第22話 閑話 弁護士メイドの述懐 その1

「見つかった?! それは本当ですか?! 間違いなく?!」

 私は電話に向かって叫ぶように聞き返す。

 本当ならばこの上なく朗報だが同時に間違いでしたでは済まされない。

『本当です! 検査方法を変えて素体を2回ずつ調べましたがそれぞれ適合率99.7%、99.6%ですので間違いありません。万が一、いえ、億が一の事を考えればもう一度素体を採取して検査したいとは思いますが、少なくとも血縁関係、それも相当な近親者であることだけは確実です』

 電話の主は強い口調で断言する。

 

 遺伝子検査の技術者としてはかなり優秀な人だし、その鑑定結果は多くの裁判でも採用されている。

 予備検査はともかく、2回目の検査では間違いなく本人が行っているだろうから言葉通り確度は高いのだろう。

 こうしてはいられない。

「分かりました。念のためその対象者から再度検体を採取する手配をします。今回のデータをすぐに送って下さい。それから新しい検体が届いたら最優先で検査をお願いします」

 そう言って電話を切り、パソコンを立ち上げるとすぐにメールが届く。

 添付されたファイルを開くと、PDFで送られた書類は裁判にも使われる書式で細かなデータと検査方法の記述が書かれている。

 すぐにプリントアウトし、もう一度内容を確認。部屋を飛び出した。

 

 邸宅の一角に隠し部屋のような形で事務室がある。

 主に執事の人が事務仕事を行ったり、私やその他の専門系技能を持つメイドが皇家にかかわる仕事をしたりするときに使用する部屋だ。当然必要な機器や資料は全て揃っているので便宜上必要で外部に借りている私の個人事務所よりも充実していて実際の仕事はほぼここでしている。

 まぁ、私は皇家専属の弁護士なので他から仕事を受ける事もないしね。

 事務所を出た私は真っ直ぐ旦那様の書斎へ。

 私は旦那様の秘書的な役割を担ってもいるのでスケジュールは把握している。

 

「旦那様、緊急にご報告があります」

「……入りなさい」

 扉越しに声を掛けると入室の許可が出た。

 私は一礼し息を整える。

「何があった?」

 旦那様がジロリと睨むような目を向ける。眉間の縦皺、鋭い眼光、普通に恐いわね。

 ですが、それを変えてみせましょうとも。

 

「陽斗様が、旦那様のお孫様の所在が判明致しました。ご存命でいらっしゃいます」

「!! それは本当か?!」

 電話を受けたときの私と同じ反応ね。まぁ当然だけど。

「根拠となるデータはこちらに」

 そう言って書類を差し出す。

 旦那様がそれを引ったくって内容に目を通す。というか、それ裁判資料と同じ記載内容なんですけど、分かるんですか?

 

「……すぐに向かう。準備しなさい」

「ちょ、ちょ~っとお待ちを! いきなり旦那様が行ってどうするんですか! ほぼ確定しているとはいっても万が一ってこともあります。それに陽斗様が現在どんな生活をしているのかも分からないんですよ? 突然見知らぬ、眉間に皺寄せた恐ろしげな爺ぃ、あ、いえ、初老の男性が現れたりしたら逃げますよ!」

 今にも書斎を飛び出しそうな旦那様を止める。

「むぅ、しかしだな」

「とにかく早急に陽斗様の現状を調査して、念のためもう一度DNA検査を平行して行いましょう。それに受け入れの準備ですね。旦那様はこのお屋敷でどっしりと構えていて下さい」


「……仕方がない、か。分かった。金は幾ら掛かっても構わん。調査員を総動員してでも早急に調べろ。それから、万が一の事があってはいかん、陽斗を内密に護衛するように」

「承知致しました。すぐに手配します」

「……それから」

「なんでしょう?」

「貴様、さっき儂のことを恐ろしげな爺ぃと…」

「旦那様、一刻も早く手配しなければなりませんので失礼します!」

「う、うむ」

 危ない危ない、旦那様は変なところで耳が良いんだから。

 とにかく早急に手配しなきゃね。

 ここまで来て陽斗様に何かあったらそれこそ大変だし。

 

