第27話 陽斗、生徒会に誘われる

 チャイムが鳴って交流時間が終了する。

 だが当然ながらだからといって生徒同士が交流するのを止めるというわけではない。あくまでカリキュラムの一環である交流時間は普段あまり交流しない生徒同士が交流する切っ掛けを作るというだけであって、交流時間が終わればそのまま交流を深めたり、普段通りに仲のよい生徒同士で談笑したりする。

 普通の学校ならばその日のカリキュラムが全て終わればダッシュで帰宅したり部活に向かったりする生徒も多いのだろうが、ここは良家の子女が多くを占める黎星れいせい学園である。

 慌てて教室を出ていくような品位に欠ける行動を取るような生徒はおらず、そのまま談笑を続けたり、ゆったりとした仕草で帰り支度をしてから優雅に挨拶を交わしてから教室を出ていく。

 

「それでは校内を回って購買部へと行きましょうか」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 その日の交流時間は穂乃香がクラスの友人達を紹介してくれてセラを交えて存分に交流することができた陽斗は、穂乃香にそう促されてカバンなどは置いたまま教室を出る。教科書などの学校資料を購買部で受け取るためだ。

 別にカバンを持っていっても良いのだろうが、ついでに穂乃香が校内を簡単に案内してくれて、その後に購買部に行くことになったのである。

 

「入学式当日に教科書を購買部で配布というのも珍しい気がしますね」

 流れで一緒に行くことになったセラが廊下を歩きながら穂乃香にそう訊ねる。

 育ちの良い良家子女ばかりの黎星学園とはいえ、カリキュラムが終わればそこここで談笑する生徒がいるのは当たり前。

 さざめきに満ちた廊下は幾人もの生徒が歩いている。走ったりする生徒はいないようだが。

「わたくしは他の学校のことはあまり知らないのでどうなのでしょう?

 中等部でもそうでしたが、この学園では進級した2、3年生は前学年の最終日に各クラスで配布され、新一年生は購買部で受け取るというスタイルのようですわ。

 ただ、各委員会や生徒会執行部の委員は校内で困っている新入生を見かけたら声を掛ける事になっていますので、学園の施設や雰囲気に慣れてもらおうという意図もあるのかと思いますわ」

 

 確かに、現在進行形で陽斗は物珍しげにあちこちをキョロキョロと見回していて、いつ迷子になっても不思議じゃなさそうである。

 陽斗としては見るもの全てが新鮮で興味深く、自分が高校生になったのだという実感を全身で得ているのだ。

 その姿は初めての場所を尻尾フリフリ散歩している子犬を連想させる。

 行動自体は普通に穂乃香と並んで歩いているだけなのだが、その雰囲気だけで喜びを表現しているようだ。

 

 校舎内の特別教室が集まっている区画や芸術科のある第2校舎、講堂や2つある体育館を回り、食堂兼カフェと購買部のある建物に入る。

 各建物は全て 全天候型の渡り廊下で繋がっており、荒天時にも問題なく行き来できるようになっている。

 全ての施設や廊下はかなり広めの造りになっているので生徒数の少なさもあって混雑するようなこともなさそうであった。

 もちろん食堂も広く、全校生徒が一度に利用したとしても問題ないくらいの席が用意されているし、何とセルフ式ではなく普通のレストランのように幾人ものウエイターやウエイトレスまでいるのだ。

 

 その食堂に隣接しているのが購買部であり、コンビニの2倍程度の面積に軽食類や飲み物の他、文房具や教科書類、各種の指定衣類、靴や制服など校内で必要とされるほとんどの物が取り揃えられている。

 現在は新入生のための教科書受け渡しの臨時カウンターが設置されており、陽斗達はここで学生証を提示して教科書を受け取る。

 ちなみにこの学生証、見た目は顔写真と所属クラスなどが記載された普通のものだが、校内での飲食や購買部での購入などは全てこのカードに装備されている決済機能を用いて支払いをおこなう。そしてその代金は月ごとに後日指定口座から引き落とされることになっているらしい。

 

「今日のところはここまでですね。

 わたくしの案内が拙くて遅くなってしまいました。ごめんなさい」

 教科書を抱えて教室に戻る道すがら、穂乃香がそう言って陽斗に謝罪する。

「え? そ、そんなことないです! すっごく助かったし嬉しかったです。そ、それに遅くなったのは僕のせいだし」

 陽斗が慌てて首と手をブンブンと左右に振る。

 実際、案内の最中細かなことまであれこれと陽斗が質問して、穂乃香も頼ってくれるのが嬉しそうに丁寧に答えていたのでそれなりの時間が掛かってしまったのだ。

 それにそもそも『遅くなった』と言うほど遅いわけではない。

「私も、ありがとうございました。この学園には何人か知人がおりますので施設のことも幾度か話は聞いていましたけど、実際に学園内に入ったのは初めてだったので助かりました」

