第28話 閑話 入学初日の裏側

「そうですか。クラスの方達の反応はいかがですか?」

『う~ん、最初は戸惑いが強かったみたいですね。主に外見的に。

 なんですか? あの可愛い生き物は!

 小っちゃくてお目々もクリクリしてて笑顔が可愛いって反則ですよ! 思わずお持ち帰りしたくなっちゃいましたよ。

 クラスの娘達も話をした人は思わず頭撫でようとしたりしてましたし、他の人達も近づきたそうな素振りみせてましたね。

 あと、男子に関しても一部を除いて大旨悪い印象は無いみたいです。まぁそっちは興味半分ってところで、まだ話をしたりする人は居ませんでしたが』

 

 そうでしょうそうでしょう。

 陽斗様は可愛いからね。

 ただ、好意的に見られるのはもちろん良いことだけど、それだけに悪い虫がつかないように気をつけなければいけないわね。それにあまり女子人気が高いと男子生徒の嫉妬もあるだろうし。

『まぁ大丈夫だと思いますよ。四条院家の穂乃香さんと早速仲良くなってましたし、穂乃香さんも“かな~り!”陽斗さんを気に入ったみたいですからほっといてもガッチリガードするでしょうから』

 穂乃香っていえば確か四条院家の次女だったわね。

 四条院は何代か前の皇族とも血縁のある古くからの名家。

 現在は金融を中心に複数の企業を所有する国内でも有数の資産家で旦那様との関係も悪くない。

 兄弟は兄と姉の3人兄姉。長男は現在大学で経済学を学んでいて、一番年長の長女は昨年優秀な研究者と大恋愛の末に結婚している。そのせいか父親は穂乃香を溺愛しているとか。

 私も以前会ったことがあるけど、名家の令嬢に相応しい振る舞いだった事を覚えている。

 う~ん、悪い虫かどうかの判断が難しいわね。家柄としては申し分ないし。

 

『ただ、やっぱり一部に外部進学を快く思っていない生徒もいるみたいですね。陽斗さんが教室に入るなり暴言を浴びせかけた男子生徒が何人かいました。その時は天宮の次男が割って入り黙らせましたけど。

 壮史朗さんは少々癖は強いけど悪い人じゃなさそうでしたよ。敵は作りそうな性格ですけどね』

 話には聞いていたけど、外部進学者に対する差別か。

 中等部から黎星学園に在籍していることに優越感を持っているのでしょうけど、実際には中等部への入学は外部進学に比べてかなり基準が緩いのよねぇ。

 何百人もの志願者がいる中等部の入学試験は個別の調査なんて簡単にしかできないからある程度の財力があって小学校の内申が良ければ学力試験の結果だけで入学が許される。

 それに対して高等部への外部進学は家柄、財力、素行、信条、気質などかなり詳しく調べられる。

 だからこそ入学試験から結果が出るまでに1ヶ月もかかるのだ。

 にも関わらず、生徒の一部には中等部から黎星学園に入学できないのは家格が低いからだなんて勝手に誤解して見下す人が居るらしい。

 馬鹿じゃないの?

 

 とはいえそういう輩は何を言っても自分の思い込みを優先するから無駄ね。

 陽斗様がすめらぎの家の人間であると知れば何も言えなくなるでしょうけど、今のところはお父様の姓である“西蓮寺”だし、あの家は家柄としてはそれほど有名じゃないから。

 それでもそれなりの情報収集能力があれば皇との関係を知っていてもおかしくはないけど。

 まぁ、とにかくその暴言を吐いたという生徒には注意しておきましょう。

 陽斗様は普通の楽しい高校生活を望んでいるから皇の名前を出してしまったら周りは自然に接することができなくなるかも知れないし。

 といっても度が過ぎれば潰すけどね。

 

 上手い具合に陽斗様の家庭教師を務めていた麻莉奈さんが陽斗様のクラスの副担任として配属されたようだし、教員側のフォローも期待できそうね。

 麻莉奈さんに家庭教師を依頼したときに出した条件にあった『希望する私立高校へ教員として斡旋する』っていうのの中に黎星学園が含まれてて良かったわ。

 まぁ、麻莉奈さんの自宅から通える範囲では一番条件が良いのだから不思議でもないんだけど。

 それに麻莉奈さん自身も黎星学園の採用条件をクリアしていたから本当にあっさりと決まったし。

 って言っても、別に陽斗様を過剰に優遇するような指示は出してないわよ。

 依怙贔屓にならない程度に気に掛けてくれるようにと、何か問題が起こったときに早めに報告してくれるように頼んだだけ。

 

 あとは、天宮の次男。

 事前に中等部から内部進学した生徒はある程度調べているけど、努力家でプライドが高いらしいわね。性格は悪くないけど少々口は悪い、と。

 もう少し調べておきましょう。

 

