第31話 十数年、その思い

 「私、お父さんとお母さんと、幸せに暮らしたいんです」


 と、シオンはそう言った。それは今日の朝に聞いたシオンの夢。言葉も、その悲しげな表情も、同じ。


 喉元まででかかっていた理由はこれか。ああ、なんで気づかなかったのだろう。シオンが自分の口で言っていたというのに。


 よく考えればわかること。シオンは監禁され、おそらく両親とは会えていない。そんな状況で両親と幸せに暮らしたいなど、その意味は一つだ。


 「あの村に、いるのか?」


 「います。あそこに囚われてから、一度も会ったことはありませんが。シャンドの村にいるって、そう聞かされてます」


 「魔獣を、引き込んで。村が混乱している最中に、両親と一緒に逃げようってことか」


 「ええ、それが私の夢ですから」


 夢、か。両親と一緒に幸せに暮らすという夢。朝シオンが夢を語った時、一般論的な話かとばかり思ってしまったが、違ったんだな。あれは、持たざる者が持つ者に憧れて出たセリフだ。


 これで、大体全てがわかった。あとは、彼女を説得するだけ。元々、それが目的で話を切り出したのだ。


 「なぁ、シオン」


 「はい」


 「まだ、あの村に復讐しようと思ってるか?魔獣を呼んで、村の人たちを殺してもらおうって」


 「っ!そっ、それは.......」


 殺す、という単語が出た瞬間にシオンの顔が青ざめる。もしかして、考えていなかったのだろうか。自分の行動の結果がどうなるのかを。


 「私、殺すなんて、そんな.......お父さんとお母さんに.......会いたく、て......」


 ぶつぶつとシオンの口から溢れるのは、葛藤。両親に会いたいという気持ちと、人を殺してしまうかもという実感。意識的にか無意識にか、今まで目を逸らしてきた事実にシオンは翻弄されている。


 「人を........人を、殺して........でも.....でもっ....!」


 シオンの目からはまたしても涙が溢れ出ている。だが、その葛藤の末の答えに辿り着いたのか、涙を流しながらもこちらを向いて叫んだ。


 「でもっ、わたし!それでもお父さんとお母さんに会いたいんですっ!」


 少女の、悲痛な叫び。


 「人が死ぬなんてっ、知りません!わたしを閉じ込めて、それで幸せになった人たちっ!そんな人たちが死んだって、わたしは、なにもっ.......なんとも思いません!」


 流れる涙は先程とは違い、そこには辛く悲しげな色が湛えられている。口では気にしないと言いつつも、そこには確かに苦しみを抱えているのがわかる。


 「.........シオンはさ、いい子だよな」


 「っ!な、なんでっ......意味わかんないです!」


 「いや、俺だったらさ。自分を不幸にして、その不幸で幸福になっている人たちを見たら、きっと復讐すると思う」


 「わたしも復讐するって言ったじゃないですか!」


 「いや、違う。シオンが言ったのは両親に会いたいっていう願いだ。違うか?」


 「..........グスッ」


 「シオンは本当は村の人たちを殺したいなんて思ってない。酷い目に合わせたいなんて、思ってないんじゃないのか?」


 「........そ.........よ」


 俺の耳にぎりぎり届くか届かないかと言う声量で発されたその言葉は、次の瞬間、力強い響きとなって俺の耳に飛び込んでくる。


 「そうですよ!人殺しなんて絶対したくありません!今日街を歩いた時、村の人たちの顔を見て、幸せそうな顔を見てっ!酷いことしたくないって思いましたよ!でも......」


 「でも?」


 「でも、他にやり方なんてわからなくてっ......今まで何回も逃げ出しましたけど、すぐ捕まっちゃうんです。だから、なんとかしなくちゃいけなくてっ。他に方法なんてなかったんです!」


 「.......方法がない、だって?」


 「そうです!わたしにはっ、こんなのしか思いつかなかったんですっ!」


 自分の非力を嘆く声と、自分に降り注いだ理不尽な事態への怒り。それを目の当たりにして、俺も少し泣きそうだ。


 それでも、言わなきゃいけないことがある。


 「方法は、あったぞ?ちゃんと、お前の近くにだ」


 「っ!じゃ、じゃあ!どうすれば良かったんですか!?なんの力もなくて、何にも知らないわたしがっ!他にどうすれば良かったって言うんですか!?」


 「.............俺らが、いたろ」


 「......えっ?」


 「だから、シオン。お前には俺らがいたろ。お前の目の前でオーガをあっさり倒して見せた、俺らがいたろ?」


 魔獣のような、制御の効かない暴力ではなく。理性を持って、意思を持って力を振るえる人間。


 「俺らなら、村の人たちを傷つけずにシオンを助けられる。絶対だ。あんなチンケな村なんかに遅れは取らない」


 「で、でもっ........で......も......」


 シオンを十数年縛っていたであろう村を、チンケな村とまで言ったのに、反応はない。これは、重症だな。


 「シオンっ!俺達ならお前を自由にしてやれる!シオンの望むようにしてやれる!だからっ、言ってみろ!」


 シオンにつられて、俺もヒートアップする。だがこれは止められない。俺は、映画やアニメにはとてつもなく感情移入するタイプなんだっ!


 「助けを、求めろっ!」


 「っ!!!............あ........ぅ.....」


 言葉が、すぐそこまで来ている。漏れ出る声はきっと、この十数年誰にもいえなかった言葉。


 それが、決壊する。


 「たす.....け......っ!助け、てっ!助けて下さい!わたしを、わたしを助けて下さいっ!あの村から逃して下さいっ!お父さんとお母さんに、会わせて下さいっ!!」


 言葉と、気持ちと共に、たくさんの涙が溢れ出す。今まで、十数年誰にも言えなかった自分の願いを、ようやく口にした。


 俺の、待っていた言葉だ。


 「ああ、まかせろ」


 そう、優しくも力強く応える。全てを救ってやると、守ってやると、そう断言してやるのだ。


 「えぇーんっ、ぐすっ。自由に、自由にじて下さい!海を見せて下ざいっ!雪も見ぜで下さい!いろんなところに連れてってくだざいっ!」


 「おう、わかった」


 「魔法教えて下ざい!美味しいもの食べさせてくだざい!可愛い服買っでくだざい!お友達も欲しいでずっ!」


 「お、おけおけ。任せとけ?」


 おい、なんか段々図々しくなってないかこいつ?まあ、別に良いけど。俺だって大人だ。可愛い女の子にご飯や服を買うのは当然だよなぁ!?


 「あどは、あとはぁっ!ぐすっ........うわぁーんっ!!」


 「ぐふぅ!」


 シオンが号泣して叫びながらあぐらで座っていた俺の鳩尾に頭から飛び込んでくる。い、良いとこ入ったぜ......。


 シオンは俺の胸をぽかぽか叩きながら、下さい.....下さい.....と自分の夢を次々と語る。きっと部屋の中でたくさん考えていたのだろうな。そう考えると、全部叶えてやりたくなるのが人の性というものだ。


 とりあえず、この調子で泣かせていると俺の服が大変なことになるので、よーしよーしとシオンを一生懸命あやす。この年頃の女の子は、また扱いが難しいな。


 そうして、シオンとの会話に集中してしまった俺は、気づくことができなかった。






 「何をしている、シオン」






 危険の、接近に。






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