第46話 感謝と謝罪と

 夏休みの始まりと共に行われた生徒会主催の交流イベント。

 その2日目は参加者が地面の割れ目に落ちるという波乱が起こったために若干の予定変更があり、その後は予定通り野外でのバーベキューが執り行われていた。

 もちろん陽斗達もその輪の中で、若干の羞恥イベントを織り交ぜながら和やかに食事を進めていたわけである。

 そんな中で陽斗、穂乃香、賢弥、壮史朗、セラのグループに声を掛けてきたのは生徒会長の錦小路琴乃と副会長の鷹司雅刀だ。

 

「お食事中ごめんなさい。少しだけよろしいですか?」

 琴乃が声を掛けたのは穂乃香に串焼きをアーンされている陽斗と微笑みながらそれをしている穂乃香の方を向いてだったが、その言葉の対象はこの場にいる5人全てに対してのものだ。

 琴乃の表情はいつものように穏やかな笑みが浮かんではいたものの、その目は陽斗が初めて見る真剣な色を帯びて、常に陽斗に向けていた悪戯めいた雰囲気は持っていない。

 そんな琴乃の雰囲気を敏感に感じ取った陽斗は脅えたように身をすくませる。

 当然すぐ隣にいた穂乃香は陽斗の恐怖にも似た緊張をすぐに察し、同時に背筋を伸ばして気をつけをするように下ろした手が微かに震えているのにも気付く。

 

 数時間前に陽斗の境遇を聞いているとはいえ、穂乃香には何故陽斗がこれほど脅えているのかはわからない。だが、本能的なものか、咄嗟に穂乃香は陽斗の手を優しくそっと握る。

「え? あ、ほ、穂乃香さん?」

 驚いたことで手の震えが止まり、そのことに気づきもしない陽斗は穂乃香に顔を向けた。目に入ったのは優しく、そして力強い眼差しを向ける穂乃香の顔。

 それを見て陽斗は気付かれないように大きく息を吐く。

 もともと自分が暴走してしまったことは賢弥達に叱られるまでもなく理解している。

 自分の行動自体は後悔していないし、割れ目に落ちた生徒を助けられたことは本当に良かったと思っているが、だからといって陽斗の行動が最善だったかと問われれば必ずしも自信を持って反論できるわけではない。

 ましてや助けられたのは陽斗ひとりの力などではなく、賢弥をはじめ沢山の人が力を貸してくれたからだ。

 

 本来であればレスキューの到着を待ち、そこで改めて協力を申し出て、必要と判断されて初めて救助に加わるというプロセスを経るべきだった。

 なので陽斗は自分のしたことを誇ることができるなどと考えていないし、叱責されることも覚悟している。

 ただ、自分の行動のせいで協力してくれた人達が責められるのは耐えられない。

 だから琴乃が陽斗の行動を責めたら素直に謝り、それが賢弥や壮史朗にまで及んだとしたら止められたのに自分が聞かなかったからだとはっきり言おうと小さな拳を握り締めて決意する。

 それに、琴乃達は陽斗が以前住んでいた家の人達とは違う。

 口答えどころか何も言っていなくても、していなくても理不尽に暴行を加えるようなことをしたりしない。

 

 そう思い至り、ようやく気持ちを落ち着けた陽斗は立ち上がって琴乃と雅刀の方を向いた。

 が、次の琴乃の行動は陽斗の予想とは異なるものだった。

 琴乃と雅刀は陽斗達に対して深々と頭を下げたのだ。

「え? あの?」

「今日の事故は施設の管理を行っている業者の安全管理の不備と生徒会執行役員の確認不足が原因です。

 オリエンテーリングに参加した男子生徒を事故に巻き込み、救出しようとした西蓮寺さん達を危険に晒したこと。心からお詫びいたします」

 そう言って頭を上げた琴乃の表情は本当に神妙で、その謝罪は真摯なものだった。

 

