第5話 同居人

 いつの間に居たの?

 招待した覚えは一切ないんだけど。

 鮮やかな金髪をポニーテールにしていて、クリクリした碧眼が可愛らしい。透き通るように真っ白な肌だが、顔つきは日本人っぽい。ハーフかな?

 花柄のワンピースがよく似合っていた。これで、麦わら帽子を被っていたら満点だったのだけど、無いものねだりしてもしょうがない。

 そこで、俺の記憶検索エンジンが彼女を検知した。

 俺はどこかで彼女に会っている。けど、どこで?

 地獄に女の子の知り合いは残念ながらいない。

 中途半端な性能の記憶検索エンジンに辟易しながら思案する。

 さて、どうしたもんかな。

 こんなときは、あれだ。

 エデんもん。

「……すっごい中途半端なあだ名をつけてくれましたね。猫型ロボットなのかデジモンなのかはっきりして下さいよ」

 早速、エデンもんが対応してくれる。俺の付けたニックネームに文句があるようだが、無視だ、無視。

 そんなことより――

「なあ、誰、あの娘? 俺、あんな娘、知らないし招待した覚えもないんだけど」

 俺の問い詰めにエデんもんは、ああ、と呟き、

「わたしがここに招待したんですよ。彼女、ちょっと訳アリなもんで」

 となんの悪びれもなく抜かしやがる。

 えぇ、なんで、俺の所なの? 

 ていうか、自分だけの場所パーソナル・スペースのパーソナルとは一体?

「今更、それの解説ですか? まあ、いいですけど。

 いいですか。別に自分だけの場所パーソナル・スペースと言っても閉鎖された空間というわけではありません。

 そこは、直樹さんの幸福観念だけが成立するあなただけの世界です。

 なので、他の人の幸福観念の影響を一切受け付けません。

 そこにおいてはあなたは神――ゴットです」

 うん、頼んでもいない解説ありがとう。俺のことなんか気にせず『EDEN』は続ける。

「なので、ここには誰でも来ようと思えば来れる訳です。直樹さんみたいに自分だけの場所パーソナル・スペースを持っている人はそこから出てこないでしょうから、来るのは、未所持者だけだと思いますけど。まあ、ノブレス・オブリージュだと思って使わせてあげてくださいな」

 それだけ言うと奴との回線が切れてしまった。

 ていうか、ノブレス・オブリージュの使い方違くない?

 いや、別にどうでもいいけどさ。

 ため息を一つ吐く。

「なあ、ちょいっとお話しないか? 別に時間をとる訳じゃねえ。お互い自己紹介しようや」

 俺は意を決して彼女に声を掛けた。

 彼女は読みかけの漫画世界から帰還してくれ――ちなみに、2巻目に突入――俺の方を向くと、

「うん、いいよ。ナオキチ」

 あら、意外と素直。

 ていうか、ナオキチって俺のことか?

「あの、気持ちの悪い性悪AIがあんたのことナオキさんって呼んでたからナオキチ」

 俺の怪訝そうな表情を読み取ったらしく、勝手に解説してくれる。

 ……気持ちの悪い性悪AIって、嫌われてるなぁ、あいつ。

 あ、そう、と短く返し本題へ。

「俺は三島直樹。地獄に居た時は文屋をやってた。つっても、サイトのキャッチコピーと簡単な紹介文をちょろっと書くだけの駆け出しだったけど。趣味は、見ての通り。まあ、よろしく」

 ふーん、なんて興味のなさそうな表情で呟くと、

「あたしは、リオ・レギンス。永遠の17歳。ここに来る前にクソ殺戮機械にハチの巣にされて、気が付いたらここにいた。こちらこそ、よろしく」

 再び漫画世界に没入していった。

 そこで、ポンコツの記憶検索エンジンがようやく彼女の記憶を捕捉する。

 死に体で俺に殺してくれと縋り付いてきた女の子だ。

 なんて因果だよ。

 まあ、それはいいとして――

「おーい、『EDEN』さ、先行部隊のアホ共はいい加減なんとかならんのか」

 俺は性悪AIに抗議することにした。

 あいつらが滅茶苦茶するせいで、仕事がめんどくさくなったりそもそも回収不能になった例も結構あったから。

 少しの間の後、

「それなら、いいナノマシンが開発できたんです。実際に運用できるまであともう少しかかりますが、あの方々には報酬として別枠の天国に招待いたしましたので、今後は直樹さんたちにも、もっと楽な仕事をご提供できると思いますよ」

 奴はすこぶるご機嫌に報告してくれる。

 ていうか、別枠の天国って……。

 なんか、嫌な予感しかしないが、知らないことの方が良いこともあるから追求は絶対にしない。絶対に、だ。

 直接会ったこともない連中だが、一応祈っとく。

 そうして、いつもの日常に回帰していく。

 だが、この日を境に、ボビィの姿を見かけなくなった。



 

 

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