『あ、それから生徒会長の錦小路琴乃さまが穂乃香さんと陽斗さんに話があると言って連れていきました』

「……どんな話?」

『さすがにそこまでは知りませんよ。名指しで二人を呼んでたのに付いていくわけにはいきませんし。仕方がないので挨拶して帰ってきました』

 ……錦小路、か。

 穂乃香さんだけなら慣習となっている生徒会役員への勧誘でしょうけど。

 

 錦小路家は室町時代から続く公家の家系で明治期には爵位を保ち貴族院議員も輩出していた由緒ある家柄。幾度も皇族と姻戚関係を結んでいて、現在でも重工業、化学、電機、金融、商社などの大手企業を傘下に持つ、四条院を上回る権力と財力を持つ家だ。

 旦那様の皇家とは敵対しているわけではないが必要以上の繋がりを持とうとはせずに一定の距離を保っている。

 一族にも優秀な人材が数多くいて所有企業の経営トップは大概血縁者だ。

 現当主は悪い話は聞かないが油断のならない人物であることも確か、一人娘である琴乃は幼少期からかなり優秀な令嬢であることも知られている。

 その錦小路が外部進学者の陽斗様に話とは、いったいどんな内容だろうか。

 一応これは旦那様にも報告しておいたほうが良いだろう。

 

 まぁでも、いくつかの懸念事項はあったものの陽斗様の高校デビューは順調な滑り出しと言えそうね。

『えっと、それで、これからも私はこうして毎日報告しなきゃいけないんですか? 正直言ってこんなスパイみたいな事したくないんですけど。

 罪悪感が凄いし、陽斗さんとどれだけ仲良くなってもバレたら一発で嫌われちゃいますよ』

 電話の向こうから不満そうな声が響く。

「今後は何か問題が発生したらで良いわよ。時々こっちから連絡して近況は聞くだろうけど逐一細かなことまで報告を求めることはないわ」

『だったら良いです。でも心配しないでください。頼まれたこと云々は別にしても私も陽斗さんが気に入りましたからできるだけの事はしますから。

 あと、賢弥にも引き合わせましたけど、賢弥も結構気に入ったみたいです。陽斗さんもあの無愛想な強面を気にしないみたいなんでできるだけ一緒にいさせてガードさせます。

 それじゃ私もそろそろ家に着きそうなので電話切りますね』

 

 話すべき用件を全て伝え終え、電話が切れる。

 電話の相手であった都津葉セラさんは皇家の要請で留学先のイギリスから急遽日本に帰国して黎星学園に入学することになった。

 セラさんの父親は旦那様の知人であり、その経営センスと人柄を気に入り長年支援をしてきたという間柄でもある。

 今回陽斗が黎星学園を受験すると決まった直後、目のいき届かない学園内で陽斗さまが安全に過ごせるを甘やかすために誰か信頼できる同じ歳の生徒を送り込もうと画策した私が提案し、旦那様がセラさんの父親に頼んだというわけ。

 黎星学園にはもう一人旦那様の援助を受けている家の子供、武藤賢弥もいるが頑固な気質でもあり陽斗さまを助けてくれるとは限らない。

 セラさんの父親は要請を受けて娘に話をすると、セラさんも承知したため陽斗さまの学園生活を助けるという目的で入学が決定した。

 ちなみにセラさんが父親に告げた言葉は「う~ん、面白そうだから、良いよ」というものだったらしい。

 随分軽い返事だし、何か目的があって留学していたんだろうとは思ったけど、話をしてみたところ問題なさそうだから良いでしょ。うん。

 

 電話を終えた私は事務所から出て邸宅のリビングに行く。

 服装? もちろん気合いバリバリのメイド服よ。

 邸内はメイド達が忙しく歩き回ってる。

 ……いや、あれはソワソワと落ち着きなくバタバタしてるだけね。

 多分、もうお昼になるというのにとっくに入学式を終えているはずの陽斗様が帰ってこないので心配しているんだろう。

 普段なら厨房の奥に引っ込んでいる調理担当まで白衣でチョロチョロしてるし。

 

 私はセラさんからの電話で陽斗様が錦小路の女狐に呼ばれたことを知ってるし、さすがに初対面でそれほど引き留めるとも思えないから、時間的にもそろそろ帰ってくるはず。

 そう考えていると、バタバタとメイドの一人で、陽斗様担当の裕美さんが2階から小走りで降りてくる。

「陽斗様は間もなく到着するそうです」

 裕美さんがそう叫ぶと、メイド達はあからさまに安堵の表情を浮かべる。

「陽斗様はお腹を空かせてるだろうし、到着したらすぐにお出しできるように昼食を仕上げなきゃな!」

「私達はすぐに玄関に整列してお迎えしなきゃ」


 いや貴方達、どんだけ陽斗様大好きなのよ。

 一転してきびきびと動き出した使用人達に呆れるわ。

 まぁ気持ちは分かるけども。

 幸い旦那様は今日は経団連との会合で留守にしてるけど、居たら間違いなく『捜索隊をだせぇ!』とか言って大騒ぎしてたでしょうね。

 でも、とりあえず陽斗様が食事を終えて落ち着いたらちょっと話を聞いてみましょう。

 特に、四条院の小娘の印象と錦小路の女狐が何を陽斗様に話したか、ね。

 