 足早に事務所に戻った私は旦那様の子飼いの調査会社に最優先依頼として陽斗様、今は井上達也という名前になっているようだけど、その男の子の調査を徹底的に行うように指示する。

 調査会社の一定以上の役職を持っている人はある程度の事情を知っているので話は楽だ。

 現在抱えている調査のうち、外部に出せそうなものは全て協力会社に依頼して、総力を挙げて調査にあたる。まぁベテラン調査員だけで200人以上いるからすぐにある程度は分かるわね。毎日報告するように言ってあるし。……本人に気付かれなきゃ良いけど。

 

 同時に陽斗様の在籍している学校に検体採取を手配する。といっても素直にDNA検査とか言えないので適当な、そうね、インフルエンザの検査と予防接種って事にしましょう。予防接種は体質によっては受けない子もいるから、検査だけは全員ということで。

 受け入れ準備に関しては執事頭の和田さんに丸投げしよう。全部が全部私がやるのはごめんだわ。あの人ならそつなくこなしてくれるわよね。

 

 全ての手配を終えて、あとは調査待ち、だったんだけど。

 さすがに優秀な調査員。翌日からすぐに報告書が届くようになった。のだが、その内容は信じられないようなものだった。

 新聞配達の仕事をしてる? 未成年なのに? 髪はボサボサ、服はボロボロってどういう事?

 添付されている写真を見る。

 中学3年生となってるけど、どう見ても小学校3、4年生くらいにしか見えないんですけど?

 明らかに身体が小さく、酷く痩せている。

 どう見てもネグレクトかそれに類する虐待を受けているとしか思えないわね。

 その後も日を追う毎に陽斗様の置かれている状況がはっきりしてくる。

 

 学校での暴力を伴った虐め、同居している男性からの暴力、新聞販売店で得た収入の搾取等々、目を覆いたくなるような酷い状況にさすがに胸が痛くなる。

 弁護士という仕事柄、虐めや虐待など話としては色々と聞いているが、こうまで詳細に知ると本当に胸くそ悪くなるわね。現場の調査員からも強制的な保護の許可を求める要請が毎回来るし。

 旦那様にどう報告すりゃ良いのよ、こんなの!

 ほぼ陽斗様に間違いないだろうという少年が虐待されているなんてのが耳に入ったら加害者はおろか周辺の人間全員抹殺されかねないじゃない。

 陽斗様や、陽斗様が誘拐されたことのショックで体調を崩され闘病の末に亡くなられた葵様と直接面識のない私でさえはらわた煮えくりかえりそうになるくらい怒ってるのに。

 

 とにかく旦那様への報告は概要だけに止め、“ほぼ”を“100%”にするための検査を急がせる。

 同時に、陽斗様の母親を名乗る女の身元も調べさせる。それと拘束する準備も。

 12月も半ばを過ぎた頃、ようやくDNA検査の結果も出そろった。

 先の検査を行った施設だけでなく、信頼できる他の施設でも平行して検査を依頼し、全ての検査であの井上達也という少年が間違いなく陽斗様であることが証明された。

 そして、母親面して陽斗様を虐待していた女が、かつて陽斗様のベビーシッターを務め、現金や貴金属を盗んで陽斗様を誘拐した“佐藤明子”であることも突き止める。

 それら全て、今回は虐待の内容も含めて旦那様に報告し、いよいよ陽斗様の救出計画を実行する。

 だから、鬼みたいな顔で飛び出そうとしないでくださいって、旦那様!

