第23話 閑話 弁護士メイドの述懐 その2

 色々と事情を説明し、なんとか旦那様と会ってもらえることになってホッとしましたよ。ホントに。

 実際にはあの女が拘束された以上、未成年、それもまだ義務教育期間中である陽斗様が生活するには保護者の存在が絶対に必要になる。

 だから陽斗様の意思にかかわらず、現在の生活を続けるのは不可能。

 けど、だからといって本人の気持ちを無視したら誰のためにもならない結果になる。

 一番良いのは陽斗様が旦那様との生活を望んでくれること。

 望んでさえくれればもうこっちのものよ。

 誰よりも幸せな人生が幕をあける。と思う。多分。

 

 残るはもう一か所。陽斗様が働いていた新聞販売店ね。

 調査書によると陽斗様の事をかなり心配していて陰に日向に助けていたみたい。

 陽斗様も職場に迷惑を掛けることをかなり気にしてたみたいだし、保護者気取りがいっぱい居そうよね。

 法律を盾に文句を言わせないようにするのは簡単だけど、あの人達が居なければ陽斗様がどうなっていたか分からないし、陽斗様もかなり心を許しているみたいだからできるだけ納得して送り出してもらいたい。

 陽斗様を乗せたままリムジンで勤務先の新聞販売店へ。

 到着して店内に入った途端、10人近くに取り囲まれる。といっても私じゃなく陽斗様が。この人達私の事が目に入ってないんじゃないの?

 

 埒があかないので強引に声を掛けて責任者を呼んでもらう。

 すぐに奥の事務所から50代くらいの男性が出てきた。

 見るからに昔気質むかしかたぎの頑固親父といった厳つい雰囲気を持っているが、陽斗様はその顔を見るなりパッと表情を明るくする。

 ……何か面白くないわね。どう見ても陽斗様がこの親父を凄く信頼してるってのが明らかだ。くぅ、やっぱり一緒にいた時間が長いせいか。

 その親父が私の話を聞きながらこちらを見定めるようにジッと見てくる。少しの嘘も誤魔化しも見逃さないという意思を感じられる。

 仕事柄こういった視線は馴れてはいるけど、ここまで強い意志を込められるとさすがに緊張する。と同時に、こういった人達が周囲にいてくれたからこそ、陽斗様が絶望したり曲がったりすることなく暮らしてこられたんだと理解した。

 

 一通りの説明が終わり、親父、もとい社長さんが陽斗様とふたりで話をしたいと言ってきた。どんな話をするつもりなのか不安で躊躇したけど、やはり陽斗様が憂いなく旦那様と会うには必要だと割り切った。

 待ってる間も他の従業員達から質問攻めにあってたので退屈はしなかったけど、私の電話番号は教えないわよ。スリーサイズもね! 陽斗様にだったら聞かれたら即教えるに決まってるじゃない。

 しばらくして戻ってきた社長さんと陽斗様に変わった様子はなかったので一安心。

 ただ、制服の内ポケットやズボンのポケットをやたらと気にしていたし、私に申し訳なさ気な視線をチラチラと向けてきたので理由は簡単に察した。

 多分こちらに内緒の連絡手段ともしもの時の逃走資金でも渡されたんだろう。まぁその程度は想定内だし問題ない。見て見ぬふりをしておこう。そもそもこちらに疚しいことも騙す意図もない。

 ただ、陽斗様はもう少し腹芸ができた方が、いやそのままでも良いか。そんなものができなくても旦那様と私達が守るし。何より可愛い。

 

 最後に社長さんが「達坊、あんたの言う西蓮寺陽斗は本当に大切にしてもらえるんだろうな。いや、そうじゃねぇな、こいつの意思を尊重して、幸せに暮らせるようになるんだな?」と念を押してきた。

 さすがは経営者。的確に言葉を使ってくるわね。

 大切に、ではなく陽斗様が幸せと感じられるように、ね。

 これが一番大切なことなんだろう。こればかりはこれからの旦那様や私達次第。

 ともかく、なんとか無事に販売店を後にすることができた。

 というか、今回の仕事で一番大変だった気がするわ。

 