 

 

 東京都千代田区大手町にあるオフィスビル。

 日本経済団体連合会の所有するビルの会議室で定例会議が開かれている。

 この通称・経団連、加盟する企業数は約1500社と国内企業のごく一部に過ぎないにもかかわらず日本で最も影響力のある経済団体であり、トップである経団連会長は『経済の総理大臣』『財界総理』などと称されるほどだ。

 月に一度開かれるこの定例会議は会長以下理事や役員などが集まって経済動向や国際情勢、国や自治体などへ要望する政策提言などについて話し合っている。

 普段なら特別大きな災害や事件などがない限り、終始穏やかな雰囲気の中で行われるものなのだが、この日に限っては出席者全員の顔が緊張で強ばり不規則発言や雑談などはまったく零れてこない。しかもいつもならば出席者は各企業の社長や会長などの役職を兼任していることから欠席する者もそれなりにいるのだが、今日に限っては一人も欠けることなく全員が一堂に会している。

 それもそのはず、この日にオブザーバーとして参加しているのは実質的に国内トップの資産家であり、内外に比肩しうる者がいないほどの影響力を持つ人物なのである。

 この人物、皇重斗に睨まれたら現在どれほどの地位に居ようが関係なく翌日には破産してホームレスになってもおかしくはないのだ。

 

「……と、本日の議題は以上となります。

 他にご意見のある方はいらっしゃいますか?…………居ないようなので、最後にオブザーバーとして本日お越しくださった皇様にご意見を伺いたいと思うのですが、よろしいでしょうか」

 議長を務める男が恐る恐るといった様子で重斗にお伺いをたてた。

 この人物も普段は大手証券会社取締役の肩書きに相応しく堂々とした態度なのだが、重斗を前にすれば怯えたチワワのように不安そうな上目遣いで進行するのに精一杯だ。

 

 だがそんな周囲の緊張とは裏腹に重斗の機嫌はすこぶる良い。

 普段と同じく眉間に深い皺を寄せ厳しげな表情はそのままだったが、この場にいるのは経済界を代表する面々であり、当然重斗とは長い付き合いのある者も多い。

 なので会議が終わる頃にはいつもと表面的な見た目は変わらないまでも格段に柔らかい雰囲気を敏感に察知していた。

「ふむ。経産省は良いとして、財務省の馬鹿共は相変わらずか」

「税収を増やすには増税すればいいと本気で考えているような連中ですからな」

「まぁいい。そっちは私が何とかしよう」

「おお、お願いできますか」

 常になくあっさりと重斗が引き受けると安堵の声があちこちから漏れた。

 

 会議が終了してもすぐに席を立つ者はおらず、しばし歓談の時間となる。

「皇様、心配事が減ったからでしょうか、最近は随分と顔色がよろしくなった気がしますなぁ」

「ん? そうか? まぁ確かに最近は生活に張りができておるからな。体調も良い」

 この場にいるような者は大企業のトップばかり。当然情報のアンテナは広く、深くまで張っている者達しかいない。

 だから行方不明となっていた重斗の孫、つまり陽斗が無事に保護され、今は一緒に暮らしていることは把握していた。

 

 ただ、重斗は現在のところそのことを公にはしておらず、それ故に彼等も直接そのことに触れる事はしなかった。

 とはいえそろそろ老齢に達しようとしている重斗の莫大な資産を誰が受け継ぐのかは経済界にとっても無関心でいられることではない。

 今のところは重斗の顔色を伺ってあからさまに調べたりはしていないのだが、徐々に陽斗の存在は知られ始めている。

 重斗としても陽斗の負担にならない範囲で少しずつ皇の後継者として陽斗を周知させるべく考えを巡らせているところだ。

 

「そろそろ私の孫も外に出していかなければならん。ただ、色々と事情があるのでな、少しずつだが。その時は君達の力を貸してもらえると助かる」

「も、もちろんですとも」

 初めて重斗が『孫』に言及したことに驚く一同。

 14年前の事件はここにいる誰もが知っている。だからその『孫』が誰のことを指すのかもすぐに理解した。

 噂話の域を出ない情報が、真実の情報に変わる。

 野心がある者も無い者も、この先重斗の動向からは目が離せなくなりそうである。

 






※作中に実在の名称とよく似た、或いは同一の家名や団体の名称が登場しますが、実在の家や組織とはまったくこれっぽっちも関係のない架空のものです。

 くれぐれも『○○はそんなことしてねぇよ!』とか『○○にそんな奴いない!』とかいうツッコミは無しでお願いします。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る