「そ、そんなこと。それにそれを言ったら昨日コースを確認した僕たち役員にも責任があって、その」

「いや、昨日の役員による最終確認は形だけのものだった。

 管理されたコースとはいっても自然の山を利用した施設なのだから様々な危険があることを想定しておかなければならなかったはずだ。

 だから、本来なら執行役員がきちんと役員達に注意喚起して隅々まで目を行き届かせなければならなかったのにそれを怠ったんだから責任は僕たちにある」

 陽斗はどうして良いのか分からず穂乃香に目を向けるも、穂乃香も壮史朗達も戸惑ったように互いの顔を見合わせていた。

 確かに琴乃や雅刀の言葉は間違っているわけではない。だが実際に全ての安全管理を生徒会が行うのは不可能だし、そのためにきちんと管理された施設を利用しているのだ。

 それに、それを言うなら最終的な責任は学園が負わなければならないだろう。

 そもそもがコース内とはいえ茂みの中のごく小さな範囲の地面が陥没するなど想定している方がどうかしている。普通なら知らない間に土砂や落ち葉などが割れ目に落ちていきいつの間にか埋まっているようなレベルの場所である。

 

 反論するにもとっさに言葉が思いつかず、狼狽えている陽斗の表情に琴乃がフッと表情を和らげる。

「とはいえ、これ以上言葉を重ねても西蓮寺さんや武藤さんを困らせるばかりでしょう。

 でも、事故が起こったことに対して私達は責任を感じていることは理解してくださいね」

「あ、はい。僕も役員として反省します」

「……ふぅ。それと、被災した生徒を救出してくださってありがとうございました。

 皆さんの救助が迅速だったおかげで千場せんばさんは擦過傷と打撲、足の捻挫という軽傷で済んだようです。念のため今日一日は入院することになりましたが」

 あくまで自分達にも責任があるという陽斗の態度に少し苦笑を浮かべたものの琴乃はひとつ息を吐いて、次いで感謝の言葉を続けた。

 

「あ、あの、僕もごめんなさい。その、勝手な行動をとって、みんなに助けてもらって、だから……」

 もともと陽斗はそのことを叱責されると思っていたわけだし、充分に反省もしている。もっとも次に似たようなことが起きた場合に同じ行動を取らないという自信はないわけだが。

 ともかく、場合によっては2次災害に繋がりかねず、それどころか友人達も巻き込む可能性すらあったわけだから、勝手な行動を取ったことについては謝らなければならないと考えていたのだ。

 だがその陽斗の言葉に琴乃は首を振る。

「西蓮寺さんがすぐに救助のための行動を取ったことに関しては謝罪には及びません。

 もちろんもっと安全で確実な方法は取れたかもしれませんが、後になってからならなんとでも言えますからね。

 ただ、ひとつだけ、もし西蓮寺さんが危険な目に遭ったり怪我をすれば悲しんだり心配したりする人が居るということだけは覚えておいてください」

 それだけ言って琴乃は雅刀を伴って戻っていった。

 

「驚いたな。確かに生徒会主催のイベントだが、とはいっても管理責任は施設側にあるし、学校側の責任者は引率の教員だ。それなのにわざわざ錦小路の令嬢が頭を下げるとは」

「そう、ですわね。琴乃さまは家柄的にも簡単に頭を下げられませんから。それだけ今回の事が問題だと感じているのでしょうか」

 壮史朗と穂乃香の言葉に賢弥とセラは肩を竦めるに留めていた。

 それは琴乃が頭を下げなければならない理由があるからなのだがそれを壮史朗達に言うことはできない。

「まぁ、陽斗がこれ以上叱られずに済んだということだな」

「そうねぇ。でも! 心配したのは本当なんだからね!」

「うぅ、ごめんなさい」

 セラのダメ押しに陽斗は身を縮めて謝ったのだった。

 

 そうして食事を再開させた陽斗達だったが、しばらくして再び中断することになった。

 今度は2人の男子生徒が陽斗に声を掛けてきたからだ。

「あ、えっと、多田宮くんと宝田くん、だったよね?」

 陽斗がそう応じると、2人はバツが悪そうに頭を掻きながら座っている陽斗の近くまで来ていきなり頭を下げる。

「え? あの? え?」

 琴乃に続いて突然頭を下げられた陽斗は軽くパニックになる。

 