 

 その後は一度アパートまで戻って荷物をまとめ、と思ったら、あまりの荷物の少なさに愕然とする。

 教科書などを除けば衣類は最小限、冬だというのに上着の一枚もなく、ほぼ一揃えくらいしかない。スポーツバッグひとつに全ての荷物が入ってしまった。

 寝床と思わしき場所には古びた毛布が一枚だけ。敷き布団すら無いようだった。

 ……コレも旦那様に報告ね。

 

 荷物を持って空港まで直行。

 プライベートジェットに目を輝かせる陽斗様に萌える。

 ただ、ここで私はひとつの失敗を悟った。

 タラップを登った陽斗様はお顔が真っ赤。

 先に登ったのは私。そしてこのタラップは結構急勾配だ。

 ということは、陽斗様は私の足元を見て登ったということで、恥ずかしそうにしているのはそのせいだろう。

 私は後悔する。

 何故ミニスカートを穿いてこなかったのか!

 コホン。

 

 離陸の時に身を縮める陽斗様にも萌え、過剰に世話を焼こうとするCA兼うちのメイド達を蹴散らしつつ1時間ちょっとのフライト。

 この短時間で早くもCA達は陽斗様の可愛らしさにメロメロだ。

 ……飛行機の中に輸血設備も必要かしら。鼻血対策に。

 

 空港に到着して再び車に乗り換えて移動。

 30分ほどで屋敷の敷地が見えてくる。

 けど陽斗様にそれを言ってもピンときていなかったようだ。それも当然。

 見えているのはどこまでも続いているように見える白い壁だけ。

 ちなみに敷地と川を挟んで反対側にある山も旦那様の所有地だ。山をぐるりと囲む形でフェンスが囲んでいて各所にセンサーが張り巡らされている。何故なら外部から屋敷内を監視したり狙撃したりすることができないようにという防犯目的だ。

 旦那様の立場や資産を考えると仕方がないことなのかもしれないが、正直やり過ぎと思わないでもない。まぁ、山菜も採れるし、時々数が増えた猪や鹿を間引いて食卓に並ぶけど。

 

 そんなこんなで屋敷に到着していよいよ旦那様とご対面となった。

 心配していた旦那様の暴走や恐ろしげな頑固爺の外見に陽斗様が怯えたりしないかというのは、まぁ、とりあえずは大丈夫なようだった。

 途中で何度か覗いて見たものの、旦那様の蕩けきっただらしない表情、逆にちょっと恐かった。

 

 その後で陽斗様がお風呂に入ることになったのだけれど、ここで少々問題が発生した。

 陽斗様はつい昨日まで虐待当たり前の環境で過ごしてきたし学校でも虐めがあった。だからできるだけ早めに身体の状態を確認しておきたかったのだ。

 もちろん明日にでも医師による診察は隅々までしっかりとしてもらうんだけど、少なくとも見える範囲程度は早急に把握したい。

 それにこのお屋敷のお風呂は無駄に広い。

 基本的に使用人は自宅や社宅、寮のお風呂を使うので屋敷の風呂なんか使うことはない。

 だから使うとすれば旦那様やこの私邸に招いたお客様くらいしか使わない。んだけど、実際には旦那様は私室にあるシャワーで済ますことが多いし、お客様は隣接する迎賓館を利用するので滅多にこちらの私邸に人を招くことはないのよね。

 常に使用できる状態に保たれてるのに無駄もいいところよ。

 

 まぁ、今はそれは置いておいて、陽斗様の事。

 広いお風呂で転んだりしたら危ないし、設備なんかでわからないことがあるかもしれない。

 だから誰かが入浴の手伝いをするべきだと主張した。

 もちろん私が!

 でもその主張自体は受け入れられたのに、初対面に近い異性が一緒というのは駄目だろうと旦那様が渋い顔をしたのだ。

 今どき若い男の子がお風呂に入るときはメイドがお手伝いするなんてラブコメ界では当たり前の事よ。

 でも結局執事頭の和田さんが陽斗様のお手伝いと虐待跡の確認をすることになってしまった。

 旦那様の同年代のお爺ちゃんが一緒にお風呂って、誰得よ!

