第30話 答え合わせ

 俺とシオン、2人だけしかいない草原に風が吹き渡る。俺たち2人の間には、しばし風の音しか響かない。


 シオンは俺の言葉によほどびっくりしたのか、目を見開きこちらを見つめてくる。その目尻に未だ残っている微かな涙を拭く余裕は、どうやらないようだ。


 シオンが口を動かそうとするが、その口から言葉は響いてこない。何かを言いかけてはやめ、言いかけてはやめ。


 俺はそれを待つ。聞いたのは俺で、答えるのはシオンだ。シオンが喋る前に行動するなど、してはならない。


 10秒か、20秒か。時間は曖昧だが、少し沈黙が気になってきた時、シオンがようやく言葉を発した。


 「なんでっ.......なんでそう思うんですか?私そんなこと、一言も.........」


 やはり言い辛いことなのか、肯定する言葉は返ってこなかったが、しかし否定の言葉も返ってこない。その事実が、俺の言ったことを認めている証になってしまっている。


 「なんで、か。そうだな、理由を言わなきゃいけないよな」


 俺には説明しなきゃならない責任がある。シオンがそれを求めるなら、俺は全力でそれに応じよう。


 「まずは、シオンと喋ってる時かな。シオンは、普通の村の子供ならみんな知ってるようなことにすっげぇ新鮮に反応してたからさ。なんで知らないんだろーって、思った」


 「そっ、それはっ........私、すっごい田舎に住んでたから......」


 「あれ?シオンは確か、色んなところを転々と旅してたんじゃなかったっけ?」


 「あっ、違っ.......それは、その......」


 「ごめん、意地悪だったな。えっとだな、俺も最初はそう思ったんだ。けど、田舎の村育ちなら、シオンには違和感がある」


 「い、違和感、ですか?」


 「そう。シオンってさ、めっちゃ可愛いじゃん?」


 「.........へっ?か、可愛い、ですか?こ、こんな状況でからかわないでくださいっ!」


 いや、からかってるわけじゃなくて割とガチで可愛いと思っているのだが.......これ以上言うと話が進まないからな、ほどほどで。


 「からかってないさ、本気だよ。シオンは、ど田舎の村で育った割には綺麗すぎる」


 「っ!」


 「透き通るように白い肌、農具も握ったことのないような綺麗でマメの無い手に、華奢な体つき。言葉遣いも丁寧だし、王都で出会えば貴族と間違えてもおかしくない」


 そう、ど田舎の村で育っているならば、1年通して太陽の光を全身に浴びて成長するだろうし、15歳で農具を持ったことのない村人はいないだろう。この世界で華奢な人間は、貴族か魔法使いかのどちらかだ。


 「ならばどこかの貴族の御令嬢なのかってなるけど、それも違う。シオンの着ていた服は貴族の御令嬢が着るような服じゃなかった」


 質は悪くないが、真っ白く簡素でなんの捻りもないワンピース。本物の貴族はそんなもの着ない。俺はニナの家で散々本物を見てきている。だからわかる。あのワンピースは貴族というよりもむしろ、患者や囚人の着る簡素さに似ていた。


 「そんなちぐはぐな状況に説明がつけられるのが、監禁って選択肢だったんだ」


 「そんなの、他にもっとっ...........」


 理解はできても納得はできない、と言う感じか。確かに、それだけで監禁されていると断言はできないかもな。ならば、説明を続けよう。


 「もう一つ、気になったことがあるんだ」


 「なん、ですか?」


 「それは、シオン。君のその膨大な魔力量だ」


 俺とシオンが最初に出会った時、残っている魔獣がいないか調べようと探査魔法を使った時。驚いたと同時に、納得した。ああ、なるほど。だからオーガに襲われていたのかと。俺がフラグを建てたからではないと。


 魔獣は魔力が多い物を好んで食べる習性がある。そうすることで、自分がより強くなれるからだ。だから、俺がボス猿に襲われたのと同じように、魔力の豊富なシオンはオーガたちに襲われてしまった。


 「そ、それは別におかしくないですよね?魔力が多いからって、監禁、なんて.......」


 俺が魔力量について言及するのは分かっていたのか、間を置かず帰ってきた返答。だがしかし、最後までは続かない。言えないのだろう。嘘でも、魔力量が多くて監禁されないなど。なぜなら自分がそうなのだから。


 「この村を見て、調べて、わかったことがあるんだ。住民には隠された誰かが、村のために膨大な魔力を供給してるって。それに当てはまるのが、シオンだった」


 ゼラに語ったあの話の、謎の魔法使い。それがシオンだったのだと、気づいてしまった。


 「つまり、シオン。君はこのシャンドの村の村長、キルケさんに監禁されて魔力を供給させられていたと、そう考えたんだけど。違うか?」


 「..............」


 また、しばしの沈黙。ここで素直に言ってはくれないのか。言い辛いと、隠したいと言うことは、何か後ろめたいことがあると言うことになってしまう。シオンがそれを背負っているのは、少し悲しい。