 

 事前に数台の車と人員を陽斗様の住む街に送り込み、同時に佐藤明子と、同居の男を監視。

 私は旦那様のプライベートジェットを借りて現地に一番近い空港まで飛び、陽斗様が学校へ登校した直後、部屋で寝転けていた男女を拘束した。

 ここまでは計画通り、調査員と旦那様の意を受けた現地の警察官によって行われた。ホント、権力者を敵に回すもんじゃないわよね。

 そして、ここからが私の仕事。

 

 皇家のリムジン、その中でも車体が白く、ガラスも黒いスモークじゃない威圧感のない車をチョイス。真っ黒でフルスモークのリムジンなんて恐がらせちゃいますからね。

 陽斗様が住まれているアパートの前に車を停めて帰宅を待つ。

 駐車禁止の区域だけど所轄の警察には事前に連絡がいっているので問題ない。運転手も乗ってるしね。

 終了式なのでその分の時間も考えて待っていたのだけど、遅いわね。

 友達とでも話をしているのか、でも学校で親しい友達ってあまりいないようだって報告受けてるけど。

 そんなこんなで予想よりも30分ほど過ぎた頃、帰ってきましたよ陽斗様。

 

 陽斗様はリムジンを興味深そうに見ながら通り過ぎようとする。

 まぁ当たり前か。

 でもそのままアパートに向かおうとしているので慌てて私も車を降りる。

 多分朝の捕り物で部屋の中荒れてるかもしれないから、見たらビックリするでしょ。多分。

 それにしても本当に小っちゃいわよね。

 小っちゃな男の子に猫なで声で声を掛ける20代半ばの女。

 通報されそう。

 

「あの、井上 達也さん、ですね?」

 念のため確認。

 驚いて振り向く陽斗様。

 やだ、ちょっと、すっごく可愛いじゃない!

 写真で見てたけど、実物は目がくりくりしてて仔猫かウサギみたい。

「井上 達也さんですね?」

 こちらを見たまま固まっている陽斗様にもう一度声を掛ける。

 大丈夫かな? 警戒されてない?

 内心ドキドキしながら返事を待つと、不思議そうな顔で頷いてくれる。

 

 驚いてはいるようだけど、特に恐がったり警戒しているようには見えないので、私はホッとしながら自己紹介と、陽斗様に話があることを伝える。

「あ、あの、先に家のことをしなければならないので、後からでもいいなら」

 ハイ! あの女殺す!

 報告書通り、あの女は陽斗様に全部の家事を押し付けていたらしい。

 大丈夫よぉ! 今日からは家事なんて一切しなくても良い生活になりますからねぇ!

 とにかく私は陽斗様を安心させられるように表情と口調に気をつけながら話を続ける。

「同居されている井上雅美と名乗っている・・・・・・女性と白井孝司という男性を気になさっているようですが、ご安心ください。お二人は本日お・・・・・・帰りになりません・・・・・・・・

 それと、私がお伺いさせて頂くこともお二人にはお伝えしておりますので、何も心配なさらなくて大丈夫です」

 伝えてる、っていうか、拘束してるんですけどね。

 そして二度と陽斗様の前に現れることはあり得ないし。

 

 場所を変えて話をすることに同意してもらい、リムジンの中に誘う。

 珍しそうに中をキョロキョロと見ている陽斗様。

 まぁ普通の中学生は、小学生にしか見えませんけど、リムジンなんか乗ったことないだろうから当然でしょうね。

 そして陽斗様の向かい側に私が座ると陽斗様の視線が私の足に向けられ、顔を真っ赤にして横を向いてしまう。

 ……なんでしょう、この可愛い生き物は。

 このままスカートを捲って誘惑しちゃうとか、あ、運転手の視線が後頭部に刺さる。旦那様に報告されたら恐いので止めておこう。今は。

 

 とりあえず食事をということで誘ってみると、返ってきた答えは「お金を持ってない」という予想の斜め上の言葉。陽斗様からお金取るわけないじゃない。

 とはいえ、あんな劣悪な環境で育ったのに倫理観はしっかりとしてるってのは素晴らしいわ。

 とりあえず中華料理を提案してみたら問題なさそうなので予約してあるホテルに向かってもらう。

 他には和食とかイタリアンとかガッツリ焼き肉とかも席を確保してあるけど、自動的にキャンセルね。

 その場合、調査員が代わりに行くことになってるし喜ぶでしょう。

 食材を無駄にしたりはしないわよ、もちろん。

 

