第32話 クソジジイ
気づかなかった。気づけなかった。Dランクの冒険者など、あの人の弟子などとは到底名乗れないようなミス。
しかも、タイミングは最悪。
「ようやく見つけたぞ、まったく。てこずらせおって」
俺の鳩尾に顔を埋めながら泣いていたシオンの動きがぴたりと止まる。その反応で、俺はさらにミスをした罪悪感が増す。
どうして、今なんだ。
いずれバレるのはわかっていた。だから対策もしていた。なのに、なんで。
なんで、キルケが来るんだ。
「帰るぞ、シオン。まだお前にはやってもらうことが山程ある」
「あ゛?」
やってもらう、だと?
監禁して、強制的に魔力を吸い取ることを、やってもらうと言ったか?
「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ」
瞬間、肩越しに振り返り、殺意を全開にしてキルケに向ける。常人であれば漏らして気絶してもおかしくないほど濃密で強烈な殺気。
しかし。
「黙れ、冒険者。貴様のせいでここまで手をかけさせられたのだ。これ以上面倒をかけるな」
「なっ......」
キケロは平然とした顔でその殺気を受け切って見せる。どころか、そのまま強気に言い返してきやがった。
相当な実力者なのか、それとも尋常じゃない胆力を持っているのかはわからないが、大したものだ。
だが、だからと言って許すわけにはいかない。
「黙るかよ。何度も言うが、ふざけんじゃねぇ。シオンを監禁して、強制的に魔力を搾り取って、村を発展させる。それをやってもらう、だと?冗談がすぎるぞジジイ。物もろくに考えられねぇ年頃か?」
「ではこちらももう一度言わせてもらおう。黙れ、冒険者。貴様がいなければ、探し回ることもなく探査魔法で即座に発見できたのだ。それを、一介の冒険者が『魔封じの指輪』など。どこで手にしたのかはわからんが、これ以上面倒をかけさせるな。退け」
「はっ!ざまぁみろ!」
俺の服を握りしめるシオンの右手、その薬指についているどこか古めかしい指輪。それが、『魔封じの指輪』。それは、その指輪をつけた者の魔力を制限すると言う魔道具。腕輪、首輪、足枷、手錠型と色々あるが、小さくなるほどに値段は高くなっていく。
しかも、この指輪は性能も良い。こんなもの、Dランク冒険者の給料じゃ到底手に入らないものなのだ。
「いいツテがあるもんでなぁ。だからほら、もう諦めてお家に帰れ、な?」
「.......アルクトゥスの『
あ、こいつニナと勘違いしてやがる。俺にこの指輪をくれたのは広翔君だと言うのに。
そう、実は広翔君が街を去った後、お届けものが来たのだ。どうやら、魔力が多すぎるとまた危険な魔獣に襲われてしまうから、それをつけとくと良い、と。やはり広翔君は素晴らしい。
最近は修行のため師匠から外せと言う命令が来ていたので使っていなかったのだが、今回はそれをシオンにつけたと言うわけだな。
「わかったか?なら諦めてシオンを解放しろ。うちの可愛いシオンをこんなとこには置いとけねえ」
「............やむを得ん、か」
おお、なんだ?正直こんなに簡単に引くとは思ってなかったので拍子抜けなんだが。
と思った、次の瞬間。キルケがとんでもないことを口走る。
「ならば、戦争するほかないな」
「.........は?戦争、だと?」
「そうだ。我々シャンドの村は、アルクトゥスの街へ宣戦布告をする」
なに、を。
「何、言ってんだ。そんなこと、できるわけねぇだろ。あの街を舐めるなよ?ルイスさんが、ニナが一声かければあの街のために戦う奴らがどれだけいると思ってる」
冒険者の街、アルクトゥス。メグレズ王国では1番冒険者の数が多いのがあの街だ。冒険者は戦争への参加義務はないが、あの街を守るためなら戦ってくれる奴は沢山いる。あの街は軍隊の質も良い。
こんな村に落とせるほど、アルクトゥスの街は脆くない。
「別に舐めてなどいない。相手を過小評価するのは馬鹿のやることだ。私は正しくその脅威を認識し、その上でやると言っている」
「はっ、こんな村にそんな戦力があるとは思えねぇぞ?」
「無論、この村だけではないさ。逆に聞くが、あの街はメグレズ王国の端にある重要都市だぞ?その街を落とす機会を他国がどれほど待っているのか、わからんのか?」
「.............」
確かに、アルクトゥスの街を落とせればメグレズ王国はその勢力を一気に衰退させることになる。だから、他国の連中はずっとあの街を狙ってる。あの街を取れば、天下統一に一歩近づくからな。
だが。
「それでも、今まであの街に大規模な軍が侵攻して来たことはない。そんな中で他国の連中が重い腰を上げるような何かがあるとも思ねぇが?」