 あ~あ、陽斗様と一緒に入りたかったなぁ。

 

 その翌日。

 午後は医師による診察の予定だがその前にするべきことがある。

 丁度陽斗様から旦那様に話したいことがあるようだったので同席させてもらい、陽斗様の相続財産の話をした。

 資産の内訳としては現金と、すぐにでも現金化できる有価証券で250億円ほど、都内のマンションが6棟で時価総額500億円を超える。

 現金や証券の大部分は父親である西蓮寺氏の残した遺産だが不動産は母親である葵様が婚姻する前に旦那様が贈与したものだ。

 何があっても金銭的に苦労しないようにという親心だったらしいけど、ちょっと私のような庶民には理解できないわ。

 貸し出している賃貸料だけで毎月一般サラリーマンの年収十数年分くらいの額になる。それらも今後は全て陽斗様の個人資産だ。

 まだ未成年だから当面の管理は旦那様がなさるらしいけどね。

 

 やっぱりというか、額を聞いた陽斗様はそれを固辞。

 でも既に手続きは終えちゃってるのよね。だからもう取り消せません。

 それに、旦那様からすればその程度は端金みたいなもの。

 そういえるほどに桁違いの資産を旦那様は保有しているし、今現在も運用などで増え続けている。

 お金って一定以上の金額になると減るよりも増える方が早くなるのよね。昔から『お金は寂しがりやだから沢山仲間がいるところに行こうとする』って言われてるし。

 そして旦那様の法定相続人の第1順位は陽斗様しかいない。一応第3順位の妹はいるけどその方は結婚していないし子供もいない。なので法律上旦那様の財産を相続する権利があるのは実質的に陽斗様だけだ。

 いつか旦那様が亡くなったらその莫大な資産、アラブの王族を超える財産を陽斗様は引き継がなければならないのだ。

 放棄は並の資産家程度まで資産が目減りしない限り、大きすぎる影響を考えて周囲が許さないだろう。

 でも旦那様の事だから陽斗様の孫の代まで生き続けるような気がするけど。

 

 そしていよいよ陽斗様からのお話、なんだけど、意外すぎてビックリだわ。

 決死の覚悟でという表情から(そのお顔も可愛かったけど)繰り出されたのが『高校に行きたい』という言葉。

 迂闊だったわね。

 報告書で進学の希望がクソ女のせいで許されていないと知っていたのにそこに考えが至らなかった。

 当然知ったからには全力でその希望を叶えて見せましょう。

 ということですぐに最適な家庭教師を探す。

 どうせ陽斗様は前に住んでいたときに通っていた中学はお休み扱いだ。

 今さら近隣の学校に転校してもほとんど意味無いし、出席日数は問題ないので普通に卒業できる。3年の3学期は内申も関係ないしね。

 

 その日のうちに調査会社から数人の候補が挙がってきた。

 どれも実績、評判、人間性に問題ない人ばかりだ。けど、男はこの時点で全て却下しておく。

 陽斗様は家でクズ男に日夜虐待されていたんだし、学校の男性教師もクソみたいな奴がいた。度を超えた虐めをしていたクソガキもほとんどが男子だ。

 もちろん選ぶ家庭教師にそんなのはいないだろうが、ほんの少しの仕草で陽斗様が萎縮してしまうかもしれない。

 だから、できるだけ教え方が上手いだけじゃなく、できるだけ人当たりが柔らかく威圧感のない、そうね、小柄な若い女性が良いでしょう。

 

 それにしても、陽斗様は我が儘を言わない。

 旦那様も陽斗様付のメイド達も、もちろん私も! 陽斗様が我が儘を言ってくれるようになることを心から望んでいる。

 陽斗様の我が儘だったらちょっとくらいエッチなことでも喜んでするんだけどなぁ。

 クリスマスの時の衣装、もうちょっと露出した方が良かったかしら。

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