第68話 賑やかな誕生会
おめでとうの言葉と共に始まった賢弥とセラの誕生会。
なのだが、始まってみればそんなことは関係ないとばかりに賢弥の弟たちが卓に並んだ沢山の料理を遠慮無しに口に頬ばっていく。
おそらくは兄弟の多い家ではよくある光景だろう。
親の方もそれをわかった上で充分な料理を用意しているので問題ない。
陽斗は小学生の頃に世話になった門倉家で同級生の光輝の誕生日に食事を御馳走になったこともあったが、さすがにこれほどの大人数ではなかった。
だからこういった誕生会に参加するのは初めてのことだ。
「はい、陽斗さん、あ~ん」
そして小学生の子供達の目の前で、女の子に食事を食べさせてもらうのも当然初めてなわけで、ほとんど羞恥プレイのような状況になっている。
まだ多少の痛みは残っているものの、とっくにギプスは取れており、日常生活にほとんど支障はない。
なのだが、どういうわけか、穂乃香は陽斗が自分で食事を食べられるようになってもこうして手ずから食べさせようとし、陽斗も断り切れずに続いてしまっているのである。
「あらあら、仲が良いのねぇ。でもごめんねぇ、ちょっとだけ邪魔させてね」
そんなことを言いながら賢弥の母である礼子が今度はケーキが載った皿をそれぞれの手に持ってやってきた。
「あ、はい、ごめんなさい!」
礼子に割り込まれたことで改めて今の状況を認識した陽斗が真っ赤な顔で穂乃香から距離を取る。
穂乃香は一瞬残念そうな顔をしたものの、壮史朗、セラと一緒にテーブルのスペースを空けた。
「わぁ! すっげぇケーキだ!」
「ケーキだぁ!」
「きれー!」
置かれた皿を見て年少組の弟妹が歓声を上げる。
そこにさらに美鈴がもう一つのケーキを持ってきた。
そして再び歓声。
「これは西蓮寺君が持ってきてくれたんだよ。アンタ達も感謝して食べるんだよ」
「陽斗君が作ってくれたのよ。凄いわよね」
「え? これ、買ってきたのじゃないんですか?!」
「すげーっ!! オマエ、チビのくせにスゲェじゃん!」
「チビのくせにすげー!」
「はわ~!」
礼子とセラがそれぞれ陽斗からのものであることを告げると、賢弥の兄妹達が驚きの声を上げる。
……若干失礼な言葉も混ざっているが。
陽斗が家に入る前に抱えていた大きな箱の中身はこれだ。
事前に賢弥には育ち盛りの兄妹が沢山居ることを聞いていた陽斗は、全員が満足できるようにとケーキを3つ準備することにしたのだ。
ひとつはシンプルなスポンジを生クリームでコーティングして苺を一面に飾ったオーソドックスなデコレーションケーキだ。やはりバースディケーキとしてこれは欠かせないだろうという勝手な思い込みである。
ふたつめは少し堅めのスポンジにカスタードクリームとカットフルーツを挟み込み、バタークリームでコーティングした上で隙間無く数種類の果物を飾り付けた少し重めのカスタードケーキ。
どちらも10号サイズ(直径30cm)ほどもある大きなものだ。
いくら人数が多いからといっても大き過ぎるが、このあたりは相談した相手が甘い物好きな女性使用人ばかりだったので、その時点で一般的な基準からは外れてしまっているのを陽斗が気付くことはなかった。
最後は20cm四方の角形で、こちらは甘いものをあまり食べないという賢弥に合わせたビターチョコレートを主体としたオペラタイプのケーキだ。洋酒も使われた大人っぽい仕上がりになっている。
これならば男性陣でも食べられるだろうと考えたのだ。
これらを作るために学園から帰ると湊や裕美に手伝ってもらいながら毎日練習して作っていた。
骨折した手はまだ完治していないとはいえ、屋敷の厨房には様々な器具が揃っているし、ある意味良いリハビリとなったくらいである。
もちろん最初はあまり見た目が良いとは言えない仕上がりだったが、何しろ皇家の使用人は沢山居るし、元々陽斗の作るお菓子は大人気だったこともあって充分に練習をすることができたのだ。何しろどれだけ作っても食材が無駄にならない。
そんなわけで、ようやく見た目も味も安心して友人達に食べさせられるだけのものが作れるようになったというわけだ。
といっても実はこの日もふたつほどデコレートに失敗してしまい、それらは使用人達の本日のおやつとなっている。
「これは大したものだなぁ」
「ううむ、セラと同じ歳の、それも男の子が作ったとは思えないな」
「本当に。お店で売られていても不思議じゃないわね。セラも見習ってくれないかしら」
賢弥とセラの両親からの評価も上々のようだ。
だが、穂乃香だけは少しばかり心配そうに陽斗を見ている。
「陽斗さん、まだ手の怪我も治りきっていないのに、無理したのではありませんか?」
「え、あの、だ、大丈夫だよ。家の人にも手伝ってもらったから僕だけで作ったわけじゃないし、見た目は豪華だけどそんなに手に負担も掛かってないから」