「........ふむ、過小評価は馬鹿のすることだが、過大評価もまた間抜けのすること。私もまだまだと言うことか」
「あ?どう言うことだ」
「貴様を買い被っていた。思っていたよりも馬鹿だったのだな、貴様」
「てめっっ!」
「そうだろう。なぜなら、それは貴様の腕の中にあるではないか」
「っ!」
くそっ、そうか。シオンか。
確かに、シオンレベルの人材はそうそう生まれるものじゃない。このレベルの魔力量を持つ者が一人増えるだけで、常に拮抗している大国同士の鎬合いで半歩有利に立つことができる。
「もともと処分に困っていたのだ。予定よりは早いが、あとは大国で有効活用してもらうとしよう」
ああ、怒りで声もでねぇ。こいつは、一体どこまでクズなんだ。
いっそこの場で殺してやろうかと、魔法を構築しようとした時。腕の中にいたシオンが、俺のことをぎゅっと抱きしめて来た。
その腕の小さな震えを感じ、俺はシオンを力強く抱きしめ返す。お前はここにいて良いのだと、そう教えてあげるのだ。
それから、数秒。シオンが動いた。
「アオイさん。もう、大丈夫です」
「え?あ、ああ、わかった」
俺の体から手を離したシオンがそう言ったので、俺もシオンを腕の中から解放する。
「私、自分で言えますから。安心してください」
「シオン、お前.......」
シオンの顔に浮かぶ表情の、なんと危うげなことか。下手をすると今にも壊れてしまいそうだ。
当然だ。監禁され、その相手が自分を語る口調はまるで物でも扱っているかのよう。挙げ句の果てに、処分と来た。そんなことを言われて、15歳の少女が平気でいられるわけがない。
行かせちゃダメだと、そう思った。俺に任せて、休んでいれば良いと。
でもそれは、キルケのやっていることと変わらない。意思を封じ込め、行動を制限するなど、シオンにだけはやってはいけない。
何より、その危うげな表情の中に見える、一条の光。その輝きを頼りに立ち上がっているシオンを、俺は止めることなどできなかった。
その先の結末が、分かっていてもだ。
「キルケ、さん」
「ようやく戻る気になったか、シオン。今日は『開門の儀』。生憎と私は忙しいのだ。話なら後で----」
「私のお願いを、聞いてください」
「.........ふむ、何が望みだ?」
ふらりと立ち上がったシオンが、キルケに向かって語りかける。その目は、真っ直ぐとキルケへ向けられている。
「私、シャンドの村を出ていきます」
「ダメだ、その願いは聞き入れ----」
「いいえ、これはお願いではなく、決めたことです。私は、村を出て行くと決めました。キルケさんに、何を言われてもです」
「........戦争が起きるぞ?お前のせいで、何万人もの人間が死ぬことになる」
「分かってます。それでも、それを知った上で、気にした上で、私は私の自由を選びます。気づいたんです。私、もっとわがままに生きなきゃって」
「ほう........・・・・・・」
「何、ですか?」
「いや、なんでもないさ。では、良いだろう。お前の望みを言ってみろ」
「......?」
急に態度が軟化したキルケに少し戸惑うシオンだが、気を新たにして己の望みを口にする。
「お父さんとお母さんに、会わせてください」
「ふむ」
「私の願いは、それだけです。それだけしか、無いんです。だからっ、お願いし----」
「それは、無理だな」
「なっ!!なん、でっ!」
「なぜなら----」
その先を、聞かせるかどうかを。俺は心底悩んだ。どちらが正しいのかは、この瞬間までわからなかったが。
後悔しない方を、選んだつもりだ。
「お前の父と母は、もうこの世におらん」
「.........................え、え?」
「お前の父と母は、もうとっくに死んだと言っている。だから諦めろ、お前が両親と会うことはもうありえない」
「そん、な........う....そ........あっ....あぁ....」
キルケの残酷な告白を聞き、シオンはうずくまり、両手で頭を抱える。その顔にはもう、一条の光も見えず、闇が覆うばかり。
「あっ........あぁぁ.......--------」
魔力が爆発的に励起する。シオンの感情が激変したことによる、魔力の暴走。魔力の激流にシオンのフォリスは悲鳴をあげ、強制的に開門させられる。
「あぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!!」
強烈な魔力によって、周囲の空気がバチバチッと雷のような悲鳴をあげる。
放出された魔力は天に昇り、その濃密な魔力は周囲の魔獣を呼び寄せる餌となる。
『
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