第28話 あけぼの
春はあけぼの、と詠ったのは、確か清少納言だったか。あけぼの、つまりは東の空から日が上り始める時間帯。太陽が、夜が支配する青鈍色の世界に薄明を映し、陽の元に生きる者たちに恩寵と恵をもたらすために、世界を明るく照らしてくれる合図を出す、そんな時間帯。
この世界に来て、朝起きるのが早くなって。この時間に起きることも少なくない。その度にいつも思うのは-------
「春じゃなくても、いいもんだな」
清少納言が詠っているのはあくまでその季節で一番いいよねって話なので、別に春以外のあけぼのがダメだとは言っていないのだが。それでも一言呟きたくなってしまうのは、まだまだ反抗期なのだろうか。
「アオイ、何か言った?」
「いや、別に。なんでもないよ」
「そっか。じゃ、続きやる?」
「おう、頼むわ」
現在は、村の外にある草原でニナとの鍛錬中だ。俺は週に2、3回こうして朝早くから体術の稽古をしてもらっている。昨日のオーガ戦では後ろから魔法を打つだけだったが、基本的に俺は一応ソロだ。ソロで活動するときは身体強化を使用しての体術で敵と戦うことも多い。そのため、こうして稽古をしてもらっている。
その鍛錬中に、地面に仰向けに倒れしばらく空を見上げている俺を心配したのか、ニナが続きをやるか確認してくる。だが、別に体に異常があるわけでもないので、続きをお願いする。
しかし、今日はいつもより優しいな。もしかして、昨日のプレゼントが効いてるのか?だとしたら、経済回した甲斐あったなぁ。
昨日ニナを怒らせた後、頑張って走り回って買ってきたものをニナに渡したら、ケロンとした顔で「ありがとー」と言ってきた。俺としては拍子抜けだったのだが、もしかして元々あんまり気にしてなかったんですかね?
まあともかく、あれを許されたのであればいいことだ。あれが師匠に知られれば嬉々としながら俺のことをいじめるに違いない。あの人ほんと性格悪いんだから.........。
っと、そんなことを考えている暇はない。目の前にいるのは俺よりも数段格上だぞ。稽古をつけてもらってるんだ、気を抜くな。
そう思い直し、目の前に立っているニナを注視する。
改めて見ると、やはり一番目を奪われるのはその容姿。美しく上品で、凛々しくもあり、しかし可憐で。儚さを魅せながら、しかしその透き通る空色の眼には強い光を宿し、はつらつとした印象も受け取れる。
姿を見せ始めた陽の光によって輝きを増した桃色の髪は緩く吹く風に少しばかり揺られ、そんなことにさえも魅了されてしまうような艶やかさ。本当に同じ人間かと思うような可愛さだな、まったく。
出会って2ヶ月、幾度もこうして一緒に鍛錬をしたり依頼に行ったりしているが、未だにふと見惚れてしまうことがある。恥ずかしいからバレないようにすぐ視線は逸らすけどね!
そんなことを考えていたがしかし、その思考はニナの動き出しを見た瞬間に吹き飛ぶ。一瞬で思考は切り替わり、目の前の危険に対処しようと体が半ば無意識に動き出す。
ニナの初手は右拳。一歩こちら側に踏み込んで打ってきたそれは、俺にギリギリ届くかどうか。そう判断し、僅かに下がって隙を狙う。
しかし、その対応は予想していたらしく、こちらが迎撃をするよりも先にもう一段深く踏み込み追撃をしてくる。
その拳をなんとか体を捻りかわすが、次々に飛んでくるニナの攻撃に、俺は防戦一方。左の拳を流し、足払いを避け、追撃のハイキックを屈んで躱し、なんとか距離を取る。
俺とニナの稽古は、いつもこんな感じだ。ニナが攻め、俺が捌く。それは性格的な所もあるが、これに関しては俺が生き延びる確率を上げるためでもある。
俺は攻撃に関しては、その圧倒的な魔力量に裏付けされた高い魔法攻撃力がある。だからこそ、相手の攻撃を避けたり躱したり捌いたりする術が必要なのだ。
と言うことで、いつもいつも防戦一方な俺だが、しかし今回は一味違う。今までまだ一回もニナに勝ったことは無いのだが、俺は結構負けず嫌いなのだ。防いでばかりでは勝てないのは道理、こちらも攻める必要がある。
ニナの激しい攻撃をなんとかいなしながら、機を伺う。狙うは、深めに踏み込んだ顔面あたりへの右ストレート。俺が頑張って防いでいると、焦れるのかいつも大体これで決めにくる。
ただこの右ストレート、めちゃくちゃ速いのだ。最初なんて何されたかわからなかったし、今でも気がついたら目の前に拳があると言うレベル。
だが今回は違う。逆にそれを狙ってやるのだ。師匠に稽古の時は動体視力の強化を禁じられているため、魔力で身体強化した状態の組み手はほとんど目で追えないのだが、2ヶ月それをやったことで攻撃の予測ができるようになってきたし、素の動体視力も上がってきた。だから、狙ってればいける、はず!