 ホテルの中華料理店に入り、すぐに料理を出してもらう。

 私は甲斐甲斐しく料理を取って陽斗様に渡す。好感度上げるなら今よね。

 陽斗様は小っちゃなお口に料理を運ぶが、ほんのちょっと食べただけで満足してしまった。

 ……うそでしょ? 死にかけの老人や幼稚園児だってもっと食べるわよ? 多分。

 そう思ったのだけど、別に遠慮しているわけじゃなく、本当にお腹がいっぱいになってしまったらしい。察するに普段から小食を強いられていて胃が小さいのだろう。

 あの女に対する殺意が増すわね。

 これも旦那様にキッチリと報告しましょう。

 私は料理を食べ損ねたけど、我慢よ我慢。後で隙を見てゼリー飲料でも飲んでおこう。

 

 料理を下げてもらってからいよいよ陽斗様に事情を説明することになった。

 まず陽斗様の本当の名前と、陽斗様の所在が分かった理由、つまりDNA鑑定の事だ。

 元々以前に一度同じようにDNA鑑定を実施したことがある。だが、その時には見つからず、その結果に旦那様はひどく落ち込んだらしい。

 全国で一斉に行われた検査で見つからなかったということは学校に通っていないか、或いは既に亡くなっているか、どちらかといえば亡くなっている可能性の方が遥かに高いと考えられたので無理もないだろう。

 私は当時まだ大学生だったのでその様子は伝聞でしか知らないが。

 ところが昨年の秋頃、私の知人の姪がDNA検査の時に病気で検査を受けていないことを何かの雑談で聞きつけたのだ。

 様々な事にアンテナを張っていた私だからこそ気づけたのよ。スゴイでしょ!

 コホン。

 

 私はすぐに当時の対象となっていた子供の総数とDNA検査数を調べ、およそ7000人が検査から漏れていたことを突き止め、即旦那様に報告した。

 それで、微かな望みを託して再度の検査を実施。

 今度は入院中だろうが不登校だろうが海外に留学中だろうが全員必ず受けさせるように徹底させた。

 ただ、全国どころか海外にも広げたために準備にも検査にもかなり時間が掛かり、検査までに半年、検査結果が出るまでにもさらに半年以上掛かってしまった。

 陽斗様の話では、陽斗様も前回の検査を受けていないらしく、しかもその理由が虐待の証拠である痣や火傷が露見するのを恐れたためとか。

 やはりあの女は殺しましょう。塵すら残さずに。

 思わず本音が顔に出てしまったようで、陽斗様を恐がらせてしまった。

 

 あの女が陽斗様を誘拐した理由も殺さずに虐待を続けてきた理由も想像できる。

 あの女は葵様に嫉妬していたのだろう。桁違いの資産家の家に生まれ、同じく資産家であり優秀で見た目も良かった夫と祝福の中で結婚し、子供にも恵まれた。

 夫に先立たれるという不幸には見舞われたが、莫大な夫の資産を相続し、父親もそれこそ目の中に入れても痛くないほど孫共々可愛がっている。

 そんな葵様に身の程も弁えずに嫉妬し苦しませてやろうと陽斗様を誘拐した。

 そして、恵まれ愛されるべくして生まれた陽斗様を貶め虐げることで自分が葵様の上にでも立ったような気持ちになっていたのだろう。

 あの女が陽斗様を殺さなかったのは、幼子を殺せなかったわけでも情が移ったわけでもなく、ただ、優越感に浸りたかっただけだ。

 うん。やっぱり殺すだけじゃ足りないわね。後で旦那様と相談ね。

 

 話が逸れたわ。

 私は話を続けた。

 亡くなられたご両親のことをお話しするのは気が進まなかったが言わないわけにもいかず、できるだけ穏便に話したつもりだったが陽斗様を泣かしてしまった。

 私の眠りについたままの母性がこの時ばかりは暴走するところだったわ。

 だって、陽斗様が不憫だったし、何より涙を流しながら気丈に振る舞う陽斗様が可愛らしくて可愛らしくて。

 

 そんなこんなで旦那様の事も含めて全てを説明し、なんとか旦那様に会っていただく了承を取り付けた。

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