 セラも礼を言うと、穂乃香は嬉しそうにはにかみながらそれを受けた。

 

 そうして和やかに言葉を交わしつつ教室まで戻ってくると、入口の前で待っていた生徒がいた。

「穂乃香さん、少しお時間をいただきたいのだけれど、よろしいかしら」

「琴乃さま?! は、はい、大丈夫です」

 待ち受けていた人物を見て穂乃香は驚いた声を上げる。

 それは入学式の壇上で挨拶をしていた生徒会長、錦小路琴乃だった。

「そちらの方は外部入学生の西蓮寺陽斗さんですね? それと…」

「あ、都津葉セラです。よろしくお願いします」

 穂乃香の次に視線を陽斗とセラに向けた琴乃に、陽斗はおずおずと頷き、セラは深々と頭を下げながら挨拶する。

「申し遅れました。黎星学園高等部で今期生徒会長を務めさせていただいております錦小路琴乃です」

 琴乃はゆったりと優雅に微笑みながら互いの自己紹介を終える。とはいえ陽斗は圧倒されてただ頷いただけだが。

 

「丁度良かったです。西蓮寺さんにもお願いしたいことがありますので、もしお時間があるならご一緒いただけませんか?」

「え? えぇ?! ぼ、僕ですか?」

 突然の申し出に驚く陽斗。

 生徒会長である琴乃からのお願いというのが想像できないので戸惑いが強い。

「それでは私はここで失礼させていただきます」

「え?」

「はい。都津葉さん、ご機嫌よう」

「セラさん、また明日、ご機嫌よう」

「琴乃さま、穂乃香さま、ご機嫌よう」

 セラはそう言って頭を下げ、教室に入り鞄に教科書を詰めて出ていってしまった。

 途中チラリと陽斗を見て、視線が合うとちょっと申し訳なさそうな表情と『ゴメンね』といった感じで片手で手刀を切る。

 思い返してみれば琴乃は穂乃香と陽斗には話があると言っていたがセラには言っていない。であればセラとしても割り込むわけにはいかないので帰るしかないのだ。

 

 陽斗としてはこの学校で数少ない友人(陽斗の中では穂乃香とセラと賢弥は早くも友達にカテゴリーされた)であり、物怖じせず気さくなセラが居なくなるのは不安だったが、それでもまだ穂乃香と一緒なので我慢する。

 しかしやっぱり不安があるので無意識に若干穂乃香に近づき気味になっているのだが自覚していない。

 そして穂乃香の方はそれに気付いていて少し嬉しそうである。

「それでは、カフェの方でお話ししましょうか」

「そうですわね」

「あ、はい」

 そんなこんなで食堂に逆戻りする陽斗達。

 ただ鞄と教科書は持って行くことにする。

 

 

「お時間をいただき、ありがとうございます穂乃香さん、西蓮寺さん」

「いえ、特に差し迫った予定はございませんので大丈夫です」

「えっと、僕も、はい。大丈夫です。あの、僕のことは陽斗と呼んで下さい」

 重斗に引き取られて3ヶ月が過ぎたが、普段呼ばれることが全くないため未だに姓で呼ばれても自分のことだと思えない陽斗は、そう言って名前の方で呼んでもらえるように頼む。

 琴乃も特に躊躇ったり気を悪くする素振りは見せず「では陽斗さんとお呼び致しますね」と応じてくれた。

 

「では早速本題に入らせていただきます。といっても、穂乃香さんはもうお察しだと思いますけど」

「やはり生徒会、でしょうか」

 食堂の席に着き、それぞれ飲み物を注文。

 琴乃は聞いたことのない名前の飲み物を、穂乃香はダージリンを頼んだのでどうして良いか分からなかった陽斗も同じ物をお願いする。

 そしてしばらくして飲み物が届いてから琴乃の話が始まった。

 

「はい。穂乃香さんも知っての通り、高等部でも新1年生の中から数人の方に生徒会執行部への参加をお願いしています。

 主に生徒会経験者や成績優秀者、有力な家柄など選ぶ基準はその時の生徒会長の判断ということになっているのですが、穂乃香さんは中等部で生徒会長まで務めておられましたし成績も優秀と聞いています。

 ですから今期の1年生役員として生徒会に参加していただきたいと考えております。

 高等部では中等部よりもより生徒会の独立性が高く、その分処理しなければならない業務は多岐にわたります。ですが穂乃香さんなら期待に応えていただけると思って声を掛けさせていただきました。

 いかがでしょう、引き受けていただけますか?」

 