そしてその瞬間は、思っていたよりも早く訪れる。いつもよりも少し深く踏み込んだ一撃。普通ならわからずとも、これだけを狙っていればわかる。あとは、体を動かすだけ。
右の拳が迫ると同時、俺は後方に仰向けで倒れ始める。いつもなら確実に当たっていた一撃を避けられたのだ、絶対に隙がある。
上体を素早く後ろに落とし、地面に手をつく。そうこれは、いわゆるバク転。後方に倒れ込みながら攻撃を避けてからの、サマーソルトキック。
狙うは顎先。ちょっと脳震盪起こしてもらうぜっ------------
「え?」
そんなことを考えるのも束の間、気づけば何故か視界が回り目の前に地面が迫ってくる。あまりにも想像と違ったため受け身もろくに取れず、俺は顔面から地面に突っ込んだ。
「ぐふっ!いった、痛い痛い!ぐぅぅ.......」
「アオイ、奇を衒うのは良いんだけど、視界から相手が消えちゃダメだよ?今何されたかわかんなかったでしょ?」
「お、おう」
地面に尻をつき痛む鼻を押さえながら涙目になっている成人男性が、女子高生くらいの女の子に説教を受けている。うーん、これは一刻も早く強くならねば。
「さっ、それじゃあ時間もいい感じだし、宿に戻ろっか。2人も起きてるんじゃない?」
「そーだな。お腹減ったし、早く朝飯食おうぜ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
宿に帰ると、リューグとゼラ、そしてシオンも起きて一緒に喋っていた。
「みんなおはよー」
「おかえり、ニナ。今日も朝から頑張るのね」
「アオイがいるからねー。やらないと勿体無いよ」
相変わらずゼラは俺にはおかえりを言ってくれない。いいもん、俺にはリューグがいるから。
「リューグ、ただいま!」
「うぬは存外寂しがり屋じゃよな........」
「ああ、俺は寂しいと死んじまうんだ」
そして友達はあんまり居ないんだ。リューグ、お前が構ってくれないと俺は死ぬぞ?
「えっと、アオイさん。おかえりなさい」
「シ、シオンっ。ああ、ただいま。それと、おはよう」
「はい、おはようございます」
可哀想な俺を見かねたのか、ゼラの隣に座っていたシオンが俺に声をかけてくれる。その優しさに涙しながら朝の挨拶を返すと、花が咲いたような笑みとともに挨拶が返ってくる。これだよこれ、今日も1日頑張って行こうと思えるようなこんな挨拶を俺は待っていたんだ。
俺がシオンの挨拶に感動した後、みんなで朝ごはんを食べようと言うことで宿の従業員に声をかける。しばらく待っていたら机に朝食が運ばれてきたので、みんなで食べ始める。
「そーいやシオン、『開門の儀』終わったあとはどうするんだ?」
「どうする、ですか?」
「そう。魔法使えるようになるわけだし、基本的にはみんなそこで目指す職業決めるだろ?シオンは何になるのかなって」
基本的に、よほど魔力が多い子だったりしない限り、『開門の儀』の前に魔力量の多少がわかることはあまり無い。フォリスが開門する前だと、その人が持っている魔力が量りにくいのだ。だから『開門の儀』には人の魔力を量れる人材を呼び、その場で教えてあげる。
そして、一般の市民は『開門の儀』での結果によって自分の将来を考える。親の家業を継ぐのか、豊富な魔力量を活かして国の魔法使いになるのか、はたまた冒険者で一旗あげるのか、その他諸々。
シオンは初覚醒をするには少し遅い年齢のためもう将来を決めているかもしれないが、それでも今後の人生がガラッと変わることだ。本当に強力な人材だったら、国が強制的に連れて行くことだってある。
「まあ何つーか、夢だな、夢。将来の夢はなんかあるのか?」
「そう、ですね」
シオンは手をアゴに当てしばし考える。それから10秒ほどで答えが出たのか、こちらを向き口を開いた。
「お父さんとお母さんと、幸せに暮らせれば、と」
「..........それが、夢?」
「はい、私の夢です。人生の、目標ですね」