「西蓮寺! これまで君に暴言を吐いたり意地悪をしたこと、本当に申し訳なかった!」

「お、俺も、ゴメン! 反省してる。許してほしい!」

 そう言われても陽斗には何のことかさっぱりわからない。

 すると壮史朗が助け船を出した。

「入学式の日に西蓮寺を貧乏人とか馬鹿にしただろう? その後も何かと嫌味を言っていたし、武藤の話だと校内清掃の日に暴力を振るおうとしたとも聞いたな」

「「…………」」

 壮史朗の言葉に2人は神妙に俯きながら無言で首を縦に振る。

 それでようやく陽斗も思い出した。

 

「あ、あの、僕、全然気にしてないから、えっと」

 陽斗としては言葉通りまったく気にしていなかったし、そもそも悪く言われているという認識すら薄い。

 確かに清掃の時は殴られそうになって恐怖を感じたが、実際にそうなる前に賢弥に助けられたので今の今まで忘れていたくらいである。

「俺達は西蓮寺にあんなことをしたのに、西蓮寺は浩二を助けてくれた」

「俺達は何もできなくて、それなのに。改めて、本当にゴメン! それと、浩二を助けてくれてありがとう!」

「もう二度と西蓮寺を悪く言ったりしない。浩二も西蓮寺が助けてくれたって知って謝りたいって言ってるんだ。お礼も」

 ふたりが口々にそう言うと、ようやく陽斗も理解が及んできたのか嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「あの、それじゃあ、僕と友達になってくれる、かな? 僕、学校のことで知らないことが沢山あるし、色々な人とたくさん話がしたいから」

「い、いいのか? 意地悪してた俺達なんかで」

「もちろん、許してくれるなら俺達だって西蓮寺と馬鹿話とかしたいけど」

 陽斗が頷くと、多田宮英太郎と宝田伸一はようやくホッとした表情を見せた。

「うん! 夏休みが終わってからになっちゃうかもしれないけど、これからよろしくね!」

「お、おう!」

「わかった。その、ありがとうな。今度は浩二も一緒に教室で話しかけるから」

 満面の笑みで答えた陽斗に応じたふたりはもう一度頭を下げて立ち去っていった。

 

「良かったのか? そんな簡単に許して」

「人が良いというか、甘いというか」

「まぁそれが陽斗さんの良いところですわね」

「本当に反省してるみたいだし、嫌われたままよりは良いんじゃないかなぁ」

 呆れたように苦笑を浮かべる4人を余所に、陽斗の方は友達が増えることが、それもこれまで陽斗と距離を取っていた同性のクラスメイトが自分を認めてくれたことが心底嬉しそうに笑っていた。

「それでは食事を再開しましょう。さぁ、陽斗さん、次は何をお食べになります?」

「あぅ、ま、まだ続けるの?」

 

 

 周囲がすっかり暗くなってしばらくした頃、野外でのバーベキューという名のビュッフェが終了する。

 時刻としてはまだ8時前であるが、以後はホテル内限定で自由時間となる。

 ただ、陽斗や穂乃香達生徒会の役員はその場に残りこの日に起こったことや気がついたことに関する報告と翌日の予定などの打ち合わせを行った。

 一番はやはりオリエンテーリングでの事故に関することであり、その場でも琴乃からの状況説明と被災者の怪我の程度などの話と、改めて生徒会長として琴乃から反省の言葉が告げられた。

 夕食前にも一応の報告はおこなわれているため、その他の伝達事項を含めても30分も掛からず終了した。

 

 そしてホテルに戻った穂乃香は陽斗と別れ、大浴場に向かっていた。

 その足取りは軽く、表情は明るい。

 というか、今にも鼻歌でもこぼれそうなほどご機嫌である。

 この日の役割から開放されたことというよりも、陽斗や気の置けない友人と楽しい食事をしたからという理由が大きいだろう。

 だがそれも、不意に掛けられた声で途端に霧散してしまうことになった。

 

「よぉ穂乃香ぁ。随分と大変だったみてぇだなぁ」

「…………何か御用かしら、桐生先輩?」

 


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