 まだ、話を続けなくてはと。そう思い口を開こうとした時、逆にシオンが喋り始めた。


 「........アオイさん」


 「はいよ、どうした」


 「アオイさんは、すごいんですね。私てっきり、うまく隠せているんだとばっかり思ってました........恥ずかしいですねっ」


 シオンは冗談めかして無理やり笑顔を作るが、その表情は少し固い。


 「別に凄かねぇさ。ほんと偶然気づいただけ。シオンこそ、嘘が上手でいけない子だな」


 こちらもそう、冗談めかして応える。


 実際、シオンは頭がいい。外の常識などおおよそ何も知らない状態であんなに状況に合わせられるなんて。俺には到底無理だ。


 「なぁ、シオン」


 「なんですか、まだあるんですか?良いですよもう、今ならなんでもお答えしますよう」


 ははっ、シオンのやつ拗ねてやがる。俺にバレたことがそんなに悔しかったのか、初めて見る一面だ。全く、俺の周りには負けず嫌いが多すぎないか?


 「それじゃ、お言葉に甘えて。シオンは俺達にこのことを隠したかったみたいだけど、隠すってことはなんか後ろめたいことがあるんだろ?」


 「ええ、そうですけど、どーせわかってるんですよね?なんだと思います?」


 「開き直りやがって........」


 別にビクビクしろとは言わないけど、さっきとは態度が違いすぎやしませんかね?


 「じゃあ言うけど、復讐だろ?」


 「うわっ、やっぱりそれもバレてたんですか?もー、凄すぎですよアオイさん」


 俺の考えを言うと、シオンはなんの抵抗も無くすんなりと認めた。やっぱりそうだったのか。この可能性があるから話を切り出したんだが.........正解だったな。


 「ちなみにこれはなんで分かったんですか?」


 「これに関しては、最初に出会った状況だな」


 「状況、ですか?」


 「ああ。だっておかしいだろ?シオンみたいな女の子がザナヴァの森でオーガに追いかけられることは普通はない。それこそ、自分で入っていかない限りはな」


 一般的な普通の森ならともかく、ザナヴァの森の中に人間の村は存在しない。だから、魔獣を狙う冒険者や、薬草などを採りにいく人など、自分からザナヴァの森に入るならともかく、女の子が街道で襲われてザナヴァの森に逃げ込むと言うことは中々ない。


 だからあの状況はおかしかったのだ。最初はそれに気づけなかったが、シオンの件を考えているときにようやく気づいた。


 「つまりシオンはザナヴァの森に自分から入っていったわけだ。じゃあ何をしにそんな危険なところへ行くんだ?その答えが、シャンドの村に復讐するため。シオン自身の魔力を使って魔獣を村に呼び込み、襲ってもらおうってことだろ?」


 「そうですよ。私の魔力が多いことと、魔獣はそれを狙う悪いやつだってことくらいは、私も教えられていたので」


 あんなに怖いのが出てくるなんて思ってませんでしたけど、とシオンは苦笑いする。


 「.........なあ、シオン。ほんとに村の人たちに復讐するためにやったのか?」


 「そうですけど、どうしたんですか?」


 「俺には.......俺にはシオンがそんなことをする子だとは思えない。絶対何か、他の理由があるはずだ。違うか?」


 シオンは頭がいいのに、嘘をつくのがとても下手だ。嘘をつく時、この子はいつもどもる。それはきっと、人を騙すのを心が嫌がっているからだ。そんないい子が、村人達を殺そうとするとは到底思えない。


 「.........あはは、アオイさんには、かないませんね。そうです、私にはもっと別にやりたいことがありました」


 「........そうか、良かった」


 「ふふっ、良かったってなんですか?というか、これもアオイさんなら分かってるんじゃ?」


 「いや、それがわからなくてな。喉のこの辺まででかかってるんだけど、たどり着けなかった」


 「おっ、アオイさんでもわからないことはあるんですね。良かった良かった」


 「うっせ、良かったってなんだよちくしょう.......」


 さっきまでのシオンはとてもオドオドしていたのに、今では俺のことをからかえるまでになっている。特殊な精神状態になってしまっているのか、それともこれが素なのか。どちらにせよ、先ほどまでよりもイイ顔をしている。


 シオンは俺から視線を逸らし、拭くのを忘れていた涙をハンカチで拭う。そしてどこか晴れ晴れしくなった顔でシャンドの村の方を見つめながら、自分のを語った。







 「私、お父さんとお母さんと、幸せに暮らしたいんです」








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