ」

「そうねぇ。まぁうちはいつも騒がしいけど、賢弥が友達連れてくるなんて珍しいから張り切っちゃったわ。沢山食べてね」

 飲み物が配られ、それぞれがグラスを手に持ったところで洋介が音頭を取った。

「それでは、セラちゃん、賢弥、誕生日、おめでとう!」

『おめでとう!』

 こうしてささやかな誕生会が始まったのだった。

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