少し想像と違う答えが返ってきて戸惑うが、なるほど。そう答えるか。
この世界、クラリアという世界は、俺が元いた地球に比べて環境が過酷だ。文明レベルがそれなりに高い所もあるが、それは国の主要都市だけ。基本的に村や田舎にある街などは、それより遙かに劣る。
文明レベルが劣り、生活レベルが下がるくらいならばまだ良い。魔法も多少は使えることだし、幸せに生きていけるだろう。
だが、この世界には魔獣という脅威がそこかしこに蔓延っている。石の城壁が木の柵になれば、魔獣と戦える人間がいなければ、そこに待っているのはただ暴力に蹂躙される結末だけである。
だから、この世界で家族みんなで幸せに生きていけるというのは、それだけで値千金の価値がある。だから、シオンの願いはその点で言ったらおかしくない。
しかし、シオンは答えの方向が少しずれていたことは分かっていたのか、追加で付け加える。
「あ、でもそうですね。私、新しくやりたいことできたんです」
「お、良いね。言ってみ言ってみ」
「えっと........そのですね」
シオンは少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら頬を赤く染めている。なんだなんだ、そんなに言えないことなのか?
「別に、言いたくないなら無理に言う必要は------」
「私、アオイさんみたいになりたいんです!」
「な.........え?」
先程とは違い今度の内容には思考が少し止まるレベルで驚く。
シオンは恥ずかしそうにはしているが、その言葉にどうやら嘘は無いみたいだ。そうかそうか、俺みたいになりたい、か。
「アオイ、あなた何吹き込んだのよ......」
「いや何もしてないわ!やめろ!いつも俺が悪いみたいに言うの!」
「シオン、アオイ目指すのはやめたほうがいいよ?」
「おいニナ、それはどう言う意味だ?」
「そうじゃなシオン。わしもそう思うぞ」
「リューグも!ねぇ、それって俺のこと貶してるの?そうなの?」
ショックだ!みんなにそんなことを言われるなんてショックだよ!俺もうちょっと買われてると思ってたよ!
「あ、えっと、そうじゃなくてですね?」
「そうじゃないんだ.......」
いや、わかってたけどね?人間的に俺みたいになりたいってわけじゃないのは、わかってたけどね?だから涙なんて出てないんだからっ。
「私、ヒール?でしたっけ。あの魔法が使えるようになりたいんです」
「なるほど、そういうことだったのね」
「私昨日アオイさんにあの魔法をかけてもらって........私もあんなことができたらなって思ったんです」
そうか、昨日俺がかけた治癒魔法。あの時シオンは泣いていたが、それほど衝撃だったということなのだろうか。ある程度の村ならば治癒魔法使い《ヒーラー》がいることも多いのだが、シオンはかけてもらったことなかったのかな?
「そうかー、治癒魔法なぁ」
「も、もちろん!あの風の刃の魔法もかっこよかったですよ!でも私にはああいうの向いてないかなって、思って」
「............あー、えーっと。治癒魔法使うのはな、適正みたいなものがいるんだ」
「適正ですか?」
「そうそう。だからまあ絶対使えるようになるとは言えないけど、魔法は意志の力だ。『開門の儀』の時には、心の底からそれを願ってみるといい」
「わかりました!ありがとうございます!」
そう言って、元気そうにシオンは笑ってみせる。その笑顔には、確かに攻撃魔法は似合わない。
だが、そうか。あれ見られてたのか。てっきり何も言われないから見られてないのかと思っていたが。んー、そうかそうか。
「ゼラ、何となくわかったわ」
「そ。で、どうするの?」
「ケースバイケースに、臨機応変に、時と場合によって対応するわ」
「適当なこと言っちゃって.........」
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