 高等部に進級した初日にいきなり生徒会役員への招聘。

 しかし、琴乃の言葉通り穂乃香は事前に事情を把握していた。

 というよりも、中等部の生徒会長経験者は基本的に高等部に進学すると生徒会役員を務めるのが慣例となっており、穂乃香もそのことは先輩達から聞いている。

 なので驚きも迷いもなく居住まいを正すと琴乃に向かって頭を下げた。

「謹んでお引き受け致します。非才の身ではありますが精一杯務めさせていただきます」

 ある意味予定調和と言えるやり取りだが、琴乃はホッと胸をなで下ろすような仕草で穂乃香の返事を歓迎する。

 

 同席していた陽斗といえば、初対面の時から感じていた穂乃香の印象、すなわち『やっぱり穂乃香さんはスゴイ人なんだ!』という想像がその通りだと目の前で証明され、キラキラとした目で賞賛と憧憬が混ざった眼差しを向けている。

 と、同時に『でも、どうして僕が呼ばれたんだろう?』という疑問も湧いてくる。

 そんな陽斗の内心を察したのか、琴乃は表情を改めると今度は陽斗に顔を向けた。

「それから、私は陽斗さんにも生徒会に加わってほしいと思っています」

「え?」

 あまりに予想外な言葉に思わず聞き返す陽斗。

 陽斗のイメージでは“生徒会”というのは学校でも能力や人望に溢れた美男美女が務めるものという、言ってみればマンガやアニメに出てくるもの凄い人達といったものだ。

 

 陽斗が通っていた中学校にももちろん生徒会はあったが、公立中学の生徒会など全校集会や運動会などでちょこっと壇上で挨拶するといった程度の存在感がほとんど無いもので、実際陽斗は中学時代の生徒会役員など一人も覚えていないし印象にも残っていない。

 けれど、この黎星学園の生徒会は学内行事の企画や運営などを主体的におこなう、まさに物語に出てくるような生徒会であり、その生徒会長は見目麗しく凛とした女性。そして新たに加わることになった穂乃香も陽斗が見たことの無いほどの美人で優しく魅力に溢れている。

 だからどうしてもそこに自分が誘われているということが理解できない。

 

「この学校には少ないながらも外部からの入学者がいらっしゃいます。ですが、生徒の大部分が中等部からの内部進学で、必然的に校内の様々な行事や慣習が中等部を経験している方が前提になってしまっています。

 ですからどうしても外部進学者の方には馴染みづらい面が出てきてしまい、慣れるのに時間が掛かったり孤立感を味わってしまったりと、問題が起きることがあるのです。

 そこで私は外部進学の方にも生徒会に参加していただいて、その方に外部進学者との架け橋になってもらいたいと考えています」

 

「で、でも」

 何とか琴乃の言う理由は理解できた。

 だがとにかく自己評価の低い陽斗である。

 中等部からこの学園に通っているような凄い人達と外部進学者の架け橋になるなどという大それた事が自分にできるとは到底思えず、頷くことができない。

「そう、ですわね。確かにこの学園は少々特殊な環境と言えますから、外部から来られた方は戸惑うことも多いと思いますわ。

 その点、陽斗さんは外部進学者ですし、こう言っては何ですが、外見も愛らし…いえ、威圧感や警戒感を持たれづらいでしょう。

 それに陽斗さんはこの学園で沢山の友人を作りたいと仰っていたでしょう?

 生徒会ならば沢山の生徒、普通科だけでなく普段交流の機会が少ない芸術科の方達とも話をする機会が多くありますよ。

 わたくしも生徒会でご一緒するのであれば力添えをすることができますし」

 

 躊躇している陽斗に向かって、どういうわけか猛烈にプッシュする穂乃香。

 その勢いに押されながら陽斗は脳内で琴乃と穂乃香の言葉を反芻する。

「あの、僕なんかで大丈夫なんでしょうか? 僕はこの学園のことだけじゃなくて普通の学校のこともあまり知らないと思うんですが」

「大丈夫ですよ。何も陽斗さんに外部進学者のことを全て押し付けるつもりはありませんから。

 あくまで私達が見過ごしていることに気付いたら意見を言っていただくことと、穂乃香さんと一緒に生徒会の業務のお手伝いをして頂きたいだけです」

「わたくしも問題ないと思いますわ。陽斗さんはお独りではないのですから、どうか困ったときはわたくしを頼ってくださいませ」

 

 陽斗から見て殿上人とも思える2人にそうまで言われれば陽斗とて男の子。怖じ気づいた気持ちも上に向く。

 それに高校生活では沢山の友達を作ろうと小さな拳を握って決意したのはつい先日のことだ。穂乃香達が協力してくれるのなら頑張ってみようという気持ちが芽生える。

「えっと、自信は無いですけど、頑張ってやりたいと思います」

 

 こうして高校入学初日、陽斗の生徒会入りが決まった。

 

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