第4話 幸福

 そんな訳で、『EDEN』の中継基地へと帰ってきた。

 天を衝く程に高い丸っこい塔のような建物。

 ここだけ、空がオーロラのカーテンでグラデーションされている。

 まあ、実際のオーロラとは違い対ミサイル妨害ナノマシンが空を覆っているせいなのだが、それでも神秘的なのに違いはない。

 自然のものだろうが、人工的なものだろうが美しいものは美しい。

 風情なんてものはナンセンスだ。

 俺たちは建物の中へと入る。

 様々な機器が忙しなく働いているが、駆動音は一切なく不気味なほどに静かな建物内を俺たちは進む。

 途中で相棒と別れ、俺だけは別ルートを進む。

 所定の場所につくと俺の機械ボディが外され新たなる入植者たちが無事回収される。

 その瞬間に俺の仕事は完了した。

 不意にどうしようもない皮肉めいた笑いが沸き上がる。

 その昔、人類は肉体を捨てデータのみの存在として電脳空間にて生活するというSFが夢想されたことがあった。

 事実、俺たちは『EDEN』の作り出した楽園の恩恵をこれでもかというくらいに受けている。

 だが、現実として、俺たちは自らの肉体を完全に捨て去ることはできなかった。

 俺が運んできた連中にしろ肉体が生きていなければ、楽園に入植することは叶わない。

 勿論、俺だってどこかの中継基地にて体が保存されている。

 つまり、俺たちの魂は肉体ありきであり、今後も決して肉体という牢獄から抜け出す日はこないのだろう、というなんとも皮肉めいた笑いだった。

 俺たちは機械にはなれない。

 肉に支配された有機物でしかない。

 だから、なんだって話だけれど。


☆ ☆ ☆


「おめえはとんでもない冷笑家だな」

 仕事中に抱いた感想を話すとスーツ姿の黒人さんはアニメ映画を横目に俺にそう言った。

 まあ、押井版『攻殻機動隊』なんて見てるあたり、この人も大概に皮肉屋なのだが。

 そう言うと、うっせぇわ、とだけ答えて再びモニターに意識を向け始めた。

 彼は、ボビィ・マークイン。

 俺が最初に楽園に来た時にサンドイッチをご馳走してくれたあの人だ。

 ちなみに、楽園に来る前に散々っぱら追いかけてきた蜘蛛型マシンの中の人だったりする。

 あれ以来、何かと俺の世話を焼いてくれる面倒見のいいナイスガイ。

 今回もバディを組んで一緒に働いてくれた。

 今現在はその慰労会という訳だ。

 その後はだらだらとお互い何かを喋る訳でもなく、お互いの世界に没頭していた(ちなみに俺が今読んでいる漫画は、『死役所』という死後に行くことになる役所を舞台に繰り広げられる人間ドラマを描いた作品だった。その漫画のチョイスを含めてやはり俺は冷笑家らしい)。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くわ」


 映画を見終わったらしいボビィはそういうとその場から消えた。

 憩いの場所パブリック・スペースへと移行したのだろう。

 自分だけの場所パーソナル・スペースを持ってない奴は大変だな、と少しだけ不憫に思う。

 『EDEN』が用意してくれた俺の自分だけの場所パーソナル・スペースだが、楽園の住人全員が持っている訳ではない。

 俺はぶっちゃけ、漫画喫茶に引きこもって漫画やらアニメやらをだらだらと眺めて暮らせれば幸福な安い人間だから容易に自分だけの場所パーソナル・スペースを展開できたが、特別な条件下でなければ自身の幸福を実感できない人間はそうはいかない。

 つまり、嫁が傍にいなければ味気ないだとか、残してきた子供が心配でそれどころではないだとか、まあ、そういった俺には一生縁のない案件だ。

 ボビィはというと恋人を地獄へと残してきたらしく彼がしょっちゅうバイトを受けているのはそういった事情もある。

 ポイントは馬鹿みたいにたまっているのに使う機会がないというなんとも可哀そうな状況が続いている訳だ。

 なんだか、ままならねえなぁ、と俺の目の前でコーラを飲みながら漫画版『86―エイティ・シックス―』を読んでいる少女を見つめる。

 ていうか、誰、この娘。


 

 

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