陽斗はそう言ったが、穂乃香はあまり信じていないようだ。
放っておくと無自覚に無理をする性格なのを把握されているので仕方がないだろう。
実際に、屋敷でケーキを作ると言った時には湊や裕美も反対していたし、手伝ってくれたのも無理をさせないためである。
切り分けは主役二人の母親にお任せし、もう一つの誕生日アイテムを、今度は穂乃香と壮史朗が一度大広間を退出し、別室から大小のラッピングされた箱を手に戻ってきた。
「一応、誕生日ということだからな。僕たち三人からだ」
「誕生日プレゼント、ですわ」
そう言いながら、壮史朗が大きな箱を賢弥に、穂乃香が小ぶりな包みをセラにそれぞれ手渡す。
「わぁ! ありがとう! 気を使わせちゃったわね」
「……改まって渡されると照れるが、とにかくありがとう」
素直に喜びを表現するセラと、珍しく照れくさそうに口元を弛めながら口調だけはぶっきらぼうに礼を言う賢弥。
開けて良いか聞くセラに陽斗達が頷くと、喜々として、それでいて丁寧に包装を剥がしてプレゼントを開ける。
「お~! 綺麗なシステム手帳、と、万年筆!」
「セラさんが以前に来年には手帳を買い換えようと思っているとおっしゃっていましたので、気に入ってくださると良いのですけれど」
「わぉ! 穂乃香さん覚えててくれてたんだ。嬉しい!」
夏休み前にした何気ない雑談を覚えていてくれていたことと、セラの持ち物から趣味の合いそうなものを選んでくれたという心遣いに、セラは心からの笑顔で感謝を表した。
そして賢弥の方も大きな包みを開いて箱を開ける。
「これは、空手の防具、だな。ありがたいが、良いのか? 安くはなかっただろう?」
賢弥が取り出したのは競技空手に使われるグローブとレガース(足用防具)、ボディープロテクター、ヘッドギアのセットだ。
「あの、賢弥君の防具がだいぶ傷んでたみたいだったから、大会にも使えるのを天宮君が調べてくれて」
「
「そろそろ買い換えなければと思っていた。ありがたく使わせてもらう」
口調は相変わらず愛想のないものだったが、賢弥は取り出した防具を丁寧に包み直して箱に戻す。そして弟たちに悪戯されないうちに自室に持っていった。
セラの文房具も賢弥の防具も、高校生のプレゼントとしては高額と言えるだろうが、それでも彼等の家柄を考えれば充分常識的な範疇であり、それほど高級品というわけではない。
全部の金額を合わせても陽斗のお小遣いで足りてしまう。のだが、爺馬鹿を拗らせている重斗が渡す小遣いなので、まぁ、あまり参考にはならない。
どちらにしても穂乃香や壮史朗が選んだものなのでそれほど不自然ではないのだろう。
「さぁさぁ、賢弥達も早く食べないと弟たちに食べ尽くされてしまうぞ」
「食いつくす!」
「つくすー!」
元気いっぱいの弟たちは両手に料理を掴んで元気いっぱいである。
陽斗達も顔を見合わせると、可笑しそうに笑い声をあげて食事を再開したのだった。
「それにしても、きみが陽斗君か。こうして直接会うのは初めてだね」
粗方料理を食べ終え、切り分けられたケーキが配られていると、賢弥の父である洋介がマジマジと陽斗を見てそう話しかけた。
「あ、はい。賢弥君にはいつもお世話になっています」
「いやいや、きみのお祖父さんにさんざんお世話になっているのはこちらだからね。
僕がきみの母親である葵さんと最後に会ったときはきみはまだお腹の中にいたから会っていないんだけど、話だけは皇さんから何度も聞いているんだよ」
洋介に言われて陽斗は驚く。
これまで母親のことは重斗以外には使用人である比佐子と和田からしか聞いたことがない。
「僕の、お母さんをご存じなんですか?」
陽斗が訊くと、洋介は神妙な顔で頷いた。
「皇さんとは結構長い付き合いだからね。葵さんとも面識はある。最後に会ったのはきみの父、佑陽さんの葬儀のときだったが」
「お父さんの……あの! もしかしてお父さんともお知り合いですか?」
これにも洋介は深く頷く。
「歳は佑陽さんのほうがだいぶ上だったが、親しくさせてもらっていたよ。佑陽さんが結婚する前はよく一緒に呑みに行ったりしたものだ。確か、亘君とも会ったことがあったね」
その言葉に、セラの父親の亘も小さく頷いた。
「洋介さんを介して挨拶させて貰ったな。気さくで穏やかな物腰の人だった」
陽斗は実はこれまであまり父親のことを意識してこなかった。
どうしても家で話題に上るのは母である葵のことが多かったし、自分が生まれる前に亡くなっていると聞いていたから、どこか実感が無かったのだ。
しかし関心がないというわけでは勿論なく、雰囲気的に聞けないような気になっていたということもある。
「あの、お父さんのこと、教えてもらえないですか?」
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